第48話 魔法対決と社歌


 フィッツ・フォン・ノイマン、47歳。

 ノイマン領の領主であり、そして王国きっての亜人嫌い。

 自らの手で亜人を屠ることを悦びとし、手にかけた亜人は数知れず。

 そのノイマンの領主屋敷に1人の亜人が連行されてきた。


 屋敷の入り口から真っ直ぐ館へと伸びる石畳、その中央に立っている男。

 黒のスーツにオールバックの髪型、鋭い眼光と特徴的な下瞼の隈。

 そのフィッツの脇にはドレイクも控えていた。


 手首を縄で拘束されたままの圭がフィッツの前に出る。


「誰かと思えば、そこにいるのはドレイクじゃないか。

毛皮の件じゃ世話になったね、今日はたっぷりお礼しに来たよ。

ついでに領主も潰しにきた、あんたがここの領主か?」


「俺がここの領主、フィッツ・フォン・ノイマン子爵だ。

亜人風情が俺を潰すとかずいぶんと舐めた口利いてくれるな。

威勢が良いのは結構だが、命乞いするまでどれだけ持つか楽しみだ」


 ニヤリと笑うフィッツの顔は、まさに悪人そのものの面構え。


「あんたが見た目通りの根っからの悪人でよかったよ、これが美少女だったら俺も躊躇うからね。

やりあう前に一つ訊きたいんだけど、今まで一体何人の亜人を殺したんだ?」


「馬鹿な質問だな、お前は呼吸をした回数をいちいち覚えているのか?」


「おお、そう返してきたか、100点満点の回答だね、清々しい程の悪人だよホント」


「悪人とは失礼だな、俺は人間らしく生きるために環境を整えているだけだ。

そこにケダモノ風情が人間と肩を並べて生活するなど、おかしいと思わないか?

ケダモノはケダモノらしく地を這いずっていればいい、だから俺はそのケダモノに身の程を教えてやっているのだ。

とても親切だろう。これが本来あるべき世界のことわりだ、それを忠実に遂行する使命のなんと崇高なことか。

亜人風情に説いてもわからぬだろうがな」


「そんな理、反吐が出るほど理解したくないね。

御託は終わりだ、それじゃ俺も本来の姿で行かせてもらおうかな」


 手首を拘束していた縄を簡単に引きちぎり、圭が旅服を脱いでいく。

 グローブを外し、フードを外し、コートとズボンを脱ぎ、体になにも付けていない状態になる。

 脱いだ服は石畳の脇に置いておく、体は強くでも服は脆い、魔法でも当てられたらせっかく作った服が台無しになるからだ。


「お前、その姿、今までみたことの無い亜人だな、まさかと思ったが噂に聞く魔族か」


「だとしたらどうする?」


 圭の返しに、取り囲んでいた兵士がざわつき距離を空ける。

 顔に恐怖の色を浮かべた兵士達に、手の甲で払う合図をし、兵士を下げさせるフィッツ。


「俺にとっては魔族だろうと関係ない、亜人は排除する、それだけだ。

魔族の魔人がどれだけ強かろうと、俺は俺の理を通す」


「ほー、ずいぶんと立派だね、さすが領主様だ。

その自信がどこからくるのか見せてくれるか?」


「先に言っておく、この程度で死ぬなよ」


 フィッツは右手を前にかざし、その手の平から魔力を放出し練り上げる。

 魔力は炎と風を形作り、サッカーボール大になった炎は風に押し込められ、赤く光る完全な球形へとなった。


「ふんっ!」


 気合とともに圭に向かって赤い球が一直線に飛ばされる。

 圭の体にぶつかると同時に圧縮された炎が開放され、圭の全身を炎が包み込む。


「おお、これが貴族の使う魔法ってやつか。

なるほど、普通の人間ならこれで一撃だな。

頭にパンツ被ってなくて良かった。

大事なリーゼパンツ(時価)が消し炭になるとこだったよ」


 炎の中から聞こえる声は、余裕の一言に尽きる。


「流石は魔族、この程度、痛くも痒くもないか」


 圭は片手をブンッと振り、その動作だけで炎を振り払った。


「例えるなら、春のそよ風だな、こんなの出されたら眠くなるよ」


「言ってくれるな、ならこれはどうだ」


 両手を圭に向かって構えるフィッツ。

 圭の周りの空気が光始め、その光が収束すると何本もの氷槍が出現する。

 圭を取り囲む槍がフィッツの合図とともに降りかかる。


 ズドドドドドド!


 鋭く、そして重量のある氷が、間断なく全方位から圭に突き刺さる。

 その衝撃に砕かれていく氷が蒸気を発し、白い煙が辺りを包む。


「凄いな、火と風はわかるんだけど、氷も使えるのか。

氷は水魔法の強力版か? いやもうパンツ作ってる場合じゃないよな。

氷作れるとかめっちゃ便利だよそれ、もしかしてフィッツさんて転生組?

神様からチートスキルもらっちゃった系?」


 煙の中から圭の声が聞こえる。


「むっ? 氷も効かぬか、今までの亜人のようには行かぬようだな、面白い」


「おいフィッツ、大丈夫なのか? 効いてないように見えるぞ」


「見えるではなくて、効いてないのだよ、この程度小手調べだ、安心しろ。

流石は魔族、ますます殺したくなった、ヒヒヒヒヒ」


 あせるドレイクに対しいまだ冷静なフィッツ。

 残忍な笑みを浮かべたフィッツが楽しそうに笑う。

 風に煙が流され、無傷の圭の姿があらわになる。


「これだよこれ、俺が求めていたものは、クるね、キまくりだね、クカカカカカカ」


「炎と氷、次はなんだ? あ、先に言っておくけどGだけは勘弁してね。マジで怖いから」


 圭の言うGとはカサカサ動く黒い虫のことだ。

 それが飛行形態で襲ってきたら失神する自信がある。


「G? 何を訳のわからんことを、次からはある程度本気で行かせて貰うぞ」


「はあああああああ!」


 気合を入れ魔力を放出していくフィッツ。

 フィッツの周りにいくつもの巨大な炎が出現し、さらにそれを風魔法で圧縮していく。

 限界まで圧縮された炎はピンポン球くらいの大きさになった。

 さっき見せた炎の球よりさらに小さく、そして青白く光っている。

 炎が赤から白へと変わるのは、より高温になった証拠だ。


「死ねぇえええええこのゴキブリ野郎がぁあああああああ!」


 貴族らしからぬ叫び声を上げたフィッツは全力で魔法を圭に飛ばす。

 どうやらフィッツさん、テンションMAXのようです。


「ゴキとかヒドイ! 撤回を要求する! 次に会うのは法廷だっ!」


 圭が叫び声をあげると同時に白い球が直撃する。

 炎が当たる程度の攻撃ではない、限界まで圧縮されたそれは、爆発力をもって強力な衝撃波を生み、轟音と共に大量の熱を放出する。

 連続して発生する轟音に、兵士を含めた全員が耳をふさぐ。


「ふははははは、さすがにこれには耐えられまい!

一角狼ですら一撃で仕留める魔法だぞ!」


 最初の魔法が火炎瓶なら、今の魔法はナパーム弾だ。

 それも十数発の直撃。

 10メートル四方から火柱が上がり、黒煙がきのこ雲を高く立ち昇らせる。



「オクダ・パンツ・カンパニー社歌! 歌いますっ!」


「「「「「?」」」」」


 炎の中から響いた叫びに全員が絶句する。


「布にぃ~込めし~この思い~

女性の笑顔を守るためぇ~

ひと針ひと針丁寧にぃ~

命を込めて~縫い上げるぅ~

やさしーくあなたを包み込むぅ~

天使のはごろも届けます~

パンツ~パンツ~パンツ~カンパニー

オクダッ・オクダッ・パンツッ~カンパニー♪」


 全く意味がわからなかった。全員が口ポカーン状態。


「いいねぇ、いいねぇ、歌は心を潤してくれる、国歌にしてもいいくらいの歌だよ。

そう思わないかい? フィッツ・フォン・ノイマン君」


 炎の中から歩み出てきた圭はそうフィッツに問いかける。


「ば、ばかな! あれが効かないなんて! そんなはずは……」


「それが効かないんだなぁ~、ボクァ幸せだなぁ~。

夕闇が2人を包んじゃったりするぞー。

ここは窓辺だぞー」


 若干テンションが上がってる圭は、出版コードギリギリな発言を繰り返す。

 てか大丈夫だよね? 削除されないよね?

 ドキドキだよもうホントに。

 

「さーて、次はどんな魔法が飛びでてくるのかにゃー。

楽しみだにゃー。

早くしないとこっちからイっちゃうぞ!

アヘ顔でイキまくっちゃうぞ、痙攣だってしちゃうぞ、だって魔族だもん」


 あの、圭さん、その発言はギリギリアウトです。


「糞っ、下等生物が調子にのりおって」


「お、いいねぇ、どんどんカモーンだよ」


「調子に乗った事を後悔するがいい! 死ねぇぇえええええ」


 叫び声と共に最大級の魔力が放出される。

 その魔力はうねりを作り上空へと昇る。

 やがてうねりは上空に光の環を形成した。


 耳を裂く轟音をまとい青く光る稲妻が光の環から放たれる。


 火・風・土・水・光・闇、6つの属性に該当しない7つ目の属性『雷』。

 これがノイマン家に血筋として引き継がれる能力。

 貴族の貴族たる所以だった。

  

「はあ、はあ、これならいかに魔族とはいえ死ぬだろう、てこずらせやがって」


 渾身の魔力を込めた一撃に肩で息をするフィッツ。

 持てる魔力を全て出し切った攻撃。


 雷の直撃を受けた圭は、背中から大の字で地面に倒れこんだ。

 プスプスと音を立てながら、白く細い煙が体から立ち昇る。

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