第331話 人工知能、『上善如水』を見る③
スピリトの“
ランサムの見積は、見事に正確だった。
全身を纏う例外属性“焚”で編まれた鎧を、動きの有利を多少犠牲にしてでも最大限堅牢にする。右手で握り締める例外属性“焚”で研磨された聖剣を、攻めの優勢をかなぐり捨ててでもスピリトの剣を受け止める盾に使う。
時間稼ぎを選択した後ろめたさは、かのユビキタスのみに許された“
だが、さりとてランサムも“
スピリトが“
子供のままごとに付き合う気は無い。大人らしく馬鹿な自滅を待つ。
ランサムは、賜物たる
経験に裏付けされた余裕の態度で緋色の鎧を膨張させ、スピリトが跳ぶように駆けてくるのを待ち受ける。どこを斬ってくるかは大体分かる。ならばその個所に魔力を集中させれば――。
「最適解、算出」
突っ込んでくるスピリトの背後から、無数の光線が伸びた。
全てスピリトを紙一重で掠めると、そのままランサムの例外属性“焚”に突き刺さる。
「ぬぅ……!」
ダメージはない。
だが被弾箇所から伝わる衝撃が伝播し、ランサムがよろめく。
そのよろめきが十分すぎる隙。
通り過ぎるスピリトが放つ重複の斬撃。
ランサムの首へ届く。
「が、あああああ!」
千切れた
背筋が凍った。もう少し深かったら、回復しきれずに死んでいた。
恐怖に押され、スピリトとクオリアから距離を取る。だが出来たほんの僅かな時間も、やはりほんの僅かな刹那でしかない。スピリトが細い翼のように
鷹の視線が、先行してランサムを突き刺す。
先ほど首を穿たれた現実も相俟って、足元が縫い付けられたような不快に揺蕩う。
「なんだと!?」
だが驚愕したのは、その後だ。
再び
「クオリア、お前」
着弾までの過程。無数の光線は、スピリトを見事に回避しきっている。
「何故、撃てる!?」
そもそもスピリトは無数のフェイントを入れて、ランサムの行動を制限してきている。言い換えればクオリアからすれば、銃撃による援護はし難い筈なのだ。
出鱈目なスピリトの動きと、
だが、スピリトは一切後ろを意識していない。前のランサムにだけ集中している。
一方、
なのに、青白い灼熱の関数は、初めからスピリトがいないと分かり切っていたように迷わず直進し。
スピリトの背中を射る事も無く。
結果、最短経路でランサムに突き刺さった。
「お、のれ!」
着弾自体は二回目という事もあって、驚愕を抑えることが出来た。
スピリトの強烈な斬撃も、再び退いてやり過ごす。
だが鎧に籠めた大量の例外属性“焚”が仇になる。
“縮地”の速度が出ない。
勿論最大限に例外属性“焚”を注入した場合の“鎧”の重さも弁えている。自身の身のこなしに支障が無い範囲は熟知している。
加えて、最初からランサムの体勢を崩すことを目論んだ
よろめかざるを得ない。
それがスピリトという少女の前では、決定的になる。
しかも時間がたつにつれて、スピリトの“縮地”が速くなっている。
――逃げ切れない。
「く、お」
その視界の端に、映る。
こちらにフォトンウェポンの銃口を向けてくるクオリアの顔が。
二つの瞳。
その目には、何も映っていない。
「馬鹿な」
純粋な眼球は、スピリトに追い付いていない。
無垢の視線は、スピリトを見ていない。
だが、射線には時折スピリトが重なる。
「貴様、見ていないのにこの女の動きが分かる、だと!?」
「肯定」
トリガーが再度弾かれる。
消耗した瞳に、深い確信が見え隠れする。
「
経験だけで、見ないで完全に予測するなんて不可能だ。
だが、クオリアは実際にやって見せている。
スピリトという一人の少女を、物理演算しきっている。
例外属性“母”に傷つけられた回路を、全てスピリトへの理解に回して。
だがスピリトを通過する直前に、重力から解き放たれた身のこなしでスピリトがズレた。
必殺の粒子が織りなす光が、一瞬ランサムにとって逆光になる。
眩しい。眩む。
最上段に二つの刃を構えたスピリトの火影。
聖剣さえ刃毀れさせるような、スピリトという一振りの剣に、感覚の全てを吸収された途端だった。
右肩の一点に、全ての
「剥がされ……まずい!」
「ありがとう、クオリア。やっと見えたわ、最適解って
魔力の補充が間に合わない。防御の動作も間に合わない。
「あんたは教皇の剣だったんでしょ。真の“聖剣聖”とやらなんでしょう?」
迫る小さな体は、既に全てを出し切っていた。血走った瞳が、浮き出た血管が、軋む全身がその限界を雄弁に物語る。
「なのにずっと防御一辺倒だった。我が身可愛さに、ずっと守りに徹してた。私の動きだって見切っていたんでしょ!? 攻めていれば、私を倒せたかもしれないのに!」
ランサムの失敗を的確に言い当ててくる。
この期に及んで枢機卿としての意地が、ユビキタスの血縁たるプライドが刺激に反応する。焦げる苛立ちが、判断を鈍らせる。
思わず、聖剣が動いてしまった。
例外属性“焚”の鎧を修復するよりも、鬱陶しく飛び回る子供へ八つ当たりする事を選んでしまった。
「こ、娘がああああああああああ!!」
激昂に突き動かされた時には、すでに遅い。
鳥が飛び立つ直前の、蕾が花開くかの如き姿勢を取っていた。
「
スピリトは分裂しない。
分裂するは、クオリアから受け取った二つの刃。
二十の刃が、箒星のように燦然と瞬く。
究極の集中状態で振り切った二十のそれは、もしかしたら万全のランサムであろうとも防げないものだったのかもしれない――。
「こんな小娘に、俺が……!」
「あなたは誤っている。スピリトは
全ての弧は、寸分違わず重なる。
「――界十乱魔」
一振りの剣がランサムの右肩を斬り落としたタイミングで、丁度一分だった。
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