第59話 謁見


 フレデリック王国。

 大陸中央を走る大山脈の少し右側に位置し。左の山脈以外の3方は他国に囲まれる国土事情になっている。

 当然だが領土内に海に面した土地はない。

 国土中央に人口15万人の王都を持ち、その周りを8つの領地が囲む配置になっている。

 その8つの領地のうち王都南西方向に縦長の位置を取るのがノイマン領だった。


 国王であるフレイズ・ノア・フレデリック=デミルは32歳と若く、22歳の時にその王位を父から継いだ。

 その理由は単純で、フレイズが21歳の時に父が病に罹り、わずか1年持たずに父である先代の王が死んだのだ。

 先代王没後、宰相や各大臣の助力もあり22歳で王位を継承し、大陸全土の中で最年少の国王としてその名を広めた。

 王位を継承して以来、王としての資質を勤勉に身に付け、10年経ってようやく王としての貫禄が出てきた。

 とはいってもまだ32歳の若輩、王政の全てを回すにはまだまだ力不足であり、実質宰相と各大臣によって国の運営は行われていた。


「陛下」


 王城の謁見の間、その玉座に座るフレイズに宰相が話しかけた。


「レガント。2人きりの時はフレイズって呼んでほしいんだけど」


 レガントと呼ばれた男は玉座の斜め後ろに立った老人だった。

 レガント・フォン・シンドラ、63歳。

 先代の王から大臣として仕え、今は宰相として国をまとめる男である。


「なりませぬ、陛下が王子の頃ならいざ知らず、王となられたお方をファーストネーム呼びするなど。

宰相といえどあってはならぬことです。

何度も申し上げますが国王のとしての自覚をもう少しお持ち下さい」


「レガントは相変わらずだね、僕はレガントのことを第二の父として慕っているのに」


「私のことを父と慕うのなら、その息子として恥じぬように勤めて下さい陛下」


「うっ、厳しいなぁ」


 フレイズが王位に就いて10年、その間に王としての全てを叩き込んだのがレガントだった。

 そえ故にフレイズが全幅の信頼を寄せているのも、第二の父と呼ぶのも当然といえば当然。

 品行方正を絵に描いたようなレガントは、フレイズにとってこの国で唯一尊敬できる存在だった。


 その謁見の間に、1人の衛兵が入ってきた。

 部屋の入り口で跪きフレイズに報告する。


「陛下、城に訪問者が来ております」


「訪問者?」


「はい、それがその、謁見の予定にない者で、如何なさいましょう陛下」


「で、その訪問者とやらは何者なのだ」


 レガントと2人の時とは違って、口調が変わるフレイズ。

 ちなみに王として振舞うときは一人称は僕から余に変わる。


「訳がわからないことにその者はノイマン領の支配者だと名乗っています。

しかもノイマン家の執事を背負い。さらにダイム・ド・ローラン男爵様のご子息を縛って担いでおります。

陛下に謁見の申し立てをしております」


「なるほど、訳がわからぬな」


「その者はノイマン子爵とローラン男爵の関係者か?」


「わかりません、ただ、ブルーレットと名乗っております」


「聞いたことのない名だな、レガント、お主はどのように考える」


「ノイマン領の貴族家の者が2人もいるとなれば、通したほうがいいでしょう。

それに支配者というのも気になります。

本来なら知らせのない謁見など貴族でも許されに不敬ですが、なにやら火急の用かもしれませぬ」


「聞いたな、そのブルーレットとやらをここに通せ」


「御意!」


 衛兵は謁見の間から出て行った。



 ほどなくして謁見の間に連れてこられたのは、フードを深く被った長身の男だった。

 その周りを玉座から見て左右2列に分かれて衛兵が挟む、その数20名


 その長身の男は脇に抱えていたエレン男爵を前方に放り投げた。

 そして背中に背負っていた椅子を降ろし、ノイマン家の執事であるバーナントの拘束を解く。


 拘束を解かれたバーナントは玉座に向き恭しく跪いて国王に挨拶する。


「ノイマン子爵の執事、バーナントと申します。

この度は先の知らせもなく謁見を申し立てた非礼をお許し下さい。

陛下にノイマン領で起こった此度の事件についてご報告があって参りました」


「事件とな、バーナント。

その事件とそこで縛られているローラン男爵と、その立っている男が関係あるのか?」


「はい、どうか驚かないでお聞きください。

ここに居られるお方は、此度ノイマン領を支配なされた魔族様にございます」


「魔族だと!?」


 レガントが声を上げた瞬間、20名の衛兵が武器を構えて圭を円形に取り囲んだ。

 その輪の中にバーナントとエレンも入っている。


「あとの話は俺からするよバーナントさん」


 そう言って圭はフードを取り魔族の顔を見せた。


「始めましてかな、魔族のブルーレットだ。

いきなりで驚いたと思うけど、別にこの城を乗っ取ろうとか、城の者に危害を加えようとか、そんな気はサラサラ無いから。

そのへんわかってもらえたら助かる。

ここにはノイマン領のことで話をしにきた。

その椅子に座ってるのがこの国の王かい?」


「衛兵! 衛兵を集めろ! 陛下をお守りするのだ!」


 レガントの掛け声で控えていた衛兵が謁見の間になだれ込んでくる。

 その数役100名。

 半分が圭の周りを取り囲み。もう半分が玉座の周りを防護する。


「だから何もしないって言ってるのに、大げさだなぁ。

とにかく話を聞いてくれ」


「なりませぬ陛下、魔族は狡猾で残忍と聞き及んでおります。

たとえ甘言であっても耳を貸してはなりませぬぞ」


 フレイズの前に立ちはだかり、そう言って圭を睨みつけたのはレガントだった。


「話など必要ない、その魔族を捕らえよ!」


 その時バーナントが声を上げた。


「陛下! どうかお話をお聞きください!

ここに居るブルーレット様はただの魔族ではありません。

我がノイマン領を救う方です!

我々の敵ではありません、どうかお話を!」


「バーナント、貴様も魔族にたぶらかされたのか!

もうよい、2人まとめて「レガント!」」


 レガントの台詞にフレイズが割り込んだ。


「レガント、余を守ろうとする気持ちは嬉しいが、その魔族を敵と決め付けるには早計だ。

まずは話を聞いてから判断しても遅くはあるまい」


「しかし陛下」


「ブルーレットと言ったな。余はフレデリック王国国王のフレイズ・ノア・フレデリック=デミルである。

余の名において貴殿を我が城の客人として迎え入れよう」


「陛下……」


「レガント、余が客人として認めたのだぞ、王に恥をかかせる気か」


「わかりました。

聞いたな、兵は全員下がれ!」


「はっ」


 武器を下ろし、全ての兵が謁見の間から出て行った。


「これでよいか、ブルーレット」


「話がわかる王で助かったよ」


 フレイズは玉座から立ち上がり、数段上がった上座から降りて圭の前に立った。


「陛下! 王自らが玉座を降りるなど!」


「レガント、魔族相手に人間の慣習が通じると思ってるのかい?

この人が本気だしたら多分だけどこの城、一瞬で制圧できると思うよ。

魔族がこの城に入った時点で、僕達は従うしか選択支がなかったんだ」


 いつのまにか口調が素に戻っているフレイズ。

 今この場には圭とバーナント、そしてエレン。

 宰相のレガント、王のフレイズ。この5人しかいない。

 魔族相手に王として尊大に振舞うことが失礼に値する。フレイズはそう判断したのだ。


「堅苦しく振舞うつもりはない。

なにか込み入った話のようだし、素直に聞こうじゃないか。

それに魔族相手に王を名乗るとか、意味ないよね。

フレイズって呼んでくれ、僕もブルーレットって呼ぶから」


「わかったよフレイズ。

なんか思ったよりも話がわかる奴だな」


「まあ、これでも一応国王だからね。

無益な血を流さないで済むならそれに越したことはないよ。

衛兵だって大事な国民だからさ」


「それじゃ話をしようか」


「うん」


 圭は順を追ってフレイズに領地で起こったことの全てを話した。

 領主のフィッツが悪政を行っていたこと。

 フィッツが亜人を奴隷として買い付け虐殺していたこと。

 ドレイクやエレンと繋がって悪事の限りを尽くし、官憲をいいように使い揉み消しを行っていたこと。

 それを見かねて圭が領地を支配したこと。

 領地再編のために組んだ警備隊がエレンによって殺されたこと。

 同じくドレイクが口封じに殺されたこと。

 圭が奴隷の亜人を助け、復讐によって亜人にフィッツが殺されたこと。

 そしてとどめにバーナントが締めくくる。


「今ブルーレット様が仰られたことは全て事実でございます。

ノイマン家の執事として全て、この目で見てまいりました。

私以外にも証言が必要ならジェラルドの街で聞き込みをすれば、皆口をそろえて同じ事を言うでしょう」


「驚いたよ、各領地の領主には毎年査問官を派遣して、内情を把握してもらってるんだ。

ノイマン領だってなにも問題ないって報告を受けている」


「査問官を騙すなんて、フィッツにとっては容易い事だったんだろうね。

それが証拠に何年もフィッツは悪政を続けたんだから。

そのおかげで領民と罪もない亜人がどれだけ苦しんだか」


「はあ~、だとしたら王としてこんなに恥ずかしいことはないよ。

領地経営はある程度領主に任せていいことになってるけど。

これだけ酷いことになってるなら、国として動かなきゃならなかったのに。

それを見逃してずっと放置してたなんて」


「陛下、それを言ったら我々大臣側にも責任はあります。

末端の為政を把握しきれないなど、怠慢以外の何物でもありません」


「それでブルーレット。今は君が仮の形で領地を支配してるんだよね。

このあとどうするつもりなの?」


「あー、それを相談しにきたのが今回の目的なんだよ。

俺が今考えてるので最良だと思うのはね。

俺が領主になって、領主代行として国王の息のかかった人間を1人借りる。

その人に領地の適正な運営をしてもらう。

多分だけど魔族が領主ってのは人類初だと思う。

でもメリットは大きいと思うよ。なにせ魔族が人間の味方として領主になったって公言できるからね」


「なるほど、前代未聞だけどそれは面白そうだね。レガントはどう思う?」


「いや、話が突飛すぎて正直頭の整理がつきません。

今仰られたように魔族が領主になるなんて前例がありません。

それがこの国にどれだけの混乱をもたらすのか。

ここは慎重に考えていただかないと」


「どのみちこれだけの事をやらかしたんだ。

ノイマン家は子爵の爵位剥奪になるんじゃない?

だったら代わりの爵位持ちを領主にしなきゃだけどさ。

その代わりの男爵家が同じ悪人なんだから話にならないよね」


「難しいですなぁ、ブルーレット殿に爵位を与えるとしましても。

理由がありませんと、他の貴族が納得しません。

爵位とは国に貢献した者に与えられるものでございます。

功績もなしに与えたとなったら国の信用に関わります」


「あー、それならいい物持ってきた」


 圭がコートの内側から取り出したのは2本の角だった。

 あの一角狼の角。


「それはまさか!」


「これを献上すれば領地付きの爵位が貰えるって聞いたけど。

どう? これならその理由としては成り立つかな?」


「レガント、これは何なの?」


「一角狼の角でございますよ陛下、それも欠損のない完全品です。

しかも2本もだなんて、私も長いこと生きてきましたが、こんなものを見れるなんて初めてです」


「コッチの希望としてはこの1本で爵位と領地を買いたい。

そしてもう1本は、領地を治めるのに優秀な人材を買いたい。

どうだろうか」


「十分でございます、すぐに話をまとめましょう」


「レガントがそう言うなら僕も賛成だ」


 こうして圭が爵位と領地を貰い、ノイマン領を治める方向で話は進んだ。


「あとそこに転がってるエレンだけど、捕まえた時に警備隊のデニスと商人のドレイクを殺したって自白した。

こいつは一旦街に連れて帰っていいかな」


「構いませんが何か理由があるのでしょうか」


「死んだデニスの両親にね、犯人を捕まえて連れてくるって約束したんだ。

どのみちこいつは爵位剥奪だよね、だったら今はただの平民だ。

どう裁くかは領主に権限があるんだよね、俺はできればデニスの両親に、その判断をしてもらいたいと思ってる」


「なんと、魔族の方なのにそこまで慈悲をお持ちになられているとは。

私が聞き及んでいた魔族の印象とあまりにもかけ離れています。

魔族とは皆、ブルーレット殿のようなお方なのでしょうか」


「違うと思うよ、俺は魔族の中でも変態だから」


「変態ですか?」


「うん、変態だね、人間に味方して、人間を助ける。

俺の目的は一つ、魔族から人類を救うことなんだ。

この領地を助けるのもそのついでだ。それ以外に深い意味なんてないよ」


「今の話を聞いてはっきりわかったよ、ブルーレットには領主になってもらったほうがいいって。

そうだよねレガント」


「はい、今日は驚いてばかりですが、ブルーレット殿はこの国に必要なお方だと、そう思いました」


 そして話を進めていく3人。

 叙勲の儀は明日に行うことになり、与えられる爵位は子爵となった。

 同時にノイマン家の廃爵、そしてエレンの爵位剥奪も併せて公表されることになった。


 領主代行として選ばれたのは、王家に仕えるガヴァネスのイレーヌ・トンプソン。

 教養と学があり、そして王家への忠誠の熱い人材だった。

 為政に関わる仕事も、領地の運営程度なら大丈夫だろうとレガントのお墨付き。


 ガヴァネスとは簡単に言えば女性の家庭教師。

 主に貴族や王家の娘を、一人前のレディーの育てるのが仕事で、男の子の教育もすることもある。

 当然だが学もあり常識や作法、そして経済や政治にも精通している。


 女性ではあるが領主代行としてはこの上ない適役と判断された。


 話の全てがまとまり、圭は城に客人として泊まることになった。

 明日はさらに忙しくなる。そう思いながら圭は用意されたベッドで眠りについた。

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