第二話 あやしいものには鍵かけて 

 藍悠皇子から回収を命じられている「呪い本」。

 それは、亡き皇后陛下――つまり藍悠皇子と紅荘皇子の母君――が後宮からなくしてしまうようにと遺言を残した本だ。

 華月堂の蔵書から大方は回収できたが、残り三冊は行方不明だった。


『諸国怨嗟詩』はそのうちの一冊。

 先日の七夕にちなんだ爽夏殿の一件で、褒美に本を所望した花音が、爽夏殿の蔵書部屋で見つけた。


「題名からしてきっと背筋が涼しくなる話が満載よお」

「……はっきり怪談って言ってくださいっ」

「なに嫌な顔してんのよ。だいたい『呪い本』て言われているものなんだから、この程度のおどろおどろしい本は想定内でしょ」

「そうですけどっ。たしかにそうなんですけどっ」


 三度のメシより本が好きな花音だが、怪談話は大の苦手なのだ。


「怪談なんて、聞いてませんっ」

「怪談かどうかは、中身を見ればわかるわよ」

「う……どうしても見なきゃダメでしょうか」

「当たり前でしょ。だって皇子殿下にお渡しするのよ?中身は検めないと」

「じゃあ伯言様が」

「あんたが見つけてきたんでしょ」

「……ですよねー、やっぱり」

 花音はがっくりと肩を落とした。

「まあ、とりあえず奥付を見たら?」

 伯言が扇子を仰ぎながら言った。

「奥付に、内容のちょっとした解説とか載ってる場合もけっこうあるわよ」

 花音の顔がぱあっと明るくなった。

「なるほど!伯言様たまには良いこと言いますね!」

「……なんか今さりげなく失礼なことを言われたような」


 ぶつくさ言っている伯言を無視して花音はさっそく本を手に取った。

 爽夏殿で見つけたときから、その題名のおどろおどろしさに一項も開いていない。


 ごくり、と唾を飲み込んで、花音は裏表紙を開いた。


――白紙。


 次の項を開く。

「これって……」

「な、なによ、なんか怖いこと書いてあるわけ?」

「……西虎国語」

「は?」

「これ、西虎国語です。ええっと…『この本を読む者へ 望みを叶える方法を授ける けっして神はお見捨てにならない』って書いてあると思うんですけど」

「ちょっと貸して」

 花音は伯言に本を渡した。

「……本当だわ。それ以外は書かれた年も筆者も記載がない」

守護呪しゅごじゅでしょうか?」


 印刷技術がなかった昔「本を盗んだ者を呪う」という内容の言葉を奥付に記すことによって、盗難を防いだと言われている。その呪いの言葉が守護呪だ。


「そうだとすると、印刷技術が登場する前だから、けっこう古い本ですよね」

 伯言はうなった。

「でもねえ、守護呪じゃないと思うのよ、これ」

 伯言は再び本に視線を落とす。

「呪いっていうより救いの言葉じゃない?」

「まあ、そうですね……」

「なによ?歯切れ悪いわね」

「いえ、べつに……」


 確かに、呪いではない。むしろ救いの言葉だろう。

 しかし、何かが引っ掛かった。


「まあわかるわ。なんていうか、蔵書室官吏のカンかしらね。あたしもあまり良い感じはしないのよ、この本」

 伯言は奥付より先を開かず、本を閉じた。

「巻末の西虎国語は守護呪じゃないと思う。その言葉が示唆するに、本の中身も怪談じゃないと思うわ」

「ほんとうの本当に?怪談じゃないですかね??」

「たぶんね。だけど、題名も題名だし、あんたもあたしもこの本から良い印象を受けない。そうよね?」

「はい、まあ」

「だから、あたしたちも中は見ないし、藍悠皇子にも見ないように申し上げましょう。いいわね?」


 そういうことで、『諸国怨嗟詩』は藍悠皇子と面会できる日まで、事務室の抽斗に鍵をかけて保管されることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る