第16話
迷うように駆けまわるダネルを追いながらフッカーは僅かづつその距離を詰めていた。
(なんだ?ただ逃げ回ってるだけかよ?所詮はガキか……)
ガキだと侮る男をダネルは絶妙に誘い込む。もちろん迷うような行動はわざとスピードを落としたことを悟られないようにするため……勝算を得るための段取りのひとつだ。
以前の自分だったらこんな大胆な行動は取れなかったし、パニックになってルースと共に殺されていたかもしれない。
そんなとき、すぐにアタマに浮かんだのはオリビエ…つまりエルセーの顔と声だった。
そして彼女とそこそこ話しをしてきた中での、ある日の話しを思い出していた。
「オリビエ様……?」
「なんですか?」
「剣とか槍とか、武器は色々ありますけど……どれが一番強いんですかね?」
あまりに突拍子の無い質問にエルセーは呆気にとられて3秒奪われた。
「はあ……?まったく何で男はそういうくだらない話しが好きなのかしら?」
「え、くだらない…ですか?」
「くだらない、で分からなければ『無駄』な…と言い換えましょうか?」
エルセーはさも面倒そうに肩をすくめた。
「無駄…ですか?」
「だいいち、なぜそんなことを私に聞くのですか?」
「いえ、何かオリビエ様なら何でもご存知な気がして……」
そう言われるとイヤな気もしない…むしろ機嫌を良くしてしまうのがエルセーである。
「ま…まあねえ……つまりお前は自分が学ぶならどんな武器が良いのか……?そんなことを考えているのですか?」
「ほらっ!さすがです。実はずっと重い木剣を振り続けてはいるんですが、自分が使うなら武器は何だろうかと……?」
ダネルも大分エルセーの取り扱いかたを心得てきたようで、気持ち良く彼女の快心をくすぐることをおぼえていた。
しかしこの人相手にはおべんちゃらを使っても逆に見透かされて不機嫌にさせてしまう。自分が本当に思っていることを誇張して褒める、それがコツである。
「武器の強さを考えることが無駄と言えるのはね、結局は最強の武器を持っていれば勝てるとは言い切れず、勝ち残った者が使っていたからその武器が最強……とも言えない、からでしょう?」
「は?はい?謎かけ…ですか?」
「その通りよ」
まるでダネルをからかうように楽しそうな顔を見せた。
「もしも『力』も『速さ』も…能力の全てがまったく同じ2人が槍と短剣で戦ったら、武器の間合いが遠い方が勝つと思う?」
「はい」
「ではとても狭い場所だったら?2人がどうしようもなく非力だったら?」
「む……」
「分かりきったことだけど、結局はそういうことでしょう?」
自分の予想を超えた、もしくは思いつかなかった答えをもしかしたらと期待して聞いてみたダネルだったが……
「でも使われている武器では剣が圧倒的に多いですよね?」
「戦場を選ばないサイズ、大体の者が扱いやすい重さ、負担になりにくい携帯性と高い殺傷力、そして何より…扱いが簡単……」
「簡単?」
「ただ叩きつけるだけでも何となく殺せる威力……」
「ころっ……」
リアルな言葉にダネルの体がビクッと固くなる。
「槍にしても短剣やナイフにしても使えるだけの技術を会得するには剣の何倍もの時間と素質が必要になるのよ。そう言った意味でも剣は完璧とは言えないけれど究極の汎用性を求めて進化してきたと言えるでしょうね?」
「じゃあ、やっぱり剣が最強ですか?」
「だからその問いが『問い』になっていないのよ。まあ……んん」
エルセーが口ごもって考える姿はたとえ一瞬でも珍しい。ダネルはその先の言葉を聞きのがすまいと前のめりになる。
「まあ……?」
「ん…まあ、その時の場所に相手、結局完璧な武器などありはしない。まあ……私にとっては短剣の類いが最も気にしている武器ね」
この爆弾発言がダネルにはジワジワと効いていく。
「え…ええっ……?それはっ、あの、何だか弱点宣言……みたいな?」
「はあ?私は『気にしている』と言っただけですよ?そんなものが私の弱点になるワケないでしょう、まったく……」
「そ、そうですよね……?」
「ちょうどいいから覚えておきなさい。どんな武器でもその握った手よりも早く動くことは無いのよ。剣を見ていたら間に合わない、スジの悪い者は剣先を見て、スジの良い者は手元を見るものですよ?」
(おお……出た!今日の金言……)
エルセーは自分を仰ぎ見る視線を気分良く浴びてご満悦のようだ。こうなると彼女の調子は止まらない。
「まあ、私の場合は相手のもっと深い所を見て動きを予測できるけどね!」
「おおっ何だかすごいんですね?」
エルセーは尊敬と羨望の眼差しが大好きである。他の『敬』の付く言葉はどれでも好物で貪欲だが、弱点と言えばひとつはまさにそこだろう。
「ただしっ、例外と言えるのが小ぶりな武器!つまり短剣などは手と同時に動き出すから他の武器より結果速いのです。熟達したナイフ使いなどに懐に入られると厄介だと覚えておくことです……」
「は…はい。あ、でも……じゃあ、オレは何を練習すれば……?」
「そんなの、自分でお考えなさい……」
どうすれば…と、自分のことに助言を求めると相変わらず突き放される。でも誤った選択をしようものならしたたかに怒られるのだから厄介だ、それもあくまで彼女の基準で。
えらい形相のフッカーを適当に引きずり回しながらも、オリビエのことを思い出すとプっと吹き出しそうになる。
(そろそろか……)
走り続けた先にはあばら家の屋根が見えた。そう、遠回りに目指していた場所は、ダネルとホリーの寝所だった。
くるりと回り込んだダネルは迷うことなく寝所に飛び込んだ。それを見てフッカーがまず思ったのは、
「はあ、はあ……やっと…止まりやがってっふう、ふう……それにここは、テメェの家じゃあねえか……」
ダネルを袋のネズミと見て、フッカーは膝に手をつき体重を預けるとまずは呼吸を整えた。
「はあ……ふざけやがって、散々走り回って挙句にお籠りかよ?ガキめ……」
そうは言ったものの不安がよぎるのも当然のことで、あの肝だけは据わった生意気な小僧が今更怖気づいて何の考えも無しに立て篭もるなど不自然にしか思えなかった。
「ふうー」
それでも選択肢はひとつしかない、いや、どこかでダネルのことを小僧と侮っていたフッカーは突入して引きずり出すことしか思い浮かばなかった。
罠さえ気をつけていればいい……その程度の警戒心で彼は体を逃しておいてからドアの隙間に剣を差し込むと、ゆっくりとドアを開いた。
作業小屋で身を潜めていたホリーの元にもやって来た不審な訪問者は、ドアを僅かに開けると中をうかがうように覗き込み、すぐに入って来る様子は無かった。
もしもこの時、ランプに灯りがともっていなければ、不審者はただの空き家だと思ってそれ程気にかけなかったかもしれない。
しかし灯りがあるのに人影が見えないというのは、やはりまずかった。不審者はすぐに侵入者となった。
「…………」
ドアを必要な分だけ開けると静かに侵入者が入り込んで来る。ホリーはこの時、幽霊よりも生身の人間の方が余程怖いものだと思いしらされていた。
ゆっくりと動き回る侵入者はホリーに十分な恐怖を与える。その恐怖に耐えきれなくなると、違うと分かりきっていながら僅かな望みを口にしてしまう……
「だ、ダネル……?」
ザザ……っと不審者は即座に声の聞こえた物陰を睨みつけた。
「ダネル……と言ったな?なら、お前はホリーで決まりだなっ!」
ホリーが顔を歪めて見上げると、不審者はやはり例の傭兵のひとりだった。
「……ひっっ!?」
大きな手がホリーを捉えまいと覆いかぶさって来るっ。すぐに逃れようと背を向けるがウロコのようにガサついた手は手加減を知らず、細い腕を締め上げると容赦無くホリーを引きずり上げた。
「いたいっっ!!痛いっいたい!!はーなーしーてー……っ!ダネルッダネルーーーッ」
ホリーはちから一杯に握りこぶしを叩きつけ、精一杯の声でダネルを呼んだ。
しかしそうすればするほど男の手には力がこもり、そいつは顔を近づけるとこう強く囁いた。
「騒ぐならもっと痛い思いをさせるし、誰であろうとここに来た奴は殺すぞっ」
「……!!」
その言葉はホリーの口を塞ぐには十分な重さとなって、その恐怖は身体を固く縮こまさせる。
「まあ、もしかしたらだが…いい家に買ってもらえれば今よりもずっと幸せかもしれねえぞ?まあ大概は変態ヤローだが、な……」
「イ……っ」
「い?」
と、男と目を見合わせた瞬間……
「イーデン!イーデンっ!!はやく来いっイーデーーンーーーッ!!!」
「なっ何だオイっ?!そいつなら死んでも構わないってか??」
再び暴れ出し叫ぶホリーに男は焦らされる。実際こんな所で騒ぎを起こせば困るのは彼自身なのだから。
「おいっコラ……静かにしやがれっまったく!」
「はなせっっ……ホリーはダネルと……っ」
「……?」
「!?」
揉み合う中……ふうっと半開きになったドアから流れ込んでくる風に乗って、心を撫でるような淡い香りに2人はハッとする……
「〝目を閉じていなさい〟ホリー」
声を頼って彷徨うホリーの目が、その『命令』が脳に届いた瞬間にまぶたで塞がれる……そして、
「誰だっ?!っあ……」
不意に万力の様だった男の手から解放されると、ホリーはそのまま床に放り出された。
ドサッ……
そして沈黙と同時に重たい物が床に叩きつけられる振動と音が、ホリーの体にも伝わって来た。
固く閉じられたまぶたのままで震える頰をすぐに優しい手が包み込む……
「〝怖いことなど何も無い!〟……安心なさいホリー」
すうっと心の中を優しい言葉が撫でていくと、ホリーを縛っていた不安と恐怖の鎖は砂の様に崩れて消えて、自由を取り戻し開かれた『まなこ』はフードをま深に被った不可思議な人物の姿を映した。
覗き込んでも何故か見えない美しい顔は、疑いようも無く優しく微笑んでいることが分かる。
「あ…………」
ありがとう……そう言おうとして頰に添えられた手を掴もうとしたが、ホリーの手をするりと抜けてしまうと、その姿もまた、心地良い香りを鼻腔に残して溶ける様に失われていった。
「大丈夫かっっ?ホリーーーーッ!!!」
ドアを蹴り開けて飛び込んで来たのは金てこを握りしめたイーデンだった。ホリーの叫び声を聞きつけた親方はすぐさま英雄の様に駆けつけてくれたのだ。
そんなイーデンが真っ先に見つけたのは誰とも知れないゴツい男のキレイな死体だった。
「だっ?誰だこいつはぁーーーっっ??!!」
この時以来である、ホリーはその後どんな事にもまったく、かけらも動じなくなったらしい……
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