第359話 異世界の落ちこぼれに、魔術人形が声を掛けたとする~結果、ロストテクノロジーが魔術異世界のすべてを――⑧

「スーホドウ……!」


 ランサムの隣に居るスーホドウについて、ハルトは基本良く感じた事はない。こうして旅をして、自省して気付いた事ではあるが。

 普段は高貴な身分に似つかわしい態度を取りながらも、今思えばその裏で何を考えているのかが分からなかった。


「見つけましたぞ。父上も心配しておりました」


 いっそ気味が悪いくらい、戦場とは不釣り合いな物腰柔らかな様子で手を差し伸べてくる。だが、ラヴがハルトの前に手を出し、それを妨害する。


「……おやおや。ハルト殿。駆け落ちですか。晴天経典よりも青春小説に心を奪われたようですな」

「スーホドウ……今、一体何が起きているんだ。どうして、守衛騎士団が街を破壊していて、更に進攻騎士団が王都に入ってきて、更にルート王女まで我々晴天教会の味方を」

「いいでしょう。ハルト様としても事態が分からないのは面白く無いでしょう。まず、最後の質問から答えますと、ルート王女とランサム様は婚姻されたのですよ」

「婚姻、だと!?」

「ええ。故に現在ルート王女は、貴方様の母親になられたという事ですね。おっとルート王女ではなく、今はルート教皇という方が正しいですね」


 早速事実を飲み込み切れないハルトへ、スーホドウは畳みかける。


「残り二点の質問には同時に答えましょう。その前にハルト様、あなたは自分の血の重大さが分かっていない様だ」

「……分かっている」

「いいや、分かっておられない。“血”に魔力が依存する事は、晴天経典でも触れている事だ。だからこそ、テルステル家は2000年間、晴天経典の中枢として君臨し続けたわけですからな。ましてや、。そう考える信徒は、案外多いものですよ」

「それも理解している! だが僕は囚われの身になどなっていない! この通りだ!」

「ハルト様。君はいつでも水晶の様に純粋でしたが、それも度を過ぎれば汚れと名にも変わりはない。いいですか、。そのような愚かさから、2000年前に大咀嚼ヴォイトに付けいられ、一度文明を滅ぼした――故に、。そして君が実際に王都にいるとなれば、教えは真実へと早変わりする。実際王都は危険ですからな。王都に居るだけで、信徒は命をいつ失ってもおかしくはない。故に、嘘は言っていない。“革命”の正当性としては十分だ」

「戯言を!」


 ラヴが吐き捨てるが、スーホドウは反応しない。


「大体、ヴィルジン側の貴族が証言しているのですぞ。ハルト様を捕え、今まさに処刑しようとしていた、と。そして、これを機に王都に蔓延る晴天教会の信徒を一掃しようと、守衛騎士達を野に放ったと!」

「例外属性“母”で操って、ですか!」

「人形は黙っていなさい」

「私が魔術人形だと分かっていて、更にこんなに進攻騎士団が入りこんでる辺り、最初からそういう腹積もりで準備してたんでしょう! ハルト君を言い訳にして、ヴィルジン国王から権力を捥ぎ取る為に、こんな……こんな無関係な信徒まで殺戮して!! “うたうたい”は誰一人! 晴天教会の教義に悖る事はしていなかった筈ですよ!! ハルト君も何か言い返しなさい!」


 隣で力強い声が飛んできた時には、外へ意識を向けるどころではなかった。

 再び、息が詰まりそうになっていた。罪悪の深淵で、藻に絡まっていた。

 

「……僕の、せい、なのか? あの子達が死んだのも、この」

「あんなクソ野郎の言う事なんか聞いちゃダメです!!」

「失礼。言い方が悪かったですな。です。あなたのお陰で、ヴィルジンから世界の主導権を奪える所まで来ました。後はこのまま居座り、帰ってきたヴィルジンとカーネルを始末すればよい。そう簡単にはいかないでしょうが、駄目でも最早ヴィルジンの名声は地に落ちる……なので、ここでは私には二つ程やることがある」


 スーホドウが指を差したのは、ラヴだった。


「古代魔石“ドラゴン”。それはヴィルジンの手にあるのも、人形悪戯あそびに使われるにも場違いというものだ。我々晴天教会によって白龍の神話は未来永劫守られるべきもの。故にそれを頂戴しましょう」

「……もう一つは、なんですか」

「――福音詠唱ハレルヤ


 はっ、とハルトが顔を上げる。

 その時には、詠唱は始まっていた。


『歌え 唄え 謡え 赤い鳥の囀りも 没落する領主の囀りも 少女を噛む獣の囀りも 罪多き目で仰ぐがよい 歌は目に見えぬ 百八十三の試練を通し 一つなる聖声 何ものも塞げぬ ただ太陽と願い ほめ奉らん』


 弓を射るような恰好を姿勢をしながら、無職の発光がスーホドウから駆け巡る。


聖名わがなは“吟遊詩人オペラ”。スーホドウ=イロト・バトエド――使徒回帰リライト!」


 そして、弓は射られた。

 ハルトは知っている。スーホドウの使徒としての――“吟遊詩人オペラ”としての能力。

 ――。


「ラヴ、危な――」


 言い切る前に、ラヴを“射程範囲”から外すことが出来た。

 だが、ハルトは間に合わなかった。

 


「――ああ、もう一つやらなきゃいけないことは、ハルト様。あなたにはお隠れ頂く。少しはテルステル家の力も削らなければ、私達も枕を高くして眠れないものでね。悪く思わないでください」


 振動は四方八方へと分散し、辺りの建物へと響く。


「おっと。久々過ぎて加減を忘れていたな。まあ、古代魔石は瓦礫では割れんだろう」


 そんな声が聞こえた時には、血飛沫すら飲み込まんとする勢いで、ラヴとハルトの頭上に瓦礫が降り注いでいた。

 避ける事なんてできない。

 ラヴが上に覆いかぶさったところで、そもそも瓦礫を遣り過ごしたところで、“吟遊詩人オペラ”に削られた胸は、例外属性“恵”でさえもどうにもならない。



         ■      ■


(ヒマワリ、あの女店主いい人に頼んでた、美しいもの、見繕ってもらえただろうか)


 花は、名前だけではなく個性が宛がわれている。

 一昨日、それを女店主に聞いて、改めて壮大だと思った。

 

 “花言葉”。

 勿論、全てが前向きな言葉とも限らない。

 けれど、“愛している”とか、“優しい”言葉で一杯になった世界は、果たしてどれだけ美しく、幸せなのだろうか。


 色とりどりの花の中で、ラヴはハルトの腕を引っ張りながら、

 ヒマワリの花言葉は。

 ヒマワリの花言葉は、確か――。


「ハルト君、ハルト君!」


 ラヴに引っ張られるが、ただ砂と破片の上を摩擦するだけで、何も動けない。

 瓦礫の向こう側から、スーホドウと“浮沈太陽団”が嘲笑しながら迫ってくる。


(逃げてくれ、ラヴ)


 口にしようとしたが、横隔膜まで削れて言葉が出ない。そもそも心臓も一部失っている。こうして意識があるというだけで奇跡に違いない。

 だがもう一分もしない内に、ハルト自身も永遠へと落ちていく事は分かっていた。

 それでいいと思った。


(僕の、僕の名前は、僕の血は、僕の、花言葉意味は、結局、世界で最も醜い、死神みたいなものだった)


 何故スーホドウが自分を殺そうとするのか得心はいかないが、寧ろそれでよかった。

 だって、“うたうたい”が死んだのは、自分のせいだから。

 そもそも、半年前の女の子が死んだのも、自分のせいだから。

 そういえば、半年前に神父が火炙りにされたのも、自分が関わっているかもしれない。


 この血が、争いを産むのなら。

 最初から、居てはならなかった。

 異端審問に掛けられるべきは、自分だったのだ。


 眠りたい。

 ユビキタスとは真反対の地獄に落ちて、悪魔にでも閻魔にでも為されるがままに、されたい――。


(待て)


 ラヴは、その時胸元部分を引き裂いていた。

 その中心で古代魔石“ドラゴン”が、見た事の無い光を発している。


(待ってくれ、お願いだ)


 大丈夫、とラヴの口が動いている。

 何かを諦めて、何かを覚悟した少女の表情は、分かる。

 分かってしまう。

 上に覆いかぶさったラヴが、一体何をしようとしているのか、わかってしまう。


()


 ラヴの胸が、ハルトの剥き出しになった中身へと接する。

 古代魔石“ドラゴン”が、ハルトの壊れた心臓と密着する。

 温かい。鼓動がする。脈を打っている。駆動している。

 振動が全て、歌が全て、音が全て、自分の中に流れ込んでいくようだ。


 古代魔石そのものが、魔力へと変換されて、ハルトの心臓へと移っている。

 命が、手渡されている。


(どうしてだ、どうしてだ! やめてくれ! お願いだ!)


 ハルトは必死に首を横に振った。でも声が出ない。

 もう、自分が生きる事には興味がない。

 寧ろ、ラヴが生きて、夢を叶えてくれることにしか興味がない。


 ラヴが死んだら。

 ラヴまでいなくなったら。


(僕は美しくなくていいから! このまま醜いままでいいから! “俺”とか“てめぇ”とか、喋り方も変えるから! ユビキタス様の血なんかどうだっていいから! 君が作ったリンゴジュースだって毎日飲むから! ベッドだって全部使っていいから! これから行く街も全部決めていいから!)


 自分の肉体が、治っていく。心臓の代わりに、古代魔石“ドラゴン”が脈を打つ。

 その代わりに、ラヴの体が冷たくなっていく。

 

(言ったはずだ、僕は君の事なんか大嫌いだ。だから、お願いだ。なによりも美しい君だけは、君だけは――)


 すると、ラヴは。

 馬乗りになったまま。

 まるで、極上の何かを食べたような、美味しいと言いたげな顔で、こういった。


「■■■――」


 ――いかないで。

 ――いかないで。

 ――僕を、一人にしないで。






 ヒマワリの花言葉。

 『私はあなただけを見つめる』。

 『憧れ』。


 ああ、そうか、とハルトはやっと認める事ができた。

 二つとも、君にずっと言いたかった事だと。

 

「なのに、どうして。どうして」


 雨が、強さを増した。

 もう世界から太陽を奪い去られてしまったと思うくらいに、黒い雲が空を覆っていた。

 か細いハルトの声なんて、簡単に掻き消される。

 だから、一緒にずぶ濡れになっているラヴに届いているわけが無いのだ。


「ラヴ」


 そもそも、古代魔石“ドラゴン”を失った晴れ女は、雷のような声で呼びかけた所で、もう満足そうな寝顔を崩す事もないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る