六章 暗闇と花々

【6-1】電波塔

 久々の上層。下層と同じように時間帯は夜のままであったが、キサラギにとっては懐かしい空気が流れていた。


「キサラギ」

「あれか」


 木々の合間から空高く伸びる鉄塔。キサラギにはそれが一体何なのかは分からなかったが、マコトはぽつりと「電波塔?」と呟く。

 

「前にサクが送ってきた写真で見た事がある。だが、この世界にそんな技術などない筈……」

「……なんか、色々聞き慣れない言葉が出てきてるのが気になるが。そのでんぱとうって、下層かそうにあるものなのか?」

「ああ。ウィーク領域って呼ばれる所でな。本来は電波を送ったりするものなんだが」

「でんぱ?」

「……」


 ここに来て、上層じょうそうと下層の文明の差に躓いていると、後から来て話を聞いていたスターチスが、思わず吹き出すように笑ってしまう。

 その笑い声に、「なんだよ」と不機嫌そうにキサラギがスターチスを見て言った。


「いやー、二人のやりとりを見てて面白かったからさ。まあ、でもマコトの言う通り、少なくともこの島にはそんな技術はないんだけどね」

「島には? 他の島にはあるんですか?」

「うん。けど、今は訳あって他の島との行き来ができない筈だけど……」


 そう言ってスターチスは電波塔を見つめる。電波塔としては低い方だが、元々ないこの島にとってはかなり異様な高さの建物だろう。

 赤色なのも相まって目立つ電波塔に、キサラギはふと疑問を吐露する。こんなに目立っていれば、聖園みその魔鏡まきょうのどちらかの領域神も気付くんじゃないかと。


「そもそも何故、ヴェルダが好き勝手にしているのに、どちらの領域神も反応していないんだ。このままじゃ、戦争になりかねないぞ」

「……それは」


 スターチスが言いかけた時、「それは僕が」と幼い少年の声が聞こえてくる。三人がその声の方を向くと、白と黒の混じった髪をしている半獣人の少年がいた。四神しじんの一人白虎びゃっこである。

 突如現れた後四神に、キサラギとスターチスは驚くが、マコトは姿を見た事がない為きょとんとしていた。


「まさかここで四神が現れるとはね」

「ええ。僕もまさかここでスターチスさんを見かけるなんて」

「えっ、四神……って?」

聖園守神みそののまもりかみに仕えている神だ。ソイツはそのうちの一人」

「聖園守神様⁉︎」


 キサラギに教えてもらい、驚きのあまりマコトは声を上げる。白虎は笑みを浮かべ、白黒の尻尾を揺らす。


「キサラギさん、何か変わりましたね」

「色々あったからな」

「成る程。そしてお隣にいる彼女が噂のマコトさんですか。蒼龍さんを通じてキュウ様から聞きました。よろしくお願いします」

「は、はい……! こちらこそ!」


 マコトと白虎が自己紹介しあった所で、スターチスが「いいの?」と訊ねる。白虎はこくりと頷くと、真面目な表情になりキサラギに向き合う。


「聖園守神様……くれない様は、今回の件についてはちゃんと把握しています。ですが、ここ数年紅様のお力が足りず、神殿から動けずにいらっしゃいます」


 辛うじて四神を存在させ、領域を守る力はあるらしい。だが、このままでは領域を保つのも難しく、時間の問題だという。

 キサラギとマコトはそれを聞いて愕然とするが、スターチスはとっくの前に知っていて、複雑な表情を浮かべていた。


「聖園守神は、他の領域神以上に力の消費量が多かった。消滅寸前だった四神に力を与えて、尚且つ下層の聖園領域まで治めている。だから常にフルパワーな状態だったんだけど……」

「僕達がせめて独立して存在出来れば、紅様の負担が軽くなるとは思うんです。でも……」

「確かに、アンタらの存在できる分の力はまだないね」

「存在できないって……上位の神なのにか?」

「四神は、ちょっと特殊なんだよ」


 シュンとする白虎の頭を撫でながら、スターチスが説明する。

 元々四神というのは、方角を司る神である。強いて言えば方位以外にも色々と関わるものはあるのだが、スターチスが言うには【方角】というものがざっとし過ぎて、力が得られにくいという。


「永遠に北に向かっても、最終的には南になるように。東もまた西になる。逆もまた然りだ。だから、彼らには【中心】が必要だった」

「中心が有れば、方角が明確になるからっていう事か」

「そんな感じ」

「それで、聖園守神はその中心も担っていたと」

「そう」


 キサラギは納得する。白虎の話によれば、その中心を担える神を探しているらしいが、中々難航しているという事だった。


「以前の様に麒麟きりん様に頼もうかという話もあるんですが、麒麟様も今領域神で、しかも色々とあって会えないから……」

「成る程な。そっちはそっちで忙しかったんだな」

「そうなんです。本当ごめんなさい」

「謝るな。事情は分かったから」


 より落ち込む白虎に罪悪感を感じてしまったキサラギは、スターチスを見ると「魔鏡守神まきょうのまもりかみは?」と訊ねる。するとそっちはそっちで別の問題があると伝えられ、キサラギとマコトは何とも言えない気持ちになった。

 

「魔鏡守神に関しては最初から期待はしてなかったが……、どうするんだスターチス」

「どうするも何も……流れ的にこれ、俺が何とかした方がいい感じだろうね。すげー、面倒なんだけど」

「ごめんなさい……」

「四神の前でそんな事言うんじゃねえよ。居た堪れなくなるだろ」

「うっ」


 いくら四神といえど、姿は子どもの姿である。ぺたんと耳が下がり、うるうると目を潤わせるその様子にスターチスも胸が痛くなってくる。

 マコトに至っては励ましたいあまりに、白虎の元に向かおうかソワソワしていた。

 口にはしなかったが、キサラギが目だけで「やれ」とスターチスに訴えると、スターチスは頭を掻きながら「やります。やりますよ」と呟く。


「その代わり、朱雀すざくを貸して欲しいんだけど」

「朱雀さんですか?」

「そう。アイツとは昔からの仲だしね。だからも頼みやすいし」


 一瞬ニヤリとしたスターチスの顔を、キサラギは見逃さなかった。絶対よからぬ事を考えていたのだろう。呼ばれる朱雀が心配になってくる。

 そうとは知らず、白虎は「分かりました!」と純粋な笑顔を向けて返事をした。


「来る前に神殿で坦々麺食べてるの見かけたので、後で呼んできますね!」

「うん。よろしく!」


 その坦々麺が朱雀にとって、最後の晩餐になるかどうかはさておき。別件がある白虎とはここで別れると、キサラギ達は電波塔の真下へと向かう。

 途中あった森の中は妙に静まり返り、魔物どころか鳥や虫の気配もなく、月の光も差さない真っ暗な道を歩いてくる。


「何だか、不気味だな」


 マコトが辺りを警戒しながら呟くと、スターチスが「幽霊とかは出ないから安心して」と言う。

 上層には、下層からの魂を保護して転生するまでの間居座らせる島があった。その島の領域神の力もあり、上層には妖怪はいれど、幽霊という存在はいないという。

 それを聞いたマコトは安心した表情を見せると、キサラギが小さく「昔から苦手だもんな」と言う。

 記憶を取り戻したのもあり、マコトとの昔の思い出や好き嫌いも全て分かっていた。

 その変化にマコトは驚き、「キサラギ?」と首を傾げると、スターチスが「着いたよ」と言った。二人がスターチスの後ろから覗き込む様に、それぞれ左右から顔を出せば、メッシュフェンスに囲まれた電波塔がそこにあった。


「まるで、ここだけが別の領域みたいだよね」

「そうだな。奇妙すぎて、逆に興味があるわ」


 世界観に合わないその設備に、キサラギはスタスタと歩いていくと、メッシュフェンスに短刀を突きつける。何かバリアでも張ってあったらと思ったのだろう。だが、そこには何も張られてはいない様だった。

 スターチスも、メッシュフェンスに何も無いことを確認して数歩退がる。そして手を突き出し、小さな流星を放つ。


「なっ⁉︎」

「えっ⁉︎」


 躊躇なく壊した事に、キサラギとマコトは呆然とする。 

 メッシュフェンスは放たれた流星によって、歪にひしゃげていて、人一人分が入る位に曲がり、穴が空いていた。


「もう少し静かに入れなかったか?」

「いやだって、邪魔だったから」

「あっちに入り口ありましたよ……?」


 マコトが恐る恐る指を指して教えるが、スターチスはスッキリした表情で、「いいのいいの」と言った。


「それに、逃げ道は複数あった方がいいだろ?」

「た、確かに……」

「マコト、納得するな。多分何も考えずに壊しただけだぞコイツ」

「お前なんかさっきから生意気だね?」


 キサラギの発言にスターチスは笑みを浮かべたまま、低い声で言うが、キサラギは無視をした。

 そうしていると、微かな地響きと共に馬の鳴き声が辺りに響く。キサラギはマコトを引き寄せ短刀を握るが、篝火と共に見えた旗に警戒を解く。エメラルの軍だった。

 少しして、姿がはっきりと見えると、先頭にいたジークヴァルトが馬に乗ったまま近づいてくる。


「久々だなキサラギ! そして、マコトも!」

「ああ。久々だ」


 嬉々とした表情を浮かべたまま、ジークヴァルトは馬から降りる。

 彼の後ろにいた兵士達の数はキサラギ達が思っていたよりも多く、電波塔を取り囲む様にエメラルの旗が埋まっていた。


「思ったよりも早かったね」

「スターチス様の命令ですからね。それで、この塔は一体」

「多分、ヴェルダかな。でも……ただそれだけじゃない気がする」


 スターチスの言葉に、何かを察したのかジークヴァルトは真顔になる。


「まさか、領域案件とでも?」

「……」

「(領域案件?)」


 二人の会話を聞いていたキサラギは、スターチスに「何だよそれ」と訊ねると、ばつが悪そうな顔で「魔鏡守神が関わってる問題」と返された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る