三章 梅花の願い
【3-1】流浪の旅団
あれから更に三日経った。雨は相変わらず降り続いている。時々晴れ間が見える事もあるが、しばらくは雨の日が続きそうだとアユが言っていた。
「(それにしても……)」
的に当たる音が弓道場に響き渡る。マコトが見つめる先では、キサラギが少し慣れない様子で弓を構えていた。
「(キサラギは弓も出来たんだな……)」
その隣では、これまた真剣な眼差しで矢を的に射るカイルの姿があった。矢は真っ直ぐと的の中心に当たる。
それを見ていたウォレスが「ふむ」と興味ありげに頷く。
弓道場は
ウォレスに弓を返して日の光を背にキサラギが歩いてくると、マコトは「あ」と呟いて、持っていた手拭いを渡す。
「すまないな」
「……もういいのか?」
「ああ」
手拭いを首に掛けてその場を後にしようとすると、キサラギは弓道場から出た所で足を止める。
「?」
マコトは首を傾げると、キサラギは振り向く。
「少し出かけないか」
「……え」
突然の誘いにマコトはキョトンとする。すると、キサラギは目を逸らして照れた様子で「今まで忙しかっただろ」と呟く。
その様子に後ろから見ていたカイルとウォレスはぽかんとしていた。
ようやく状況を飲み込んだマコトは笑みを浮かべると、「いいぞ!」と頷く。
「じゃあ、今から行くから来い」
「分かった!」
キサラギの元に駆け寄ると、カイルがハッとして手を大きく振ると、「いってらっしゃい」とニコニコしながら言う。
マコトも振り返すと、嬉々とした様子でキサラギの後をついていった。
※※※
「(とはいえ)」
どこに行こうかと、賑やかな町の中を二人で歩いていく。マコトを誘ったのは、心配かけてしまった詫びも兼ねているのだが、カイルにも何か土産くらい買って行った方がいいだろうか。
キサラギはそう悩みながら歩いていると、歓声が前から聞こえ顔を上げる。
マコトも気になったようで「行ってみようか」と先に行ってしまった。
少し遅れて追いかけると、前方には人集りと一際目立つ大きな天幕があった。
「(そういえば)」
昨日ライオネルが、城下町の方に旅して各地を回る劇団が来ると言っていた事をキサラギは思い出す。
人集りの背後から前方を覗くように爪先立ちすると、
まだ準備をしている最中らしいが、早くも役者の人々が町人達を楽しませているようだ。
「へえ、こんなのがあるんだな」
「ああ」
「ちょっと気になるな、お芝居」
マコトの言葉に、キサラギは「そうか?」と素っ気なく言う。
そんな二人の後ろから「お兄さん」と呼ばれ、キサラギは振り向くと、そこには『狐』がいた。
「(狐⁉︎)」
キサラギは驚くと、彼は笑顔で「はい」とチラシを渡す。
受け取らないキサラギに代わり、マコトが受け取れば「流浪の旅団?」と声に出して読んだ。
「そう、流浪の旅団。お二人さんは初めて?」
「あ、ああ」
「それは良かった! 劇は明日からなんだけど、良かったらぜひ観にきてよ!」
「それじゃあ!」 『狐』はそう言って、人混みの中に入って行った。
二人で呆然とした後、改めてチラシを見れば【白銀の王子と黒金の王子】という公演名が書かれている。
あらすじはこうである。
はるか昔、とある村に一人の白銀の髪をした青年がいた。彼は傭兵団の一人として活躍し、その強さと美しさから『白銀の王子』と呼ばれていた。
そんなある日、遠い国の依頼によりパーティの護衛を任される事になった白銀の王子は、そのパーティ会場で同じく王族暗殺を依頼された『黒金の王子』と呼ばれる黒髪の青年と出会う。
……というものだ。
「へえ、面白そうな物語だなぁ」
マコトはどうやら興味を持ったらしい。
一方で興味のないキサラギは断ろうとしたが、マコトの様子に断りづらくため息をつくと、「観にいくか? 明日」と話しかける。
「! ……ああ!」
嬉しそうな様子に、キサラギは照れ隠しをするように顔を逸らす。
公演は数回あるらしいが、二人はとりあえず明日見に行ってみることにした。
それからカイルに土産で団子をいくつか買って、屋敷に戻るとその劇団の話を聞いたカイルも興味深々で「行きたいです!」と声を上げる。
「噂には聞いてたんですけど、まさか本当にその旅団だったとは!」
「(そんなに有名だったのか)」
熱意を込めながら説明するカイルに、キサラギはボーっとしつつ聞いていると、そばを通りかかったライオネルが「流浪の旅団の話?」と話の輪に入ってきた。
「確か戦争で家族を失ったり、国を追われた人々が集まって旅団になったって聞いたけど……」
「ああだから、色んな種族の人々がいたのか」
「そう」
「桜宮に来たのは数年ぶりだね」とライオネルが言う。今回で桜宮での公演は三回目らしい。
再び降り出した雨音に混じり、楽しげにカイルとライオネルが話していると「懐かしいですね」とアユも入ってくる。
「昔、家族四人で行って……とても楽しかった思い出があります」
畳の上に置いてあったチラシを手にすると、「今回はまた前回と違うお話なんですね」と言った。
「前回はなんだっけ?」
「えっと、【蒼い天の眼の勇者】という物語だったかと」
「へえ、どんな話なんですか?」
「空のように青い目を持つ二人の勇者のお話です。そういえば、片方の勇者様にキサラギさん似ていらっしゃいますよね」
「……似てる?」
「ああ。確かに」
アユとライオネル曰く、片方の勇者・レイジに似ているらしい。
「その時のパンフレット持ってくるね」とライオネルが離れた間、アユが改めて「白銀の王子と黒金の王子ですか……」と声を漏らす。
「黒金の王子は、前作の猫の魔術師に似てますね。続編……とはまた違うのか」
「ちなみに最初の桜宮の公演はどんな話だったんですか?」
「最初ですか? 最初は……」
アユが思い返していると、ライオネルが戻ってくる。すると、アユが思い出して「黒い猫と月の王子」と言った。
「そうです。そうでした。一時期レンがずっと言ってたんですよ。好きな話だって」
「え? なんの話?」
「桜宮一回目の公演した物語だってよ」
「あ、ああ……あれか」
ライオネルは二回目のパンフレットを畳の上に置く。
【蒼い天の眼の勇者】と書かれたその下には黒髪を一つにまとめ上げた青い瞳の男と、金色の髪に同じく青い瞳の男が描かれていた。
それを見たカイルは「本当だ」とキサラギとパンフレットを見比べながら呟く。当の本人は半信半疑の様子だった。
「似てるか?」
「似てると思うけど」
「……まあいいが」
どうでもいいと言いたげに頬杖をつく。
ちなみに【黒猫と月の王子】は本として出され、ライオネルが懐かしむように話す。
「昔、小さかったレンによく読み聞かせしてあげてたなぁ」
「あの頃はライさんに付きっきりでしたからね。……母上が亡くなって間もなかったというのもありましたが」
「お母さんを、ですか?」
「ええ。病で」
元々身体はあまり強くなかったらしく、八年前には重い病に罹ってそのまま亡くなったと、そうアユは寂しげに話す。
「レンはまだ幼く、母の愛情も沢山欲しい年頃で……。今はあんなにおてんばで明るい子ですが、その頃はずっと落ち込んでいたんですよ」
そんな時期にヴェルダの救出作戦も重なり、アユや現当主であり父であるヤマメは中々レンを構ってやれなかったという。
せめてもの気持ちとして、以前家族で見た劇と同じ物語であった本を与えたのだが、ライオネルが来るまではずっと部屋に引きこもっていたらしい。
「(アイツにあんな過去が)」
もしかしたら、彼女が口にしていた「皆を笑顔にしたい」というあの夢も、こういった過去が関係しているのかもしれない。
そう思いつつ頬杖を止め、頭を上げるとキサラギは蒼い天の眼の勇者のパンフレットを手にする。
「(似てる、か)」
あらすじを読むと、どうやらこのレイジという男は別の世界からやってきたらしい。まるで誰かさんに似ている。
そんな事を考えながら、キサラギは遠くの方で雨を鑑賞しながらレンと楽しげに話すマコトを眺める。
「(アイツの方が空に近い青の眼をしているだろ)」
言葉としては出さなかったが、そう思いながらパンフレットをそっと置くと、キサラギはそばにあった湯呑みを手にした。
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