【3-3】貴方達に代役を

 フィルが去った後、「それじゃ僕も」とタルタもその場を離れようとすると、またもやフィルが走ってやってくる。


「どうしたんだい? また団長のおつかい……」

「大変だ! ルッカが怪我した‼︎」

「怪我⁉︎」


 青ざめた顔で「どうしよう⁉︎」とフィルが言うと、タルタは「とりあえず診てみないと」と、冷静さを保ちつつも急いで向かう。

 ルッカ……どこかで聞いた事のある名のような。キサラギはその名前に関して考えていると、フィルが心配になったのかカイルは歩いていく。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。うん。ごめん。こんな時こそ冷静にならなきゃいけないんだけど……」

「何があったんです?」

「詳しくは分からないけど、練習中に舞台のセットが倒れてきたみたいで……」


 とにかく行かなくちゃとフィルが動揺しながらも戻ろうとすると、カイルが「待って」と言う。


「キサラギさん……」

「心配なら一緒に行ってやれ」

「!……はい!」


 カイルは頭を下げた後、驚くフィルの背中を押して「行きますよ!」と言って、会場へと向かっていく。

 冷茶を飲み干した後一息つくと、ライオネルが呟く。


「心配だね。怪我」

「そうですね……」

「……行ってみる?」


 レンがライオネルとアユに訊ねると、二人の視線がキサラギに注がれる。

 何故俺の許可を取らないと行っちゃいけない雰囲気になってるんだと、キサラギは心の中で思いながら、キサラギは腰を上げる。


「キサラギ」

「……カイルを迎えに行くついでだ」


「早く行くぞ」と言うとマコト達はそれぞれ笑って頷いた。



※※※



 日も落ち暗くなる中、壊れた舞台のセットを団員達が修理をしたり、片付けたりする。

 だがその表情はどことなく暗く、物音だけが天幕内に響いている。

 その舞台の裏側にある医務室では、タルタとフィルが心配そうにルッカを見つめていた。


「ルッカ……」

「ごめん。心配かけて……」


 起きあがろうとするが、タルタが止めるように優しく肩を掴むと、ルッカは渋々ベッドの上に横になる。

 その右腕と左足は分厚く包帯が巻かれていた。

 

「師匠、魔術でどうにかできないの⁉︎」

「できなくはないけど……この怪我だと少なくとも一日は安静にしないと」

「一日……じゃあ明日の公演は」

「明日は無理。出られない」


 それを聞いてフィルとルッカは愕然とする。

 そもそも本来ならば全治一ヵ月の怪我。出来たらなるべくゆっくりと治癒したほうが良いとタルタは言うが、生憎にもそういう訳にはいかなかった。


「ま、待ってくれ。黒金の王子役は主役なんだぞ! そんないきなり代役だなんて……いっつ!」

「急に起き上がったら傷に障るだろう。……君の気持ちは痛いくらいに分かるが、明日は絶対に譲れない」


「安静しなさい」とタルタに静かに言われ、ルッカは悔しげに唇を噛みしめる。

 フィルはそんなルッカに心配かけないように笑みを浮かべていった。


「大丈夫。俺がなんとかするから」

「フィル……」

「明日ゆっくりすれば明後日は出られるんだよね?」

「まあ、一応はね」


 本当は後二、三日休んでいて欲しいのだがと思いつつも、タルタは微笑する。

 フィルは「よし」と手を叩いた後、立ち上がり振り向く。扉の側にはカイルが立っていた。


「カイル」

「?」

「ちょっと手伝ってほしい事があるんだけど」

「! ……僕に出来ることがあるなら」


 笑みを浮かべてそう言うと、フィルは「ありがとう」と礼を言う。

 一旦医務室から出た後、側にある物置場所に向かいフィルはカイルを見る。


「代役の事なんだけど……」

「えっ、代役」


 まさか、僕にやれと言うんじゃ。そんな不安が頭を過ぎる中、フィルの言葉を待つ。

 フィルはカイルの肩を掴み、じっと見つめた後口を開いた。


「あのお兄さんと師匠の知り合いのどちらかにやって貰おうかなって思ってるんだけど……どうかな?」

「…………へ?」


 お兄さんと師匠の知り合い? カイルは首を捻ると、フィルが「ほら、ちょっと怖そうなお兄さんと、左右目の色が違うお兄さん!」と必死に説明する。

 カイルはそれを聞いて何となくだが、キサラギとライオネルの事だと分かった。

 代役が自分に回ってこなくて良かったと思う半分、ちょっと悔しい気持ちもあるが、姿的にも二人のどちらかにやってもらった方が良いだろうとカイルは考えるが……。


「(あの二人って戦うならともかく、歌と踊りは大丈夫なんですかね)」


 ライオネルはどうなのかは知らないが、キサラギが歌ったり踊ったりしている所を見た事がない。というかイメージが湧いてこない……‼︎

 カイルは悩みに悩んだ末、絞り出すように言った。

 


「強いて言えばライオネルさんの方がまだマシかな……」

「ああ、やっぱり?」

「はい。キサラギさんが歌っている所が想像出来ないので……役名的にもライオネルさんの方が」

「そうだよねぇ……でもなぁ」


 フィルが悩む理由。それはカイルにも分かった。台詞は勿論、踊りや歌詞、そして仕草等……とにかく覚える量が半端なく多いのである。

 一日限りとはいえ、黒金の王子という大役を演じる以上、たとえ代役であろうがビシバシと指導するつもりではいた。

 けれども初心者でましてや後半日で、一通り演じさせるのは無理だと分かっている。


「それ以前に、まず二人に話してすらいないし……そこで断られたら……」

「あの……他の団員じゃダメなんですか?」

「うーん。ダメじゃないんだけど……ほら、黒金の王子って黒髪で容姿端麗じゃないと」

「な、成る程」


 でもキサラギはどちらかというと茶髪寄りなので、黒金の王子のイメージとは違うような。

 カイルはそう思いつつ、「あれ、キサラギさんがいいなら僕でも代役いけたのでは? ハッ、まさか容姿端麗じゃないと⁉」と一人でショックを受けていた。

 そんな事を知らずに、フィルは「よし、早速言いに行くぞ!」と気合いを入れて袖を捲る。


「じゃあ行こうかカイル……って、どうしたの?」

「いや、何でもないです……」

「?……まあ、いいや。まずはその二人に会いに行こう」


 物置場所から出て会場に向かうと、カイルは「あ」と声を漏らす。キサラギ達がいたからだ。「ラッキー」とフィルは口角を上げると、キサラギ達の元に向かう。


「キサラギ様、ライオネル様お願いがあります‼︎‼︎‼︎」

「何だ急に⁉︎」

「ど、どうしたの⁉︎」


 現れていきなり滑るように土下座をするフィルに、カイルは唖然とする。

 するとフィルが振り向きカイルを手招きする。


「(自分もしろと⁉︎)」


 迷った挙句、カイルもフィルの横にしゃがむと頭を下げる。ケンタウロスだから正座はできない為、カイルはしゃがんで土下座っぽくしてみた。

 ライオネルは「顔を上げて!」と慌てるが、二人は顔を上げずにフィルが説明する。


「実は、黒金の王子役のルッカが怪我をしてしまいまして、明日どうしても代役が必要なんです……。だから……!」


 勢いよく顔を上げて、フィルが叫ぶ。


「お二人に代役をお願いしたいんですが、いかがでしょうか‼︎‼︎‼︎」

「……は?」

「え、代役? 俺達が?」


 天幕中に響くような声だったのもあり、団員達も手を止めフィルを見る。

 しばし間が空いた後、団員達が驚きの声を上げる。


「ま、待てフィル! 黒金の王子を誰にやらせるだって⁉︎」

「このお兄さん方二人‼︎ ほら、黒髪だし! イケメンだし⁉︎」

「容姿はともかく、やった事のない奴に任せるか普通⁉︎」

「しかも後半日しかないのよ⁉︎ 出来るの⁉︎」

「分からない‼︎ けど、やる‼︎」


 団員達が集まり揉めはじめる。それもそのはず。フィルはまだ団員にも話してすらいないのだ。

 キサラギとライオネルは思わず顔を見合わせた。


「……歌える?」

「歌える訳ねーだろ」

「だよね。想像つかないもん」

「そういうお前こそ歌えんのか?」

「歌えない、と思う……」


 最後に歌ったのはいつだろうかライオネルが考えていると、レンが目をキラキラしながら「大丈夫! ライ兄様は何でも出来るし!」と言われ、困惑する。

 フィルはフィルで、団員達にもみくちゃにされていると、手を叩く音が響き団員達は静まる。


「一体何の騒ぎかな?」

「だ、団長……」

「フィルが」

「黒金の王子役に……」


 カンパは団員から事情を聞いた後、キサラギとライオネルを見る。

 しばらく見つめられ緊張してしまう二人だったが、カンパは何度も頷いた後「そうだねえ」と呟き、団員達を見る。

 

「フィル、どうして二人を黒金の王子役に選んだんだい?」

「あ、えっと容姿が……」

「まあ、確かに黒髪だね。けど、それだけかい?」

「あ、えと……その」


 目を泳がせるフィルに、カンパは静かに言った。


「一番大事なのは心だよ。フィル。あの役は他の団員も狙っていた。それは分かっているね?」

「……はい」


 落ち込み耳を倒すフィルに、カイルは心配そうな表情で「フィルさん」と名前を呼ぶ。


「ごめん、なさい。早とちりしちゃって」


 フィルが謝る。皆が団長の言葉を待っていると「いいんじゃないか?」と団員達の後ろから声がした。


「プリーニオ」

「貴方がそんな事を言うなんて……」


 木箱に座り片膝を抱えていた、プリーニオと呼ばれた男は立ち上がると団員達の中を通り抜け、キサラギとライオネルの前に立つ。

 右目は包帯を巻いており、切れ長の左目が二人を見下ろす。


「ま、鍛えがいはありそうだな」


 そう言った後、キサラギは小さな声で「まだやるとは言ってないんだが」と呟くと、ライオネルは首を横に振って「多分逃げられないと思うよ」と、納得しだした団員達を見て言った。

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