第329話 人工知能、『上善如水』を見る①

 粉砕されたテーブルの残骸。その中心に崩れ落ちるラックの体が、ランサムの足元で一瞬の静寂を破る。クオリアに撃ち抜かれた右肩は、例外属性“恵”を使って回復したようだが、代わりに“使徒”と化したランサムに打ちのめされていた。

 苦悶の顔で、寧ろ助けに来たことを責めるような目線をクオリア達に向ける。


「……成程。流石は異端中の異端、クオリア。まさかあの母性に抗えるとは、思いもしなかったぞ」


 素直に感嘆すると、更には拍手さえして見せる。


「それで? 折角助かった理性を、命ごと捨てに来たか?」

「否定……あなたを無力化する事が自分クオリアの役割だ」

「随分と体調が悪そうだな。ルート教皇の遊戯はそれなりに疲れただろう。はしゃぐ体力も無いだろうに……」


 顔面のあらゆる穴から血を流すクオリアへの目線が、体中を裂傷や火傷に蝕まれていたスピリトへと傾く。


「彼よりも理解できないのは君だ。スピリト嬢。力の差を示されておきながら、未だ“聖剣聖”としてのプライドに突き動かされるか」

「“聖剣聖”としてのプライド? んなものどーでもいいわよ。ただ私はクオリアの師匠として、お姉ちゃんの妹として、ここは絶対に譲れないだけ」

「酷く個人的な理由だ。やはり君に“聖剣聖”は似つかわしくないな」

「どういう理由だったら“聖剣聖”に似つかわしいのよ」

「“聖剣聖”は本来、かの“王都聖地”を現人神あらびとがみユビキタス様に代わり守護する存在。ではない。人類の為に、かの地へ土足で上がり込んだ異教徒や異端を斬る剣だ」

「あんたも“聖剣聖”なら、そうだっていうの?」

「そうだ。故に王都聖地を姑息にも奪ったヴィルジンを打倒する事こそが、俺の悲願。そして改めて“聖剣聖”を名乗り、聖地の守護者として君臨する」


 凪から暴風へと様変わりする透明な轟音。

 例外属性“焚”。緋色の魔力。

 それがランサムを取り囲んで膨張し、木霊する。


「非常に高いエネルギー反応を検出」

『Type GUN METAL MODE』


 フォトンウェポンが銃として出現する。トリガーが軋んだ音以外、水平に構えられたフォトンウェポンからは発砲音さえすることなく、銀の弾丸が発射された。

 音を置き去りにする速度でランサムに突き刺さる――だが、鮮血は噴き出さない。


「予測修正、あり」

「生命魔力還元術“飛火夏命メメントモリ”。当然だ。。この鎧と聖剣には、生命が使われているのだぞ」


  “融点の無い、液体と気体に金属”で出来た弾丸は、例外属性“焚”の超高熱を耐えている。しかしランサムの数センチ手前で止まっていた。

 原因は、ランサムを取り囲む例外属性“焚”の濃密さだ。

 それを実現し得たランサム特有魔術こそ、生命魔力還元術“飛火夏命メメントモリ”。

 によって、物理的な干渉まで出来るほどに魔力が増幅されている。

 同じユビキタスの血が流れている筈なのに、ハルトとは火力が桁違いだ。

 未曾有の緋色は、聖剣の形をも象ってクオリア達に向けられている。


「あの小娘が弄した小細工もそれなりに役に立っているようだ。クオリアも先程から立っているのがやっとではないか」


 余裕綽綽のランサムと対照的に、クオリアは未だ両肩で息をしつつ、“母親”に汚染されていた脳のダメージに必死に耐えている。

 ランサムが赤く見えるのは、緋色の魔力のせいだけではない。

 クオリアの瞼に、血が溜まっている。


「小娘、ね。教皇に対して随分な言い方じゃない。あんたは教皇を守る剣じゃなかったの?」


 同じく万全ではないスピリトが、クオリアの前に立ってランサムに皮肉を吹っ掛ける。


「左様だ。だが俺は彼女の剣であると同時に、彼女も俺の剣なのさ。彼女の母性によって異教徒を改心させ、異端を懺悔させ続ける。海を越えた縄張りも手懐け、効率的に“改宗”させるつもりだった。更にアカシア王国内部の重臣共も、ヴィルジンから引き剥がせる。半年前、そうして革命を成したようにな……輿

「……確かに、ルートも晴天教会の裏切者として、晴天教会から蔑まれてきた。考えてみれば、いくらルートでも独力で教皇になれる訳が無い……


 ヴィルジンに嫁いだが故に、ルートの母は晴天教会内部で排斥されてしまった。それは娘のルートにも飛び火し、晴天教会に彼女達の居場所は無かった筈だ。

 にも関わらず、現在ルートは教皇にまで登り詰めている。

 そこに着目した途端、ふん、とランサムの鼻が鳴った。


「ルートの例外属性“母”に目を付けて、あんたが裏でルートが教皇になれるように手を回していたのね」

「半年前の電撃教皇就任には驚いただろう? アカシア王国に弾圧されていた信徒が、革命によって解放される最高のタイミング。ヴィルジンの度肝も抜くことが出来た……せっせとプロデュースした甲斐があったなぁ」

「まるで祭典の様に……人が沢山死んでんのよ。あんたの所の信徒も」

「死は救済だ。“神聖”アカシア王国を取り戻す、それが彼らの役割だったのだ」

「あなたは誤っている。生命活動の停止は、“救済”と呼ばれるものではない」


 雄弁に敵意を眼光で示すクオリアに、異端に理解してもらおう等とは思っていない、とランサムが気だるそうに溜息をつく。


「大体にしろ、想像したまえ。まさか神への反逆者たるヴィルジンの血が流れるあんな小娘へ、ユビキタスの純血が流れるこの俺がペコペコ頭を下げてきたのだぞ。なのに、小僧一匹誑かす事さえ出来ない無能だったとは……

「別にルートを庇う気はさらさらないけどさ……あんた、相当人間性を疑うよ」

「おっとこれは失礼。常に小娘の機嫌を取る毎日なのでな。偶にはこうして愚痴でも言っていなければやってられんのだ」


 一歩。一歩。

 例外属性“焚”の刃を引っ提げて、ランサムが歩いてくる。


「第一、愚痴は冥土への土産代わりだ。死人には讃美歌を囀る口さえ無かろう」

「……逃げろ、二人とも……もう良い」


 ラックが苦悶した声で二人に訴えかける。


「そうだ。大体にしろ、会談は終わったのだ」

「説明を要請する。それはどういう事か」


 クオリアが問うと、器用に例外属性“焚”の魔力に翳されながらも燃えないよう、ランサムが持っていた羊皮紙を返答代わりに投げる。

 条項全てが、血で綴られた横線で両断されていた。人差し指大の歪な直線が、条項そのものを無かったことと主張している。


「俺は少々潔癖な性格でな。その羊皮紙には最早力は無いだろうが、無効なら無効でキッチリと形にして貰った方が気持ちいい。書いた本人にな」

「これは、ラックの血で構成されている。指紋もラックのものと一致している」

「血は印を意味する。つまり、ラックは自らの意志で、我が息子ハルトと引き換えに要求していた、馬鹿げた“交換条件”を打ち消してくれたのだよ。娘可愛さにな」


 すまん、悔恨に塗れた声が聞こえる。

 紛うことなく、晴天教会の信徒と、危険な状態にある娘を救いたいという父親という二律背反で板挟みにされた苦痛が乗っていた。

 

「『2000年間の晴天教会の腐敗を取り除く事を天上の使命』……とか言っていたか? 不遜な事を言っておいて、結局自分の家族を優先したのだこの男は」

「……ランサム。それはあんたも同じじゃないの? ハルトを救いたいから、会談に応じたんじゃないの?」

「俺はハルトが最悪死んでも良かったさ。まあ、生きているのが一番だがな……だが、ハルトは出来が悪かったからな……


 “半年前の革命”――発端はハルトがヴィルジンに捕まったという“建前”が原因だと聞いている。果たしてその中身と、ランサムの発言の真意がどれ程関連しているか。


「さあ、早く死にたまえ。さっさとラックの娘を助けに行かなければならないからね。


 そんな事、もうクオリアとスピリトにはどうでも良かった。


「あなたは誤っている。“家族”の生命は、優先されるべきものだ」

「ラック侯爵が家族を優先した? それのどこが悪いのよ」


 師匠と弟子の見解は、一切の疎通無しに一致した。


「家族の為にさえ戦えないアンタみたいな奴に、世界も救ってほしいとか思ってないっての」

「なんだと?」

「人間はね、なんて理由で戦うのが強いのよ。少なくとも、世界の為世界の為とか言っておきながら、結局自分の見栄とか野望とかしか頭にないアンタよりはね」


 ロベリアが妹の為に、笑顔に溢れた明日を創ろうとしたように。

 スピリトが姉の為に、“聖剣聖”となったように。

 クオリアが出会った人達の為に、“美味しい”を創ろうとしたように。

 今クオリアとスピリトがランサムの前に立つのは、隣人の為である。


 きっと、世界の為に全てを捨てられると雄弁に最適解を。

 最初から捨てられるものを持たない狂信者か、心すらも持たないアンドロイドくらいしかない。


「どくのはアンタよ。ランサム公爵。あんたみたいな独りよがりな小物に構ってる暇はないの。私もクオリアも、家族が待ってんの」

「小物、だと」

「そうよ。あんたに掛ける時間は一分も惜しい。こんな無駄話に時間裂くんじゃなかった」


 青筋が一つ、ランサムの額に走った。

 それに構うことなく、スピリトは後ろで息を切らすクオリアへ声を掛ける。


「大丈夫。君をアイナちゃんの所へ助けに行かせるから。

「……肯定」

「――その必要はないぞ。二度と魂の復活すら望めぬよう、“聖剣聖”を穢すその貧相な体を灰にしてやる」


 ランサムがそういった時には、零距離だった。

 “縮地”。その領域さえ超えている。

 僅かな間に、クオリアは分析した。

 “飛火夏命メメントモリ”で増幅した例外属性“焚”による肉体活性。

 例外属性“焚”が、ランサムの筋肉組織、神経組織に纏わりついて、肉体能力を極限以上に高めている。

 これが、真の“聖剣聖”。

 そしてユビキタスの血を真に継いだ使徒、“緋で羽々斬る者プロメテウス”。


「スピリト――」


 少女の背へ伸ばした掌から、光。

 5Dプリントがスピリトの両手で、象る。


『Type SOWRD』

『Type SOWRD』

Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,SPIRIT!!』

Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,SPIRIT!!』


 だが、荷電粒子ビームが出力されるよりも圧倒的に早く。

 全てを蒸発せさせる最上の例外属性“焚”の刃が、朱い大剣がスピリトの首目掛けて振り下ろされた。

 避けられない。

 スピリトの“縮地”でさえ、間に合わない。




 

 呟きだけが、クオリアの耳を塞いだ。


 “水”。

 直後、クオリアは、“水”を見た。

 スピリトが、“水”になって、緋色の聖剣に千切られた。


「――!?」


 


「今、何」


 ランサムが振り返ると、背後に回ったスピリトが二つの光線を両翼に接近してくる。

 再び“聖剣”がスピリトの体を捉える。


「スピリトの行動パターンに――進化を認識」


 今、クオリアから見て三つ言える事がある。

 スピリトのより澄んだ青い瞳は、最早ランサムを見ていない事。

 再び水の如く“少女の肉体が形を失い”、ランサムの聖剣をかわした事。


「あんたに掛けてる時間は、無い」


 そして、荷電粒子ビームよりも研ぎ澄まされた剣そのものになり、ランサムの緋色の魔力を貫き始めた事。

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