【書籍版2巻発売中】異世界の落ちこぼれに、超未来の人工知能が転生したとする~結果、オーバーテクノロジーが魔術異世界のすべてを凌駕する~
第323話 人工知能、全裸になった王女を見て。ほら、何をすべき?
第323話 人工知能、全裸になった王女を見て。ほら、何をすべき?
女性の肌を最初に見たのは、母乳を頂く時――ではなかった。少なくとも異世界から転生してきた人工知能は、その例外だ。
初めて女性の裸を見るという禁則事項を犯した相手は、ロベリアとスピリトの姉妹だった。ただしあの時と違うのは二人とも胸や下腹部はタオルで隠していた事、風呂で体温が上がり少し火照った肌をしていた事、論理では語れない倫理的な何かがショートした事だった。
「エラー」
今回は隠す布も無く、既に上半身から衣服を脱ぎ去っていた。片腕では隠し切れずに輪郭を流動的に変化させる豊満な生乳や、ぽつりと開いた臍が三人の視線に現れる。
今回はその肌は火照っておらず、新雪の如く白かった。これから自分に待ち受ける女性として最大限の恥辱を連想し、家族二人を人質に取られた現状に絶望したが故の青めいた白だった。
今回は、クオリアは動揺もしない。頭はクリアだ。今でも母親の事を愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛しているし、愛している。
にも関わらず。
「エラー」
と零してしまう理由が分からない。ルートは敗北を認めたロベリアを見て気をよくしているのか、子の変化に気付いていないようだ。
「さあ、どうしたの? 下も脱ぎなさい? 別に今更お行儀よく隠すものでも無いでしょう?」
ファスナーを降ろしたスカートがファサ、と下に落ちた。脚に纏わりつく漆黒のタイツも、指に引っ掛けて足元まで降ろし、左、右と露わになった脚を上げて脱いだ。
最後に震える手で、下腹部を覆っていた小さな水色の三角布が、音も無く冷たい床に落とされた。
ロベリアの一切が、曝け出された。
「禁則、事項。エラーを、認識」
左腕で胸を隠し、右手で下腹部も覆うロベリアの唇から血が滴っている。
無表情で、ただ床へ視線を落として、唇を噛み締めている。
唇が裂けるほど、凍り付いた顔で何かに耐えている。
一糸纏わぬ少女の裸像へ、クオリアは何も反応を示さない。クオリアにとって女性とは母親のみを差す。
愛の矛先が固定された以上、邪な感情は発生しない。
ただ、それだけだ。
それだけな、はずだ。
「スピリト。私はね、あなたに姉上としてしっかりと教えたかったのよ」
顔を伏していたスピリト。
固い床面と顔面の隙間から、悔し涙が顔を出していた。
その後頭部目掛けて、ルートが言葉のとどめを刺す。
「いくら剣を極めた所で、所詮貴方は誰も救えない」
「……!」
地面と密着していた指が、恨めしそうに床を掻く。
固くなった剣だこに囲われた細い指の先端、割れた白い爪が見えた。
「そしてロベリア。貴方が幾ら彼方此方回った所で、娼婦の真似事をしたところで、家族一人さえ満足に救えない」
「……そう、かもね」
最早感情さえ失せた弱弱しい声が、聞こえた。
だからと言って、クオリアは何も反応しない。
機械の様に無機質に、アンドロイドの様に従順に、子供の様に純真無垢にスピリトへフォトンウェポンを突きつけているだけだった。
その向こう側で、床で鼻っ柱を潰しつつ声が震えていた。
「……クオリア……お姉ちゃんがあんなになっても……何も、感じないの……!?」
「肯定」
「……ねえ、クオリア、君の事、信じてたんだよ……」
「……」
何も返答しなかった。返答する必要が無かったからだ。クオリアは無駄な事はしない。
決して、何も返答できなかったからではない。
「クオリア君」
ロベリアからも何か声が聞こえる。
気に掛ける必要などない。ロベリアは有効な魔術を持っていない。ここからロベリアが母親へ与える不利益は――。
「ねえクオリア君、泣いてるの?」
「え」
意図していないのに、左手が動いた。
意図していないのに、頬を拭った。
意図していないのに、左手を見た。
意図していないのに、涙が、左手に付着していた。
意図していないのに、涙を流していた。
意図していないのに、母親が見つからない迷子の如く、大量の涙を流していた。
涙。
人間ならば、普通に流れるもの。
これで流したのは、二度目だ。
誰かの上に馬乗りになって、必死に心臓を動かそうと胸を押していた気がする。
世界を包む母の優しい光から、不意に記憶が顔を出す。
猫耳を宿した、誰よりも優しい――それこそ母親のような、アイナという少女の事を。
それだけではない。
もっと、沢山の
「
「クオリア!? あなた何故こんな時に泣いているの!?」
「エラー。状況は不明。しかしこれは
パチィン!! と一層強くクオリアの頬が弾かれる。
顔を戻すと、苛立ったルートの顔面が映し出された。
「
「……!」
駆け巡る例外属性“母”の魔力。
注がれる。甘くて、温くて、安心する
母親。
母親。母親だけを愛していれば。母親。母親好き。お母さん。母親。
母親。母親だけが。母親。母親の事さえ考えていれば。母。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母親以外に。母親。母親。母親。母親。母さん。母親。母親。母親。母親。母親のぬくもりを。母親。母親。ママ。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母上。母親。母親。母親。母親。母親。母。母親。ロベリ親。母親。ロベ。母親。母親。母親。母親。母親。まだ涙が。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母親。母上。母親。母親。母親。母親。母親。母親ピリト。母親。母親。握手。母親。母親。母親。母親。母親。母親。参った。母上。母親。笑顔。母親。母親。母親。母親。ロベリア。母親。母親。母親。母親。母親。スピリト。母親。よろしくお願いします。握手。母親。美味しいが母親。母親。師匠。母親。母親。母親。美味しいが、ない。母親。母親。母親。母親。ロベリア。スピリト。笑顔。“美味しい”。禁則事項。ロベリア。スピリト。
「やめて!」
裸であることも辞さず、ロベリアがルートに密着して止める。
一層眉間皺を寄せ、ロベリアを振り払う。足元でスピリトが立ち上がって援護しようとするが、上手く立てずに歯軋りを繰り返す。
ロベリアが素肌を床に滑らせる。
その摩擦で、ロベリアの腕に赤い傷が着いた。
同時に、激痛に身をよじらせながら尚も立ち上がろうとするスピリトの背中も見えた。
元人工知能は再び、痛みを認識した。
いつか、アイナがアロウズに襲われた時の自分と、シンクロする。
「気色悪い、おぞましい体をくっつけるんじゃない! この――」
ルートの掌が、ロベリアの頬目掛けて振った。
しかし、いつまでも目を瞑ったロベリアの頬を弾く事は無い。
「その行動は、エラー。母上、誤っている」
クオリアがその手首を鷲掴みにしていた。
「母上、あなたの行動は、美味しくない」
「クオリア……、あなた、母上に……何故……!?」
「理由は不明……しかし、
母の愛で満たされた回路の中で、一つだけ
頑丈な扉をぶち破るように、必死に訴えてくる。
“心”が、必死に抗っている。
今、目前を見れば。
二つの“心”から、クオリアの目前で。
“美味しい”が、消えそうになっていると。
「やめなさい! クオリア! 母上に、母上に従いなさい」
「肯……」
母上の言う事で、動けない。
今にもルートが指示すれば、ロベリアを刺してしまいそうだ。スピリトを撃ってしまいそうだ。
それがクオリアの現在の絶対的なプロトコルだ。母上に逆らってはいけない。
だから。
たった一本残った“心”が、最適解を自動的に出力する。
「エラー。エラー、えら、えら、誤って、誤っている、“美味しい”が、消失する事は、一番誤って、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
光が、クオリアの頭に再び差し込んだ。
ただし、今度は
自分の脳目掛けて、5Dプリントの光を照射していた。
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