第16話   新天地

 その日はとにかく家から出るなと怖い笑顔で言われ、石板を持たされて一階の部屋のラルクの横に座らされた。


「次は文章を書けるようにならないとな。」


 そう言ってラルクのスパルタ教育が始まった。横でジョルジュが眉間にシワを寄せ黙って見ていた。


 ラルクもいつもとは違う笑顔の無い真剣な眼差しで教えてくれる。


 含むところがあるって感じだけど、あえて知らんぷりで勉強する。聞くのはなんか怖い。


 昼が来て食事になった。家族で食べているとジョルジュが


「アリアはこのまま代筆や事務仕事ができるまで教育していく。それから、礼儀作法もだ。」


と、言い出した。え、花嫁修業的な?


「父さん、私はマティウス様の愛人なんてやだよ。」

「断れるわけ無いだろ。」

「父さん…いやだよ。」


 私はとにかく抵抗してみる。


 もし、私がアリアの体を乗っ取っただけならそのうち戻るかもしれない。戻った時に知らない奴の愛人とか幼女にはキツすぎる。


「父さん、焦り過ぎだよ。もう少ししてからでも…」


 ウォルフが口を挟むとラルクが


「いや、…仕方ないんだ。」


と半泣きで言う。アリアを溺愛しているラルクらしからぬ発言に私とウォルフは驚く。


「実は…」


 ジョルジュが話し始めたのはこの家の現状だった。


 商売は現在かなり傾いている。旅人の減少、農村の減少、主だった仕入先はほとんど流行り病で焼失、新しい所も見つからないらしい。

 ジョルジュはあちこち相談に行ったが今迄の野菜販売中心の商売は先が無いと判断したようだ。


「だから?アリアの教育って……アリアを売って生活をたてるっていうのか!」


ウォルフが声を荒げて立ち上がる。


「そんなわけないだろ、何を言うんだ。」


 ジョルジュは静かに答える。


「だけど!確かに最近アリアはなんか違うっていうか、変だけどそれでもオレの妹なのに…貴族の愛人って…」


 ウォルフは最後には力なく座り込んで黙った。やっぱり変だと思われているらしい。それでもウォルフは妹を守りたいと思ってくれてる、良いお兄ちゃんだよ。


「違うよ、アリアを売るなんてとんでもない。アリアの生活だけでも確保したいだけだよ。」


 私はまだ幼く働けない。他の皆は自力で食べるくらいはなんとかなるだろう。

 私一人くらいは養えるとは思えるが保証はない。愛人というのは私の生活と皆の為の起死回生のチャンスなのだ。


「父さん達はどうするの?私がもしマティウス様の所に行ったら…もう会えないの?」


 私は離ればなれは嫌だとうったえる。

 この体は一生このままかも知れないし、そうでないかも。だったら家族が遠く離れるのはだめだ。


「いや、父さんだってアリアと離れるのは嫌だからな。首都アデミンストへ移住しようと思ってる。」

『えーーー!移住?!』


 私とウォルフの声が揃った。


 ジョルジュの計画はテンプルウッド家のある首都に移住し、店をかまえ商売を始めたいという事だった。


 ラルクとウォルフとまたイチからたて直しだ。


 貴族からお声がかかっているのだからもしかしたらお屋敷で雇ってもらえる可能性もあるだろう。だったら出来るだけ何でもできる方が良い。



 と、いう流れによって私をスパルタ教育していくらしい。ラルクは勿論ウォルフもある程度の教育は済んでいる。しばらくはどこかに勤める事になるだろう。


 ウォルフは黙って考え込んでいたが顔をあげると


「父さん、オレ兵士になろうかと思う。」

「なんだって!」


 寝耳に水の話に父さんも驚く。ダリューンと一緒に過ごした影響かな?平民も兵士なれるが勿論、貴族騎士と同じでは無い。

 主に街の警備、近隣の小さい魔物の討伐などがある。今は戦争は起こってないから出兵はないが可能性が無いわけではない。


「なぜだ。仕事はすぐにとは言えないが見つかると思うぞ。」


 ラルクは弟を心配そうに見る。父さんは目を閉じ俯く。勤め先もツテが無ければ難しいのかもしれない。


「いや、違うよ。オレ、アリアに着いて行ってダリューン様に少し鍛えてもらえて筋が良いって褒められた。だからだよ。兵士ならすぐに雇ってもらえる。」


 私には首都の就職事情はわからない。兵士は人手不足なのかもしれない。見知らぬ土地に行ってすぐに職にありつけるのは有り難い事だ。


「わかった。……すまない。」


 父さんは申し訳無さそうにウォルフに頭を下げた。ウォルフは慌てて


「俺が勝手に決めた事だから。それより店を手伝えなくてすみません、父さん。」


 ジョルジュは無言でウォルフの肩に優しく手を置いた。






*** *** *** *** *** ***






ラルクのスパルタ教育は激化し、私は逆らう事も出来ず日に日に煮詰まって行った。

 単語が耳から溢れそうなほど詰め込まれた頃、いよいよ店を閉める事になった。


 出来るだけ資金を貯める為ジョルジュは駆けずり回りギリギリまで取り引きを続けた。

 三人の従業員には退職金を渡し、もし店を立て直せたら呼び寄せると約束した。


 店を閉めてもシンミリする時間も無く、今度は移住の為の準備だ。


 荷物は最小限にし家を売却し、旅費を捻出。日用品と衣類と移動中の食べ物だけの荷物、馬車は一台、首都アデミンストまで一週間程の道程だ。食事が一番の問題だが途中の町で購入するか、食用の魔物を捕えられるだろう。

 準備に奔走する父さん達が、勉強のし過ぎで魂が抜けかけた私にいよいよだと告げた。


「明後日、出発だ。みんな町の人に挨拶しておきなさい。」


 町の人ねぇ、……ハックがいたね、ごめん失念してたよ。


 私は次の日ハックを尋ねた。私達が移住するという噂はすでに聞いていたようで会った途端ポロポロと涙をこぼした。


「アリア行くなよ…オレ、オレ…」

「ハック、ごめんね。今迄ありがとう。元気でね。」


 私は定型の言葉しか言えず他に何か探していると、


「オレもアデミンストに行くから!」


と叫んだ!クゥ…可愛いけど駄目だよぉ。おばさんが横でスッゴイ驚いてるよ。


 私は笑って泣いてハックとお別れをした。


 出発の日、早朝にもかかわらずハックは見送りに来てくれた。

 私に木ノ実を手渡し、泣く泣く馬車が見えなくなるまで手を振ってくれた。


 いいヤツだったなぁ…ハック…


 オルガの家とは反対の西に向け、馬車は走り始めた。


 首都アデミンストは南北に縦長のこの領地の中心地にある。


 北は冬には雪深い山々、南は海には届かないが広大な森林が広がる。

 東に突き出した半島にブルーラートという領地があり、その根本のような位置のダンヴァース領地。

 北西にガルゴン、南西にゲミンデュラ、三領地に囲まれた貧乏領地といえど首都は賑わっている。


 これといった特産物の無い領地の運営は大変そうだ。


 平民は自分達の生活で精一杯だから領地財政状況なんて考えた事など無いけど、財政がひっ迫すれば弱体化する。弱い領地は戦を仕掛けられ領地を盗られる。


 支配者が替われば政治が変わり生活がどう転ぶかわからない。怖いよね。






 馬車は順調に進み一日目の野営地に着いた。そこはわりとポピュラーな場所らしく、カマドがありさながらキャンプ場のようにテントを張る場所や馬を繋ぐ場所もあった。


 火をおこしスープを作りみんなで食べる。


「ここまでは順調だな、父さんはもう少し先までは行った事があるけど、そこから先が問題だな。」

「アデミンストには行ったことないの?」

「無いよ。ブルーラートには行ったことあるけどね。」

「海がある所だね。お魚とれるの?」

「お、勉強の成果が出てるな。魚介類が多く採れて豊かな領地だよ。」


 ちゃんと勉強してたアピールをし、日も暮れたのでテントで休む事になった。



 いつもの夢だ…目の前の小さいアリアは赤ちゃんのように丸まって眠っているようだった。

 私は髪を撫でながら歌を歌っていた。転生前に好きだったスローな曲を歌いながら自分の子供を思い胸が痛くなる……



 目を覚まし、また泣いている事に気が付く。水が欲しくなりテントを出た。




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