【2-5】真剣勝負
ひとしきり泣いたレンを慰めつつ、ライオネルは背中をさすっていると「ライさん?」とアユの声が聞こえて顔を上げる。
「目を覚ましたんですね。体調は……」
「ああ、うん。大丈夫」
「良かった」
安堵した様子でアユはそばに膝をつく。「心配をかけてごめん」とアユに詫びると、アユは悲しげに笑って首を横に振った。
「ちゃんと帰ってきたので良しとします。でも、あまり無理をしないでくださいね」
「うん」
頷いた後、レンが身体を離すとライオネルは座りなおして、キサラギの部屋を聞く。
アユは一瞬表情が強張るが、すぐに立ち上がり案内してくれる。
その際にレンがふとライオネルの手を握るが、ライオネルは笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と言った。
「彼とは話をしにいくだけだから」
「でも……」
心配そうな表情を浮かべるレンの頭を撫でて、再度「大丈夫」と言う。
レンは渋々手を離した後、「気を付けてね」と言った。
それに対してライオネルは頷いた後、キサラギがいるであろう部屋の障子を開く。中にいたキサラギ達は開かれた障子に顔を向ける。
「え、えと、話……いいかな」
「……ああ」
とは言いつつも、まずは一体どれから話そうか。体調? 気分? いや、いくらなんでも軽過ぎだろう。うーん。どうしよう。
考え過ぎてライオネルは障子を開いたまま固まってしまうと、キサラギが首を傾げる。
そばにいたアユも「ライさん?」と声を掛ける。
「(何を話せばいいのか分からなくなってきた……)」
「(話ってなんだよ……)」
「(話しかけ辛い……)」
「(気まずいんだが……)」
視線を外さずに互いに見つめあったままでいると、流石に痺れを切らしたのかアユが「とりあえずお茶にでもしましょうか」と言う。
それを聞いたウォレスが「そうですね」と準備をしに一旦その場を離れた。
「……まずは部屋に入ってこい。話はそれからだ」
「あ、うん……」
キサラギに言われ、ライオネルはそろりそろりと部屋に入る。
少し離れた場所に座り、肩に力が入ったままじっと穴があく程見ていると、「喧嘩売ってんのか」とキサラギが呆れながら言った。
勿論ライオネルはそんな気はないので、咄嗟に目を逸らす。
その側ではアユが小さく震えていた。怒っているわけではなく、笑いを堪えていた。
「アユ……?」
「いえ、すみません。あまりにもライさんの反応がおかしかったもので」
笑ってはいけないとは思いつつも、普段見られない姿でおかしいらしい。
レンは廊下から覗きこんで警戒していたようだが、アユの様子にぽかんとしていた。
そんなアユにライオネルは顔真っ赤にして、「だ、だって、何話せばいいのか分からないんだもん」と言うと、キサラギが「用があってきたんじゃないのかよ」とツッコんだ。
「用はあるよ。あるんだけど……その」
「気にしてんのか。村の襲撃の事」
「当たり前じゃん! だからアンタは今まで追ってたんでしょ!」
「ああ。……だが、あの時も言ったはずだ」
「許しはしないが、本当の敵はお前じゃない」キサラギの言葉に、ライオネルは悔しげに服を握りしめる。それを他所に言葉は続く。
「あの時、許してくれなんて言ったらぶっ飛ばしていたかもしれねえが。お前はその気はないんだろ」
「……うん。理由が何であれ、手を出したのは俺だから」
「だったら、何も言うことはねえよ。ただ強いて言えば、いつまでもこの調子のお前を見てると腹が立って仕方ねえからいい加減やめてくれ」
胡座をかき頬杖をしながらだがキサラギがそう言うと、ライオネルはそっと手の力を緩めた。
息を吐き目を伏せた後、再度目を開き「キサラギ」と名前を呼ぶ。
「これから先何かあったら俺に頼って欲しい。勿論、ヴェルダのこともだ」
八年前とはいえ、ヴェルダにいたからこそ知っていることも多々ある。
お詫びというわけではないが、助けたいという一心で思っていた事をライオネルは伝えた。
キサラギはライオネルの言葉を静かに聞いた後、頬杖を止めて顔を上げる。
「ヴェルダの事は俺もよく知らない。だから、その事も知りたいが、先ずは……」
「勝負しようぜ」キサラギの言葉に目をパチクリさせた後、「ん⁉︎」と声を上げる。
「お前が目覚める前に少し屋敷の中を案内してもらったんだが、道場あるよな」
「あ、あるけど……まさか」
「一本勝負だ。死にはしねえが、真剣だからな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
流石のアユも止めに入る。死にはしないと言っても、真剣である以上万が一の事もある。
「怪我したら危ないです! いくらなんでもそれは……」
アユがそう言った後、ライオネルは顔を上げて「分かった」と頷いた。
「ライさん⁉︎」
「ライ兄様……!」
レンは首を横に振り「だめだって」と止めるが、ライオネルはやる気でいるようだった。
そんなライオネルにアユはため息をつく。
「さっき、話をするだけだって言ったじゃないですか……」
「キサラギ……何でこんな事を」
「踏ん切り、つけたかった」
マコトにそう言ってキサラギは立ち上がる。
頭の中では分かっていても複雑な感情は変わらない。それに、操りのないライオネル本来の力を見たかったのもある。
何も知らないウォレスが戻ってくると、ライオネルに案内されたキサラギが部屋を出るのを見かけ、声を掛ける。
「おい、どこに行くんだ?」
「道場」
「道場?」
首を傾げつつ部屋を覗くとアユ達の表情を見て察したのか、振り向いて叫ぶ。
「何をする気だお前ら‼︎ これ以上心労をアユ様達にかけさせるな!」
だが時すでに遅く、二人の姿はウォレスからは見えなくなっていた。
※※※
「……で、勝ち負けはどう決めるの?」
「そうだな……」
考えるが思いつかない。まあ、どちらかが膝をついたら負けでいいか。とキサラギが適当に決めた後短刀を抜く。
ライオネルも腰のベルトから抜いた短剣を手にする。それを見たキサラギが「手を抜くなよ」と言う。
「本気で来い」
「あの……本気でしたら無事じゃ済まないんですけど」
最悪道場どころか、屋敷そのものが危ない。
そんな心配もあってか、ライオネルは魔術は出来る限り使いたくなかった。
道場の周りには兵士や使用人、そして心配して見にきたアユ達が入り口から覗く中、アユは横にいたウォレスを見て言う。
「ウォレスさん。もし危険だと思ったら……」
「分かっています。問答無用で止めます」
いつでも抜刀できるようにウォレスが構えている。それを他所に二人はそれぞれ立ち位置につく。
「っ……!」
最初に攻撃を始めたのはキサラギの方だった。一撃目は何とか防ぐが、思ったよりも重かったようで押されていく。
ギチギチと短刀と短剣が擦れる音が響き、ライオネルの顔に近づくと、目の前を真っ赤な炎が舞う。
咄嗟にキサラギは離れると、ライオネルの手に炎が浮かんでいるのが見えた。
「あまり使いたくなかったんだけどね」
短剣だけで勝てる相手ではない事は最初から分かっている。
建物の被害を避ける為に威力を最小限に抑えつつも、魔術を次々と発動させ、赤い魔弾をキサラギにいくつも飛ばす。
魔弾を避けるように道場を走り回り、隙を狙うようにライオネルに近づくと、短刀を左脇腹に向けて刺した。
「‼︎」
再び鋼がぶつかる音が響く。刺したと思っていた短刀は炎に包まれた短剣によって塞がれていた。
「二度も刺される気はないからね」
「……覚えていたのか」
「当然」とライオネルは小さく笑みを浮かべ、そのままキサラギの腕を左腕で挟むと、頭を右手で押さえるように掴む。
「っ」
頭を押さえる右手を離そうとして掴むが、急激な眠気に襲われ全身から力が抜ける。
「(っ、しまった)」
意識を失いそうになり、膝をつこうとする。だが、そう簡単にやられる気は無かった。
ダン! と勢いよく足を踏み出し、上に向かって頭を上げるとガンと当たる感覚がする。
「いっだ……⁉︎」
ライオネルが声を上げ、力を緩めた瞬間に短刀を手放し、挟まれた腕を抜いて自分の頬を強めに叩く。
これで目が覚めればいいがと思っていると、顎を押さえ涙目になりながらライオネルがキサラギの足元を凍らせて足止めしてきた。
「何でもありだな……!」
「本気出せって言われたからね!」
真正面からぶつかるだけが戦いじゃない。様々な魔術を組み合わせながら、ライオネルはニヤリとする。
「さて、終わりにしようか」
パチンと指を鳴らした途端、キサラギの真上から大量の水が降り注いだ。
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