5

 かんぬきをかけられた開かずの間から脱出する方法のヒントが、「もっとも大切なものの背後を探せ」?


「もっとも大切なものの背後って、なんでしょうか」

「部屋の中にあるどれかの裏に、ヒントがあるってことかな?」


 天狗さんとわたしは、二人で部屋の中を見渡した。

 とはいえ、とにかく物が多い。

 和箪笥に、天板の上に隙間なく並んだ置き物に、押し入れには戸棚が据えられていて、壁にも、額に入った写真や掛け軸が覆いつくすようにかかっていた。


「すごい量ですねぇ。明治時代のお部屋らしいですけど、最近つくられたっぽいものも多いですし」


 和箪笥の上のグッズがとくにそうだ。

 北海道のお土産らしい木彫りの熊、オランダの木靴、イタリア産っぽいガラス製品に、東南アジアのどこかの国のものっぽいお面、中国文化を思わせる翡翠の彫り物、どこの国のものかわからないアンモナイトの化石、石、ミニチュア、人形、その他いろいろ。


「おばあちゃんの旅行のお土産だよ。ここはいま、ほぼおばあちゃんのコレクションルームとして使われてるからね。おばあちゃんとしては、一番の宝物を飾って、ここに入る人をしているつもりなんだよ」

「――おばあさまの気持ちはわかりましたから。そんな言い方をしないでくださいって」


 うちのおばあちゃんに悪気はないんだよ、と責められてるみたいだ。

 閉じこめられたのはわたしなのに!


「じゃあ、おばあさまの一番大事なものを見つけたら、そこにヒントがあるんでしょうか?」

「そこまで利己的な人間ではないよ。おそらく、ほかの誰かにとっての大切なものになると思うな」


 わたしも天狗さんもまず目が向いたのは、和箪笥の上だ。

 それこそギャラリーのように、いろんなものが置かれている。


「このあたりはどうだろう。それとも、柱時計かな」


 天狗さんが手にとったのは、西洋のお屋敷を模した陶磁のミニチュアと、靴の形をしたガラス製品。

 まず調べ始めたのは、西洋のお屋敷を模した陶磁器だった。


「これは、お菓子の家に見えないか?」

「いわれてみれば――ドアがチョコレートになってますし、屋根にもクッキーやキャンディーが描かれてますね」

「グリム童話に、ヘンゼルとグレーテルという話があっただろう? あの話に登場するのは、ヘンゼルとグレーテルという腹を空かせた兄妹だった」

「そうですね、ありました。知ってますよ」


 突然グリム童話の話をはじめる天狗さんをじっと見つめると、天狗さんのほうこそ真剣な真顔をして、じっと見つめてくる。


「誰かにとっての、もっとも大切なものを見つけられればいいんだよ。たとえば、ヘンゼルとグレーテルというその二人にとって、もっとも大切なものは、お菓子の家だった。お菓子の家は、腹を空かせて森をさまよっていた幼い二人の空腹を癒した」

「――でも、そのあとで、魔女に食べられそうになりませんでしたっけ?」


 たしか、そのはずだ。

 ヘンゼルとグレーテルのお話に登場するお菓子の家は、子どもを誘い込むための人食い魔女の罠じゃなかったっけ?


「じゃあ、これはどうだろうか。ガラスの靴だ。シンデレラと王子を結んだ――つまり、シンデレラにとってのもっとも大切なものは、ガラスの靴だ」

「それは、そうかもしれませんが――」

「もしくは、柱時計はどうだろうか。おおかみと七ひきの子ヤギというグリム童話の中では、狼に襲われた子ヤギが柱時計の中に隠れて、難をのがれた。つまり、子ヤギにとっての一番大切なものが、柱時計だ。この背後になにかヒントが……」


「――天狗さん、一度、グリム童話から離れましょうか」


 たぶん、違います。


 物の系統からいって、和箪笥の上にあるものは、天狗さんのおばあさんの旅行土産だ。

 すくなくとも、おばあさんのクイズの答えにグリム童話は関わってこない気がする。


「そんなことより、この部屋は、明治時代の初期当主の部屋だったんですよね? だったら、鷹倉家にかかわるなにかじゃないんですか?」


 漆喰の壁にはいくつも額縁がかかっていた。

 そのうち目がいったのは、古い家族写真だ。


「おばあさん以外の人も含めての鷹倉家のもっとも大切なものなら――写真はどうですかね? 古いものに見えますが。ほら、これも……」


 覗きこんだ家族写真に写るのは、ぜんぶで八人。

 小さな子どもが二人と、若夫婦。

 その親世代に見える夫婦と、さらにもう一世代上の老夫婦が笑顔で写っていた。


「これ、おれが子どもの頃の写真だな」

「え、じゃあ、この子が天狗さんなんですか?」


 写っていた子どもは、お姉さんと弟に見える女の子と男の子だった。

 ということは、この男の子が、幼い頃の天狗さん?


「ああ。ひいじいさんとひいばあさんは、この数年後に亡くなってしまったが、おじいちゃんのほうも数年間に亡くなってしまった」

「じゃあ、この写真が、おばあさんや、いまここに住んでいるみなさんの大切なものかも……」


 だって、みんなが元気だった頃の家族写真なんだもん。

 額に入れて大事に飾られているし、きっと――!


 手をのばして額を壁から外して、裏側をひっくり返してみると、和紙が貼ってあった。

 しかも、達筆で字が書かれている。

 さっきと同じ字体だ。


「天狗さん、やった!」


 ヒント獲得!

 そう思ったけれど――。

 そこには、こう書いてあった。


  惜しい! 

  チョット難しいかナ?

  お疲れになったら、一晩ゆっくりおくつろぎくださいネ!


 なんていうか、言葉の選び方が、絶妙に一昔前。


「――ああ、昭和がまだここに残ってる」

「はずれだったか。でも、メッセージがついているってことは、着眼点は合ってるんじゃないかな。なら――」


 天狗さんの目が向いた先は、部屋の隅。

 そこには、大きな木の板が掲げられている。

 かなり大きくて、一メートルは悠に超えている。

 大きさに合うように、大きな文字で、こう彫られていた。


 ――鷹倉酒造


 字の奥の窪みには、はがれかけた金箔で装飾もしてあった。


「この家を建てたのは、当時はじめた酒造で成功したからってきいたよ。そしてこの看板は、初代当主の店に飾られていたものと、おれはきいてる」


 木製の看板は、高いところに飾られていた。

 天狗さんも背が高いほうだったけれど、背伸びをして、両手を掲げて看板に手をかけて、裏側を覗いた。

 それから、わたしを振り返ってにこりと笑った。


「あたりだ」


 笑顔に導かれるようにしてそばにいって、下から同じ看板の裏を仰いでみる。

 白い和紙が貼られて、こう書かれていた。


  おめでとう! ヤッタネ!


 和紙の上のほう、ちょうど看板の暗い影になった部分に、さらに黒く翳って見える細長い棒があった。

 金属製で、はしっこがかぎ状になっていた。

 輪っかに引っ掛けるためにつくられたような形をしている。


「これで、かんぬきを開けられそうだな」

「よかったぁ……」


 よかった。

 それに、疲れた――。

 よろよろと後ずさりをして、顔をあげると、誰かと目が合った気がする。

 もう一枚古い家族写真が、漆喰の壁にかかっていた。

 家族構成は小さな天狗さんが写っていた写真と似ていたけれど、明らかに古い。

 白黒というよりはセピア色だったし、男性も女性も着物姿で、当主らしい男性は帽子をかぶっていた。


「その人が初代当主だよ」


 天狗さんも、同じ写真を見つめた。


「明治時代に入ってからの酒株の廃止と営業自由化のタイミングで酒類免許をとって、清酒製造をはじめたらしいよ」

「――難しいですね。お酒もいろいろあるんですね」

「おれも、家のことはこれくらいしか知らないんだけどね。ちょっと儲けて、それを元手にほかの事業もはじめたらしいよ。あと、いろいろ集めたらしいね――あ」


 ふいに天狗さんの手が、古い家族写真の額の裏に伸びる。

 そこにも紙が貼ってあった。

 時間が経って黄ばんだ紙に、薄くなったインクで、こんなことが書かれていた。



  私が集めた宝がほしいなら、くれてやろう。

  探すといい。

  この命をかけて集めたすべてを、とある場所に置いてきた。

   手がかり:白い家



「これは―――」


 意訳すると、あれですよね。

 某有名な海賊マンガの、冒頭のあれ。


 天狗さんと、目が合う。

 わたしも天狗さんも、だいたい考えたことは同じようだった。


「初代当主が集めた宝で、手がかり、つまり、ヒントが『白い家』――ということは、あそこに積み上がってるアレのことを指してるのかな」


 初代当主が集めたお宝で、白い家がヒントなら、きっと、この紙が指しているお宝というのは――。


「うん、きっと、アレですね――。それにしても、この初代の方といい、天狗さんのおばあさんといい、おもてなしの仕方まで受け継がれているんですね……」


 名家には伝統やしきたりが受け継がれている、という話は時々きくけれど、ヒントの残し方までが受け継がれているんだろうか。


 なんか、こう。

 いろんなお家があるんだなあ。

 世界って広いんだなぁ――。





 天狗さんが見つけた金棒で、戸をふさいでいたかんぬきを開けて出ていくと、おばあさんは台所から出てきて、しょんぼりと肩を落とした。


「あら、謎を解いてしまわれたのね。もういってしまわれるの? 夕ごはんを召しあがってもらおうかと……」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


 悪気がないのも、これが鷹倉家流のおもてなしなのも理解した。

 なにしろ、たぶん、明治時代から続いてるんだもん。

 旧家ならではの特別ルールも存在するんだろう。

 でも、要注意だ。

 わたし好みのおもてなしではなかった。

 絶対にもう母屋にはお邪魔しないぞ――。


「お邪魔しました!」


 玄関先で深々とお辞儀をして、ひとまずは倉へ。

 それにしても――。

 白い漆喰塗りの倉の内側にうずたかく積みあがった骨董品の数々をまじまじと眺めて、思う。

 初代当主のあの家族写真の方が、命をかけて集めた「とある場所に置いてきた」宝っていうのが、多分これなんだろうなぁ。

 そのお宝を、ひ孫の天狗さんは、調べて写真に撮ったうえで処分しようとしてるわけだよね。

 ――時代だなぁ。




「すっかり暗くなりましたね。どうしましょう。これからどれか調べますか?」


 今日もここにはバイトをしにきたはずなんだよね。

 壁にかかったデジタル時計は、六時五十六分。

 まもなく七時だ。


「いやあ、腹も減ったし。今日は鏡さんの歓迎会ということにしようか」

「歓迎会?」

「今日のお詫びだよ。夕飯をごちそうしようか」

「夕飯?」

「好物は肉だって話してたっけ。焼肉はどうかな?」

「焼肉!?」


 そんな贅沢メニューを食べたのは、いったい何か月前か――。

 なにしろ、一人暮らしをはじめてからは超の付く貧乏で、買える肉は豚小間肉と鶏肉オンリーだ。


「でも、ごちそうだなんて――」

「株主優待券がある」


 株主、ゆ……?

 それ、なんでしょう?

 たぶん、驚いた顔をしていたんだろう。

 天狗さんはさっとなにかを目の前にさしだした。

 チケットみたいな形で、某有名焼肉チェーン店の名前がデカデカと書かれている。

 そこには、「10000円 サービス券」の文字が。


「サービス――。焼肉なんて、いいんですか?」


 株主優待券なんてものの存在も知らなかったわたしにとって、そんな夢のようなチケットを操る天狗さんは、まさに教育格差の権化だ。

 でも、目の前のサービス券と空腹には勝てない。


 社会問題への反抗心があっさり潰えてしまう、おのれの浅ましさが恨めしい――。

 でも、肉が食べたい!


「おばあちゃんの強制イベントに付き合わせてしまったからね、お詫びだよ」

「いえ、そんな――おばあさま流のおもてなしだったことは理解しましたし――」

「とりあえず、歓迎会もまだだったし。なんでも食べていいよ。ごちそうするから」

「やったー、お肉! 神様、天狗様!」


 大喜びしていると、天狗さんもほっとしたふうにニコニコ笑った。


「そういってもらえると嬉しいよ。従業員の信頼を得るには胃袋を掴め、ということだな」


 胃袋を掴むっていうか――。

 どちらかといえば、餌付けでは?


 そう思ったが、いわないでおいた。

 




■■鏡餅子のバイトレポート②■■

●鏡とは古来、外から訪れる神様の依り代で、鏡餅とは、正月に訪れる歳神様を招くための聖なる居場所。

●鷹倉家流のおもてなしは危険。


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〈参考文献〉「しきたりの日本文化」(著:神崎宣武/角川ソフィア文庫/2008)

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