第12話
次の日にはいつも通りホリーの笑顔でダネルは送り出されると、いつも通りに仕事をして、バリルリアで食べる物を受け取り引っ越しはいつにしよう……などと考えながらいつも通りに家路についた。
ところが……夕刻になると宿を探して旅人が町に入り込んで来るのもいつも通りの光景なのだが、ダネルといれ違うように町に入って来る来訪者の中に、明らかに不審でいかがわしい一団が目に入った。
(何だ……あいつら?)
体躯の良い男が5人、馬に跨ったままこちらにやって来る。
身体を隠すように外套を羽織っているが、ちらりと覗く剣のつかや時おり揺れて聞こえてくるぶつかり合う金属音からしても、全員が武装しているのが分かる。
そして何より感じる…『イヤな雰囲気』ダネルは思わず目をひそめた。
ただエルセーが露払いに消した『餓鬼共』ほど安い雰囲気では無い。周りを威嚇しているようでも無いが抜き身の剣のような危うさと緊迫感、そして一団として統率されているように見える。
そのサマは軍隊の様でもあるが、あきらかに不祥なる一団だ。ダネルは直感的に目を伏せて足早にすれ違う。
しかしそんなダネルを先頭を行く年長の男が目で追った……無精髭に適当にうつろな目つき、しかしそつなく辺りを観察し素早く危険を判定している。そんな男がダネルに関心を示したのだ。するとすぐに後ろにいた別の男が、
「今の少年が何か……?」
「ん?なかなか見込みのありそうなヤツだった」
「アイツが……?我々を怖れていた様にしか……」
年長の男はクッと笑うと、
「警戒はしていた……だが萎縮している者と身構えている者は違うぞ?そんなんじゃ今お前はあの少年は斬れなかったな……」
「はぁ……」
「クッハハハ……」
不満そうな生返事を先頭の男が笑い飛ばした。
不吉な空気を味わって、すれ違った後もダネルは歩速を緩めなかった。
(近い感じだけど、あれは兵士じゃ無いな……やっぱり、町に泊まるんだろうな?)
明日はホリーにあまり出歩かないよう注意しておこう……そんなことを考えながら寝所に近づくと、僅かにホリーの笑い声が聞こえた。
(ホリー?)
先ほどのこともあって不安に駆られたダネルが慌てて駆け出す。確かにホリーの声がして笑い声がする。
(誰か来てるのかっ?)
ダネルはあばら家に飛び込んだ。
「ホリーっ?!」
「ああっダネル!おかえりー、ねえねえ……」
満面の笑みでダネルを迎えたホリーの向かいに男が座っている。
「ルーにいっ?!」
「よおっダネル……生きてたか?」
少し体が大きくなって顔も男臭くなってはいるが、見間違える筈もない。そこにいるのは確かにルースだった。
「何だよ?そんなに驚くことか?逆にこっちが驚いたぜ……随分と体がガッシリしたな?」
「ルーにい……!」
しかし、懐かしさに浸っていたダネルをすぐに現実に引き戻したのはルースの傍らに置かれた長剣だった。
「ん?ああ、これか?」
「ルーにい…今は兵士を……?」
ダネルに聞かれるとルースは少し口ごもった。
「うん?まあ、そんなものかな……?」
「そんなもの?」
「ああ……」
ルースは何故か話しづらそうに間を置いてからゆっくりと話し出した。
「お前達と別れてモーブレイに行った俺は、すぐに入隊を志願した。やっぱり基礎教練は3カ月、宿舎に放り込まれてその3カ月の間に拾い上げられなければ不適格で放り出される……」
しかめたルースの目には敗北感が満ちていた。
「誰でも兵士になれるわけじゃないんだな……俺は2カ月で放り出されたよ、『見込みがない』『お前じゃすぐに殺される』ってな」
「……」
「………」
「確かにビビりまくってたし、バケモノみたいな教官に吹っ飛ばされまくってたけどな……」
命を賭けた狂った戦場に腰が引けた者は要らない。大事な戦線をそんな者に預けられるわけは無いのだ。
「兵士にもなれなかった俺は、ぽつぽつと仕事をしながら稼げる仕事を探してたんだ。そうしたら……」
ルースが剣を握って床に立てた。
「ある人達に拾われたっ……」
「ある人たち?」
ダネルの不安がだんだん強くなるのは目の前に立てられた剣のせいでは無い。話をするにつれ、あの頼れる兄貴分だったルースがしばしば不穏な空気を纏うからだ。
「若い退役軍人や俺のように兵士になれなかった者を集めて、訓練と仕事の斡旋をしているんだ……」
「仕事……?って、どんな……?」
ダネルと、特にホリーは何かを感じ取っているのか、緊張で顔が固くなっていった。
「どんなって……?揉め事…を解決したり……人を探し、たり……護ったり」
「金で雇われて…それはいいよ、でも……相手かまわず人を脅したり……さらったり、まさか殺したりなんかしてないよね?」
「それ、は……詳しい事情は分からないよ……」
金で武力を買う理由が、潔白なことの方が少ない筈だ。それはさっきすれ違った……
「っ!!……さっき、仕事帰りに思い当たる連中とすれ違ったよっ。あいつらと来たんだろ?あいつらが今の仲間なんだろ?」
「隊長達と?……そうか」
「ああ……危なそうな5人とね」
「……」
その言葉を聞くと、ルースは何かを忍ばせるように黙り込んだ。ダネルはそれを敏感に感じ取ると、
「ん?…………っ!、5人じゃ無いのかっ……?もっと…そうかっ、見張りか?!ルーにいも見張りなんだなっ?ということは町の反対側……街道の出入り口にも見張りを置いているってことか!」
さすがに目を丸くしてルースは驚いた。
「ダネルっお前?……昔から回転の速いヤツだとは思ってたがっ……?」
「い、いや、そんなことはどうでもいいんだけど……それじゃあ、ルーにいは帰って来たわけじゃなくて何かの都合があって、ついでに寄ったんだな?」
「ま、まあ、半分はそうだ、けど半分は……お前達を迎えに、いや…誘いに来たんだ」
「は?」
ルーにいの『誘い』の意味が2人には理解できずに唖然とした。
「オレに……オレとホリーにあいつらの仲間になれって言うのか?」
「ここを出る時、お前達に約束したことだ。早く迎えに……」
「それでっホリーに一体どんな仕事をさせるっていうんだ?オレはルーにいの仲間を信じられないし……ホリーがメシ作りなんかより先に何を教えられるか……誰だって分かるだろっ?」
それはルースに対しても暴言となるが、勿論ダネルも分かっていて発した言葉で、出来ればルースに怒って欲しかった、反論して欲しくて投げた石つぶてだった。
でも、ルースは黙りこくった。
「……」
「ルーにい……?まさか……分かっていてオレたちを迎えに来たのか……?ホリーを売ったのかっ?!」
自分の話と2人の様子を見てホリーも眉をしかめて不安がった。
「ダネル?なに……?」
「あ……心配するなホリー、ごめんな怖がらせて……」
ダネルはホリーの手を強く握った……
「ルーにい……今の仲間とどんな関係かは知らない。でもルーにいはそいつらの所にホリーを連れて行けるのかっ?こうやってつないだ手を離せるのかっ?!」
そしてホリーとつないだ手をルースの前に突き出して見せた。
「ダネル……ホリー、ゴメンな。仕方が無かったんだ……それに、あんな生活をまだ続けているかと思うと、多少イヤなことがあってもマシだろう……と?」
「たしょう……?ホリーを生贄にして、慰み者にして…多少っ?」
ダネルは頭が沸騰しそうになるが、それ以上の『怖れ』にハッとした。
「っ!……まさか、ルーにいっ!この場所も教えたのかっ?」
「えっ?いや、場所までは……ただ町外れとしか……」
「それでもっ、こちら側の『見張り』を自分で志願したのかっ?」
「あ、ああ……」
それだけ聞くとダネルは外に飛び出した。息を潜めて全神経を集中して辺りをうかがう。聞き慣れない音はしないか、聞き慣れた音はしているか……でもまだ辺りはいつも通りだった。
どうしても消せない不安を抱えながら、取り敢えずは中に戻るとルースを哀しい目で睨んで言った。
「ルーにい、せっかく迎えに来てくれたけど……オレたちは行かない」
「だ、ダネル……そうか、そうだよな」
それでルースの立場が悪くなっても関係無い。もうダネルは信じられなくなっていた。
「悪いけど、出て行ってくれないか?」
「!……そうだ、な」
肩を落として出て行くルースを止められないと分かっていても、
「おにいちゃん……」
ホリーの声はルースの心を深くえぐって、どうしようもないほど痛んだ。
「っ!!…ホリー……ゴメンなっ」
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