【5EX-3】混乱
自分の背よりも高い槍を手に持ち、白い髪をたなびかせるその男は、民達の先頭に立つウォレスを見るなり口角を上げ、真っ直ぐと歩いてくる。
「それで、ここは……って」
男の気配に気づき、顔をそちらへやるとその人物に仮面越しでも分かるぐらいに、驚き慌てる。同様に傍にいた兵士達も慌て始めるが、男は気にせずにウォレスに手を振る。
「おー、久しいなウォレスくん。元気にしていたか?」
日焼けし微かに老い始めた顔を、まるで少年のように無邪気に笑いながら言うと、「はい‼︎」と背筋を伸ばしてウォレスは返事する。
そう、この男。数年前から修行と言って国を出ていた、桜宮の現当主・桜宮ヤマメ本人であったのだ。
突然の国主の帰りにウォレスは勿論、昔からいた兵士達も驚くのは無理もなかったが、偶然通りかかったレンがヤマメを見つけるなり走って抱きついてくる。
「おかえりなさい父様!」
「ただいまレンー‼︎ 文で聞いたぞー! 一時国を出てたそうだな〜。楽しかったか〜?」
「うん! すごく楽しかった!」
抱きつく娘にヤマメもニコニコしながら、わしゃわしゃとレンの頭を撫でていると、それとは別に溜息が聞こえてきた。ヤマメの声を聞いて来たアユである。
「そうやって甘やかすから……」
「そう言うお前も、わざわざ
表情が変わり、アユも気を引き締める。親子とはいえど、仕事の話となれば別である。レンも空気を読み、ヤマメから離れ傍に立つと、アユが今までの状況を伝えた。
最初はヤマメは静かに聞いていたが、ライオネルの事になると小さく目を見開く。
「ライくんがいないのは、痛いな」
「はい……。その、スターチス様曰く、
「そうか。ま、無事ならば良いさ。それで、ウォレスくん達によって今から民を猫屋敷に避難してって感じか」
「はい」
ウォレスが返事する。あらかた状況が分かったヤマメは、アユを再度見ると言った。
「じゃあ俺とアユは今から橙月の当主に直接会いに行くか」
「……え?」
「ん、何かおかしいか?」
「い、いや、だって、直接会いに行くって」
「ああ。そうだ。何も戦いにいくって訳じゃないぞ? ただ、平和的にお帰りくださいってお願いしに行くだけだ」
進軍理由は分からないが、だからと言って戦わなきゃいけないという訳でもない。
言われたアユも分からない訳ではないが、もし万が一上手くいかなければ自分達だけでなく、桜宮そのものが危ない。
レンも不安そうにヤマメを見つめていると、ヤマメはアユからウォレスに視線をずらし手招きする。ウォレスが駆け寄ると、耳打ちされた『命令』に「了解」と小声で返事した。
「アユ、心配するな。もし万が一何かあったとしても部下を信じれば良い。お前だっていつもウォレスくんや、ライくんに頼っているだろう?」
「で、ですが……」
「だーいじょうぶだって。橙月とは仲はあまり良くなかったけど、それでもなんだかんだでやってきただろ? 交渉なら俺に任せとけって」
歩み寄り、アユの右肩をトントンと安心させる為に叩く。アユの表情が安らぐ事はなかったが、こくりと頷くと、橙月の本陣へと向かう準備の為に屋敷へ戻っていく。
話を聞いていたレンは、ヤマメの着物の袖を引いて訊ねる。
「あたしはどうすれば良い?」
「レンは、そうだな……。あ、そういやアキくん来てるって話聞いたんだが、今何してる?」
「アキ? アキは今、ケイカさんと部屋で報告聞いてるよ」
「おっ、そうか。じゃ、レンはアキくんと一緒に桜宮を任せるかね」
ヤマメの言葉にレンは「うん」と頷く。その顔はアユ同様暗いままだったが、そんなレンの頭をもう一度荒く撫でる。
「民の前で不安になるな」と言うのは簡単だが、国主である前に、ヤマメはアユとレンの父親であり、その気持ちは痛いくらいに分かった。
「(一か八かだが……あの若当主が素直に聞き入れてくれるか、だよな)」
レンを励ましながらヤマメは考える。すると、どこからともなくぞわりとした嫌な寒気を感じ、ヤマメはレンの頭を撫でる手を止める。
その嫌な気はヤマメだけでなく、ウォレスやレンも感じたのだろう。周りの兵士を含めて一斉にある場所を見つめた。
「……竜封じの山脈からか?」
ぞわぞわとまるで虫が背中を這うような、そんな得体の知れないその気配は風となって、辺りの木々を揺らす。
橙月かヴェルダから攻撃を仕掛けられたのかと、最初は思った。だがそれはしばらくして収まると、警戒をしつつもウォレスは刀の柄から手を離し、兵士達に指示を出す。
「な、何だったの、今の?」
「さあ、何だろうな。……レン、警戒は怠るなよ。何かあればすぐに戻るからな」
「う、うん。でも父様達も気をつけてね」
怯えを隠しきれていない目が見つめると、ヤマメは苦笑交じりに「ああ」と言った。
※※※
ヤマメとアユが橙月本陣へと向かった頃、一人城下町を見回っていたグレンは気配を感じて振り向く。
そこには、スターチスによってようやっと上層に帰ってこれたライオネルとフェンリルの姿があった。
「なっ⁉︎ っ、お前ら一体今までどこに行っていやがった⁉︎」
「ごめん、ちょっと色々あって……! それで、状況は⁉︎」
「今の所睨み合いだ。けど、ヴェルダの奴らが早速うろつき回っているみたいだけどな」
ライオネルは手を合わせて謝りつつも、状況を聞くなりすぐさま短剣を手にする。
本当は報告をしに行きたいが、どこからともなく笛の音が聞こえ、フェンリルとグレンはそれぞれ辺りを見回す。
笛の直後、地響きと共に遠くから馬に乗った橙月の兵士達がやってくると、槍や矢が三人に構えられた。
「おー、おー。お出ましだぜ、お二人さん」
「偶然でしょ、これ」
「だよな」
グレンに対し、冷静にライオネルとフェンリルが言うと、その反応に面白くないと言わんばかりに、グレンは息を吐くとグレートソードを手にする。
重い武者鎧を身につけた兵士長の男は、ライオネルの存在に気付き、舌打ち交じりで「いるではないか」と呟く。その呟きにライオネルはニコリとして「何のことかなー?」と惚けた。
「あ、もしかして思ったよりも早く帰ってきたから、吃驚したとか?」
「……まあ、いい。それよりも」
「?」
兵士長はライオネル達を睨みつけ、手に持っていた槍を向ける。そしてこう言った。
「カエデ様をどこにやった‼︎ しらを切っても無駄だぞ‼︎」
橙月の現当主であるカエデがいない。聞いた事のない情報にライオネルは素っ頓狂な声を出す。グレンも知らなかったようで、「どういう事だ」と呟いた。
「いつからだ」
「それは言えん」
「言わなきゃ分からねえだろうが」
「……本当に、知らないのか?」
グレンに気圧され、兵士長は間をおいた後、半信半疑の様子で「昨晩から」と言う。
橙月が桜宮に来たのはだいぶ前だっただけに、恐らく桜宮にいる間にいなくなったのだろう。と、そこでグレンは、アユとヤマメが橙月の本陣に先程向かった事を思い出す。
「じゃあ、さっき橙月の本陣に向かった桜宮の王子達は……」
「え⁉︎ どこに向かったって⁉︎」
「橙月の本陣だ!ここはいいからお前は早く向かえ! フェンリルはここにいろ!」
「あ、ああ……!」
グレンに言われ、今まで話を聞いていたフェンリルが頷く。ライオネルは橙月の兵士長の制止を振り切り、その場から走り去ると、兵士長が兵士達に命令を出し、その場を退こうとする。
すると、グレンは何かに気付き空を見上げた。
「……ようやっと大将がお出ましって訳か」
「大将って……」
「ヴェルダ王。フィン・ヴェルダ。こりゃ、覚悟しといた方が良いかもな」
ざわざわと草木が揺れる。夏とはいえ、先程まで風一つ吹かなかったというのに、急に風が強まり雲が早く流れていく。
微かに橙色が掛かる空に、黒く大きな鳥が見下ろすようにその場を一回りした後、去っていく様子をグレンは見つめていると、フェンリルが腕に氷の籠手を作り出したのが分かり、グレートソードを構える。
その瞬間、ヴェルダが滞在しているであろう竜封じの山脈のある方向から、まるで爆発したかのように、黒い波動が建物ごと吹き飛ばして襲い掛かってきた。
「っ⁉︎」
「うおっ、派手にきたな‼︎」
驚き、何とか踏ん張りながら構えていたフェンリルに対し、グレンは笑いながらも剣を地面に刺し、風圧に耐える。
波動は数秒続き、この攻撃で城下町の三分の一が全壊、または半壊していた。
一瞬で変わってしまった街の有様に、フェンリルが衝撃を受けていると、砂煙の奥から何かがやってくる。
ガシャン、ガシャン。と重い甲冑のぶつかる音。その中央には、黒い闇を漂わせる一人の青年の姿があった。
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