【4-8】燃えて散る花と霧の中
透明な花弁が舞う中、刀と剣がぶつかる音が響き渡る。力も体格も隊長の男の方が有利だが、ライオネルの補助魔術によって互角に戦い続けていた。
だが、次第に体力が削られていきレンが圧されていくと、ライオネルも助けに入ろうとしたがヴェルダの援軍によりレンに近づけないでいた。
「たかが二人にそこまでするかね……」
肩で息をしながら呆れる様に呟いた後、ライオネルは魔弾を飛ばす。
するとレンの悲鳴が聞こえ、ライオネルは咄嗟に振り向く。
「っ……ぅ」
「レン‼︎」
負傷したのか左腕を押さえながら座り込むレンに、男は剣を大きく振り上げる。
ライオネルは駆け出し、レンを庇う様に間に滑り込むと右肩から背中にかけて激痛が走った。
「っ、ぐ」
声を漏らし視界が揺れる中、目の前にいるレンを抱きしめると、背後の男を睨みながら右手に炎を浮かばせる。
「ただで、帰れると思うなよ」
オアシスにいた時の様な低い声と左右色違いの眼光で男を射ると、
鎧は赤く熱し、中にいる人々が苦しむ声が聞こえると、レンの顔に恐怖が滲む。
「ライ、兄様……?」
見た事のないライオネルの怒りに、レンは震えながら名前を呼んで止めようとするが、ライオネルは止める気はなかった。
そうしている内に炎と煙で辺りが包まれると、レンは咳き込み始める。
「(苦しい……)」
ライオネルの服を掴み、「やめて」とレンが掠れた声でいうと、炎が急に弱まり腕が下ろされる。
何が起きたのだろうか。レンはそう思って顔を上げると、ライオネルの腕を誰かが握っていた。
「(だ、れ?)」
鍛えられた腕が背後から伸びていた。そして「何やってるんだよ」と声がして、レンは気付く。
「フェンリ、ル」
「突然姿が見えなくなったから、心配したんだぞ」
そう言われて、フェンリルの後ろを見ればグレンやフィル達もいた。
フィルは、唖然としつつも「キサラギとマコトは?」とレンに訊ねると、レンは表情を曇らせる。
その様子にライオネルはそっとレンの頭を撫でた後、「俺が言う」とレンに言って、フィル達を見る。
「あの二人が、行方不明になった」
「……え?」
「ちょっと、待ってください」
フィルとカイルは信じられないといった様子で、二人を見つめる。
そばにいたフェンリルも眉間に皺を寄せて「どういう事だ」とライオネルに聞いた。
「まさか、ヴェルダに攫われたのか?」
「分からない。けど、負傷したというのは事実みたい」
傷が痛むのか顔を歪ませながら、ライオネルは俯く。
先程まで何もなかった様に過ごしていた二人を見ていただけに、フィル達は何も言えずに立ち尽くす。
その中でグレンは辺りの状況を確認し、倒れている兵士達を見て「派手にやったな」と一人呟いた。
「俺が寝返ったのを知っての事か知らねえが、手段も乱雑になってきたな」
「……」
「とりあえず、場所変えようぜ」
敵の気配はもうないが、辺りの殺伐とした状況を気にしてかグレンはそう提案する。
タルタもライオネルとレンの怪我が気になるのか、グレンの提案に乗ると、フェンリルは頷いてライオネルの肩に腕を回し立ち上がらせる。
「レン、だったか? その、立てるか?」
「うん」
フェンリルに聞かれ、レンは気落ちしたまま頷き立ち上がる。
重い沈黙のまま二人を連れて、フェンリル達は麓の村へと戻ろうとすると、フェンリルの耳がぴくりと動き足を止めた。
「?」
いまだに燃える氷空花の花畑に何か光るものが見えた。兵士の持っていた武器か鎧のどれかだろうか?
フェンリルはそう思い再び歩み出そうとしたが、けどやはり気になって振り向いてしまう。
「……フェンリル?」
フィルがフェンリルの様子に気付き「どうしたの?」と訊ねると、フェンリルはライオネルをフィルに任せて、花畑に走っていく。
「フェンリル⁉︎」
「すまん、すぐに戻る!」
フェンリルが慌てた様子で走っていく。すると、ライオネルは辺りが再び霧が掛かっていくのに気付き、声を上げた。
「フェンリル! 行っちゃダメ‼︎」
ライオネルが言った後、辺りに霧が深く掛かるのをみてフィル達もフェンリルを止める為に名前を呼ぶ。
フェンリルはライオネルの言葉に立ち止まり振り向くが、一瞬にして姿は霧で完全に見えなくなっていた。
「え、これヤバくない?」
フィルは真っ青になりそう呟くと、グレンが溜息をつく。タルタも名前を呼ぶが返事がなく、困った表情を浮かべていた。
ライオネルはフェンリルの向かった霧を見つめた後、フィルから離れると、霧へと歩いていく。
「ライオネル! どこに行くんだ!」
「……フェンリルを連れ戻しに行ってくる」
「連れ戻すって!」
グレンが声を荒らげて、「これ以上人を困らせるんじゃねえ!」と言うと、ライオネルは笑って「ちゃんと帰ってくるから」と言う。
勿論、絶対に帰ってこれる保証はなく、それどころかこの霧の正体すらも分からないのだが、少なくとも危険性はさほど感じない。
レンが心配そうにライオネルを見つめ名前を呼ぶが、呼ばれた本人は「大丈夫」と言って霧の中へと入っていく。
霧の中は先程までいた荒れた氷空花の花畑が広がっている。炎はいつの間にか消えており、燻った匂いが漂う中フェンリルの背中を見つけ歩み寄る。
「フェンリル」
「ライオネル⁉︎」
「何か、あった?」
しゃがみ込むフェンリルに背後から覗き込む。そこにはマコトのものらしき薙刀が落ちていた。
「これって、マコトっていう子が持っていた武器だよな」
「……うん。そうだね」
側には血痕らしきものも見える。ただ、あまりにも血の量が多い気がして、ライオネルは二人の姿を探し始める。
「(ヴェルダの兵士達が長くないだろうとは言っていたけど……)」
現実味を帯びてきた兵士達の言葉に、ライオネルは焦りだす。
「早く見つけないと二人が危ない……」
死体として現れない事を祈りながら、フェンリルと二人で探す。
しばらくして、フェンリルが持っていたマコトの薙刀はキラリと二人の姿を刃に映すと、光を帯び始めて二人を驚かせた。
「な、なんだ⁉︎ 急に光り出したぞ⁉︎」
「えっ⁉︎」
フェンリルは尻尾を逆立てながら、その薙刀を握りしめると千段巻の部分から嫌な音を立て始める。
そのまま柄部へと下るように亀裂が走った時、勝手に薙刀は真っ二つに折れてしまいフェンリルは悲鳴じみた声を上げた。
「おい、折れたぞ⁉︎ どうすんだこれ⁉︎」
「え、えぇ⁉︎」
ただえさえ負傷して血を失っているライオネルの顔がより真っ青になる中、突如現れた眩い光に二人は思わず目を瞑る。
光はやがて風となり霧を吹き飛ばすが、ライオネルとフェンリルの姿はその場から消えていた。
※※※
一方、氷空花の花畑から遠く離れた別の世界に二人はいた。御神木の新緑の葉が静かに揺れる神社の境内で眠る二人の側には、あの少年も倒れていた。
「……っ、ぅ」
微かに手を動かし、少年は顔を上げて周りを見る。そしてぽつりと「帰ってきた?」と声を漏らす。
「間違いない。ここは僕の神社だ」
ホッとしたような表情を浮かべるも、キサラギとマコトに気付くと青褪めて駆け寄る。「大丈夫ですか」と二人の肩をそれぞれ揺さぶるが、ぐったりとして反応がない。
マコトの傷も酷いが、それよりもキサラギの方が少年は気になった。切り裂かれた胸元の傷もだが、マコトを庇った時に受けたのか、背中には複数の矢が刺さっている。
「(生きてるのか、これ)」
半分泣べそをかきながら少年はキサラギに耳を澄ませる。少し。ほんの少しだけ、息をしているのが聞こえた。だが、このまま放置していればどちらにせよ命はないだろう。
少年は周囲を見渡し声を上げる。
「誰か! 誰かいませんか‼︎ 」
少年の声に応えるように境内の木々が揺れる。
すると、石造の鳥居の先に人影が見える。少年は急いで走っていくと、丁度農道を歩いていた百姓達に出会った。
そのうちの一人の腰を曲げ年老いた女性が少年を見るなり「あらまあ」と歩み寄る。
「キュウ様ではありませんか」
「何? キュウ様だと?」
「一体何処に行っておられたのです⁉︎ しばらく姿が見えず我らとても心配して……」
「ああ、えと。その件はごめんなさい! けど、それよりも大変なんです‼︎」
キュウと呼ばれた少年は神社を指差しながら、農男の屈強な腕を引く。農男は指差された方向を見ると倒れた二人の姿を見て「こりゃあ大変だ」と叫ぶ。
「ありゃ、
「小刀祢の姫様だと⁉︎」
「だが、隣の男は誰だ?」
「と、とにかく助けねえと!」
百姓達を連れてキュウは戻る。二人は相変わらず意識を失ったままだが、辛うじてキサラギが目を覚ます。
「こ、こは……」
「あー、あまり喋んな兄ちゃん! 怪我が酷えんだ!」
「今から医者の所に診せるから頑張るんだぞ!」
「……」
光のない青い瞳が百姓達を見つめた後、ゆっくりと閉じられる。だがその手はしっかりとマコトの手を握っていた。
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