【6-2】塔の中にて

 魔鏡守神まきょうのまもりかみ。それは、かつて【人間】であった神であった。魔鏡まきょう領域を加護はしているものの、それ以外で何をしているかは民達は知らない。

 だが、この魔鏡領域にずっといたスターチスは、その神を嫌なくらいに知っている。


「(今何をしているか知らないけど、きっとまた女に手を出しているんだろうな)」


 黙っていれば、美しい男である。美を司るというだけあって、その姿に惹かれる女性達も多いだろう。しかし、その神はそれを悪用し、次々と様々な女性達に手を出していた。

 時には、それを巡って他の領域神と問題を起こした事もあり、そのせいでこの島の周りにある他の領域とは今も絶縁状態である。


「その絶縁した領域の技術が使われている……。となると、やはり魔鏡守神が関わっている、か」

「魔鏡守神が関わっている? ヴェルダにって事か?」

「可能性があるという話だけどね」


 それを聞いて、ジークヴァルトは心当たりがあるのか、顎に手をやる。そして少し経った頃、「スターチス様」と訊ねてきた。


麒麟きりん様は何と?」

「麒麟? ああ……まだ許してはなさそうだけどね」

「(麒麟? 四神も言っていたが……)」


 先程白虎びゃっこも話していた麒麟という人物。確か今は領域神だと白虎が言っていた。

 キサラギの中で白虎の話と今の会話が繋がると、マコトが「あの……」とスターチスとジークヴァルトに話しかける。


「麒麟様って、領域の守り神ですよね? もしかして」

「ああ、そうだ。麒麟様はこの島の近くの島にあった【夜明けの領域】の守り神さ」


 ジークヴァルトに教えられ、マコトは目を輝かせる。キサラギも聞いた事のない領域名に興味を持った。

 だがスターチスは「今は行けないけどね」とぼそりと言って、電波塔を見上げる。


「わざとなのかよく分からないけどさ。よくもまあ、逆撫でするような事するよな。あの男は」

「……何があったんですか?」

「聞きたい? ま、機会があればね」


 マコトに笑って言う。とはいえ、その話は決して良い話ではないのだが。

 両手を腰に当てながら、「さて」とスターチスは話を変えようとすると、キサラギ達の表情が引き締まる。


「エメラル王にはまだ言っていなかったけど、この塔はある神を操っている呪物だと見ていてね。これからキサラギとマコトには、党の上に行って壊してもらうんだけど、エメラルにはその間の警備を任せたい」

「分かりました。ヴェルダのものならば、こちらに兵を寄越してもおかしくありませんしね」

「うん」


 ジークヴァルトは快く引き受ける。が、キサラギは一つ気になることがあった。


「どうやって壊せばいいんだ? お前の力じゃダメなのか」

「壊そうと思えば壊せなくはないよ? けど、電波塔の中に対神用の罠が仕掛けられている可能性があるし」

「対神用の罠な……」


 それがあった所で外から壊せば良い気はするのだが。そうキサラギは思いつつも、「分かった」と呆れつつ言う。


「それで、壊し方は」

「とりあえず中にあるもの全て壊してきて」

「雑だな⁉︎ せめてどこにあるとかは……」

「あー、えーと……とにかくまずは上に行けばいいんじゃないかな」


 目を逸らすスターチス。要するにこの神は塔の中を知らないらしい。それだったら尚更の事外から壊した方が早いだろうに。

 キサラギはため息をつき、マコトは苦笑するが、スターチスは二人の後ろにまわり込むと「行ってきて」と背中を押していく。


「おい押すな!」

「頑張ってきてねー」

「え、ええ……」


 壊されたフェンスから無理やり敷地内に押し込まれる。残されたジークヴァルトは「頑張れよー」と手を振って見送るだけだった。



※※※



「ったくアイツ……」


 不満げにぶつぶつと呟きながら、キサラギは電波塔の中を見渡した。

 ホールらしきそこには、これまた二人には見た事のないエレベーターと、恐らく上まで繋がる階段の入り口以外何もなく、二人は目の先にあったエレベーターに近づく。

 エレベーター横のボタンに気が付いたマコトは、そっと上のボタンに触れる。


「これは? ……あ」

「勝手に開いた⁉︎」


 マコトが押した事でエレベーターが動いたのだろう。しばらくして左右に開いた扉に二人は驚くと、中にあるかごを見てキサラギが短刀を片手に中に入る。


「行き止まり、か」

「行き止まり?」


 マコトも中に入った瞬間、扉が閉まる。

 しまったと即座に後悔した二人は扉に向かうが、上に動き出すエレベーターに、扉を開ける事も出来なかった。

 

「罠か⁉︎」

「わ、分からない……! けどキサラギ、ここに何か……」

「……罠かもしれねえが、仕方ない!」


 そう言って手当たり次第にボタンを押していくと、エレベーターはかなり上昇した後、音を立てて止まり扉が再び開いた。

 ホッとしつつも、二人はその階に降りると、暗く非常灯の灯りしかない空間を歩いていく。何もかも二人には見た事のない世界だった。


「あれは、魔術か何かか?」


 振り向きエレベーターを見ながらキサラギが言うと、正面の扉に気付き、二人は立ち止まる。そしてキサラギがドアノブに短刀を当て、術がかけられていない事を確認すると、ドアノブを回して重い扉を開いた。

 扉の先にあったのは制御室のような場所であったが、人一人誰もおらず、ただ壁一面にあるモニターが稼働しているだけであった。


「ここを、壊せばいいのか?」


 マコトが呟くと、キサラギは「さあな」と言って制御盤に歩み寄る。

 見たところで、どういうものなのかはよく分からないが、様々なスイッチやランプを眺めていると、機械の扉に挟まっていた二つ折りの紙を見つける。

 それを引き抜き、開いてみれば文字が書かれていた。


「クエストの依頼?」


 マコトがキサラギの元へ来ると、後ろから紙を見つめる。確かにその内容はクエストの依頼のようだが、記載されている年を見るとかなり古いものだと分かる。


「百年ぐらい前だな……。内容は討伐、か」

「ドラゴン退治……か。エメラルで受けたのと似ているな」

「ああ。しかも依頼主も同じエメラルだと来た」


 年代的にはヴェルダに関する騒動よりもかなり前だが、似た様な依頼だったという事が、二人には分かるだろう。

 それが何故ここに分かりやすく挟まれていたのか。キサラギはより辺りを探ろうとした時、ふとある事に気がつく。


「埃が被ってないって事は、今も誰かが出入りしてるのか?」

「えっ」


 大きな制御盤に少し触れるが埃は溜まっていないようだ。それにマコトが気が付いた時、「正解」と声が部屋に響く。


「っ‼︎」


 二人は振り向き武器を構えると、扉にもたれかかるように立つライオネルによく似た、あのドッペルゲンガー兵がいた。

 青と黄の色違いの双眸を細くして、ナイフを片手に持つその男は扉を閉めると、二人に近づく。


「マンサクから聞いたけど、まさか本当にここに来るなんてね」

「一体いつからここに……」

「さあ? ま、少なくともアンタらがここに入った事は、ヴェルダの奴らも分かってるだろうけどね。けどまさかエメラルの軍がここを取り囲んでるのは予想外だったなぁ」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ナイフをさらに抜き、両手に持ったままキサラギの前に立つ。

 マコトが前に出ようとしたが、キサラギがそれを許さずに庇うように立つと、男はキサラギの前に立ち止まる。


「……」


 互いに無言が続く。目を逸らしたら負け。そんな気がして、キサラギは男を睨み続けていると、男の右手が先に動いた。

 すぐに防御をしようとするが、右手から放たれたナイフはキサラギ達を傷付ける事はなく、後ろへと飛んでいく。その直後ガシャンと大きな音が響いた。

 ナイフが当たったのは、どうやらキサラギ達の背後にあった、さっきまで触っていた制御盤のようだ。ナイフが奥深くまで刺さり、火花をあげていた。


 ブー、ブー、ブー……!


「何の音だ⁉︎」

「何だろうね?」


 警報音にキサラギが声を上げれば、それを楽しむように男は言う。そして、部屋に備えられていた赤い回転灯が部屋を赤く照らし始め、塔自体が揺れ始める。


「っ……! くそ、よく分からねえが、逃げるぞマコト!」

「だ、だがどこに⁉︎」

「非常階段ならば、この部屋を出てすぐ横にあるよ」

「それは信用できるのか?」

「どうでしょ?」


 慌てることもなく、男は傍の台に腰をかけてキサラギ達を眺める。キサラギは複雑そうな表情を浮かべつつも、マコトの腕を引き部屋を出る。

 男はキサラギ達を見送った後、制御盤に刺さったナイフを抜くと、少し遅れてキサラギ達を追った。

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