第304話 人工知能、僕らの桜咲いた物語
人工魔石“ガイア”のスキル深層出力“
無数の宝樹を創造して絡まりも、大地の巨人を召喚して潰しもしない。
咲くのは、桜。
魔力を吸い取って気を失わせるだけの、優しい芸術。
それが、クオリアの認識だった。
「……“好き”」
クオリアが感じた春は、どこまでも純潔で、優美で、いつまでも忘れられなさそうな景色だった。
『これ、は』
『理想が、私たちの、理想が』
喉から声を絞り出す13体の魔術人形から、黒い魔力が昇っていく。
荒廃した魔力の空間を咲き照らしていた桜雲へ、吸い込まれていく。
ノーフェイスゴーストたらしめていた怨念が、負の感情が。
エスが咲かせた桜景色へ昇華され、浄化されていく。
「お前達が処理しきれない負の感情を、私が吸収します」
それが、“
対象の魔力で、桜を咲かせるスキル深層出力。
しかし――という事は、ゴーストへ変貌した黒い魔力を、エスが一身に受ける事になる。
「エス、あなたの“心”が」
「大丈夫です」
クオリアが伸ばした手を、エスは取る。
桜の蕾のように、少女の表情は綻んでいた。
「今の私ならば、乗り越えられます。お前のおかげで、乗り越えられましたから」
エスが、また“怖い”の極地に誘われるかもしれないという一抹の不安が、クオリアの中から消えた。
自分よりもずっと成長する相棒の五指を、クオリアは一層温かく感じた。
「了解した。あなたの心の監視は継続する」
「はい。もし私に異常が発生したら、後ろから抱きしめてください」
「肯定。しかしあなたは、
いつか、クオリアがとある獣人の上に馬乗りになって暴走していた時の様に、その時は止めるだけだ。だがそんな瞬間は来ないだろう。
やがて黒い魔力が消えかかった13体の魔術人形へ、今度は桜吹雪が舞い込んだ。
『この感覚は……“美味しい”』
「はい。
進化した。
ただ相手から吸収するだけだった
二本串のチョコバナナを割って渡すように、“美味しい”を共有し始めた。
『これが、“美味しい”』
『おかしい、です。“美味しい”は、食事行為に関するものです。しかし舌の機能は、働いていません』
「はい。それは、心の動作の為です」
『でも、ああ、これは、あっ、これは……』
動揺が隠せない魔術人形の心に、エスがそっと近づく。
そしてエスは、13体の魔術人形全てに、“なでなで”をした。
『ああ、私達は』
「お前達は、私よりも、ずっと頑張って、来ました」
『私達は、私達は』
そう言いながら、桜色に瞬くエスの魔力が、魔術人形“2.0”の心を、抱きしめた。
『私達はずっと、こうやって、褒められたかった――』
「……魔術人形“2.0”に、“美味しい”を検出。この“美味しい”は、エスが創り出した――」
クオリアは、その
あらゆる自然を自在に変形させ、道具として使いこなすだけではない。
“心”も含めたあらゆる自然に寄り添い、理想の姿へと変えていく。
それが、人工魔石“ガイア”の本当の力。
まだ、これでも成長途上だ。
エスはこの先も操れる自然を増やし、スキル深層出力だって増やしていくのだろう。
彼女だけの“美味しい”を創っていくのだろう。
オーバーテクノロジーでは到底出来ない、エスだけの“美味しい”テクノロジーで。
『心とは何か』を、問うて、解いて、説いていくのだろう。
そうして13人の心が、桜に満たされ。
空っぽだった影がすっかりと消え失せた頃。
「エス、クオリア」
散った桜が、川を流れるように。
魔術人形の意志形成部分は、少しずつ粒となって消えていく。
ノーフェイスゴーストの消滅が始まった。
ゴーストは、執着している強い感情を失えば、世界に留まれない。
「ありがとう、あなた達のおかげで、一つ、思い出しました」
花あかりに温められた笑顔が、クオリアとエスへ優しく向けられていた。
「私達にも、“道具”では無かった。そう思った事が――“3号機”を通して――」
桃色の魔力空間に、色褪せた記憶が映る。
映ったのは、獣人。
“3号機”と呼ばれていた魔術人形を通して、“メンテナンス”をするウォーターフォールが画面一杯に描かれていた。
『獣人も人間も、生かすのは性行為じゃねえ。美味しいもん口に運ぶ食事行為だ。美味しい料理を食べてる瞬間が、一番生まれてきてよかったって思えんだ。その疑似脳内によーく刻んどけ』
『どのような料理を作成すれば、あなたは美味しいと感じますか』
『まずはてめぇが美味しいと語れるモン作れよポンコツ』
『私には食事の必要性が無い為、美味しいが分かりません』
『最初から期待してねえよバーカ』
『それよりも! 早く“霊脈の中心”を調査したいです。“
『……どうして、それがお前らの喜びに繋がるんだ?』
『そういう風に、私達は創られているからです!』
“3号機”の自信満々な
“何かが間違っている”。
そう言いたげだったけれど、結局言えず、
『あっそ』
と吐き捨てるのが、精一杯だった様子だった。
しかし俄に、微かに、確かに“3号機”への心があった。
少なくとも、道具に向ける様な無関心ではなかった。
『……明日までは、待機。“自己防衛”以外に、これ以上魔力も体力も使うな。先輩達から“癒し”を要求されても全部キャンセルだ。そしてそのまま真っ裸で体温下げんな。俺がお前に望むのはそれくらいだ』
こちらに服を投げてきて、部屋を去っていくその瞬間まで、“3号機”はずっとウォーターフォールの背中を目で追っている。
それが、魔術人形の仕様なのか、そうでないのか、クオリアにはラーニングのしようも無かった。
何故なら、“3号機”はこの後、凶相の魔術人形によって破壊されたからだ。
クオリアの心臓にも突き刺さるくらいに、悲哀に満ちたケイによって。
欠けて、段々と暗くなる視界の最後、ウォーターフォールがまた映った。
まだ食べていない二本目のチョコバナナが、僅かに震えていたのが見えた。
“3号機”が見た最後の光景は、自分の為に悲しむ獣人の表情だった。
「ウォーターフォール様には、もっと栄光を感じて欲しかった。3号機からの最後の信号だけは、“変換”の必要がありませんでした」
“3号機”の視界が、完全に閉じる。
「……今の、あなた達と、同じ表情を、ウォーターフォール様はしていました」
「……」
魔術人形達を見送る二つの心は、決して晴れやかではなかった。
「……出来る事ならば、私はお前達を、ゴーストになる前に救いたかったです」
「“ごめん、なさ、い”。あなた達を、あなた達の心を、維持する事が出来なかった」
もし、最初に魔術人形“2.0”を見た時に、
ウォーターフォールともう少し接していれば、この“美味しい”は手から零れなかったのかもしれない。
心とさえ呼ぶのも烏滸がましい都合の良いシステムを創り上げた“ニコラ・テスラ”に、どこかでアプローチしていれば――。
そんな“たられば”が、二人の間をぐるぐると駆け巡る。
クオリアもエスも、めでたしめでたしなんかで終わらせるつもりは無かった。
魔術人形“2.0”を“フィードバック”なんて名付けて過去にしたくなんて無かった。
虚無か天国か、どちらかへ遠のいていく光を見ている事しか出来ない悔しさは、絶対に忘れない。忘れたくない。
「ずっと、あなた達の事は、ラーニングしている」
二つの決意を見て、最後に魔術人形達は微笑んだ。
もう表情も見えない程に魔力は消えかけていたけれど。
「“
そんな気が、した。
■ ■
十三の心が鎮まっていく様を、エスを背負ってクオリアは見届ける。
「クオリア君」
ハッキングの間、外界では数分と経っていない。だがその僅かな間に騎士達はアジャイルを街へ運び、いざクオリア達が失敗した時の為の備えをしてくれていた。クオリアもそれを認識していたからこそ、後方の憂いなくハッキングに集中できた。
集中して、十三の魂と対話出来た。
「正直私達は、常識が覆った気分だよ。ゴーストも初めて見たし、魔力干渉が本当に通用するなんて言うのは」
一方の騎士達は小さくなっていく二つの巨人に、未だ戸惑いを殺しきれない。
塵と散っていく神秘の怨霊と。
土へ還っていく自然の巨体と。
何よりその二つの狭間から歩いてきたクオリアと。
背負われたまま沈黙していたエスを――ただ凝視していた。
「……今回、ノーフェイスゴーストを無力化したのは
雨に濡れる事も構わず、背中で目を瞑っていたエスに上着を被せる。
「ノーフェイスゴーストを無力化したのは、エスだ」
「魔術人形が……?」
「エスがいなかった場合、
薄らと、誇るような顔を騎士達に見せた。
同じハローワールドの一員として、自慢するかのようにクオリアは告げる。
「だから、“あり、がとう”を出力する先は、エスであるべきだ」
多分、クオリアしか知らない。
こんなに軽いのに。こんなに小さいのに。
エスという少女は、ある十三の“心”を掬い上げて見せたのだ。
だから、『エスは、凄いんだぞ』と、人工知能なりの想いを伝えて見せたのだ。
「――ありがとう。君のおかげで、我らの街は救われた」
魔術人形と聞いて戸惑う騎士達だったが、一人の動きで空気が変わった。
「現人神ユビキタスよ。どうか彼女に最上の幸福を!」
騎士達を取りまとめていた隊長が、胸のペンダントを握りしめながら、率先して頭を下げた。
遅れて後ろの騎士達も、頭を下げた。
人間が、魔術人形に頭を下げた瞬間だった。
一方、エスは何も反応しなかった。
クオリアの項に突っ伏したまま、ピクリとも動かなかった。
世界で初めて、騎士団から感謝を告げられた瞬間だというのに、何も言葉を返さない。
「これより帰還を実施する」
クオリアはドローンアーマーを起動した。
空飛ぶ鎧は、クオリアと背負っているエスを雨の空間へと浮かす。
「エスが、現在魔力不全に陥っている為だ」
しかし、クオリアはそこまで焦ってはいなかった。
魔力の使い過ぎでスリープ状態に入って、ぶら下がっていたエスの掌を掴むと、甘える子供のようにぎゅっと握り返してきたからだ。
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