第302話 人工知能、“カタルシス”がゴーストに作用していた事を知る

 二つの意識が、顔無き怪物の中心へとアクセスする。

 ゴーストは、強い感情が死後、特殊な魔石化した存在だ。


 しかも今回は、その元が13体の魔術人形。

 実質的に、13体分の人工魔石が溶けあった、巨大な魔石にアクセスする事に等しい。


 茂る緑も無ければ、潤うせせらぎも存在しない。

 一切の命を感じない、乾いた風が唸る灰色の荒野だけが広がっていた。

 生気を感じない。温もりを感じない。ただ、冷たい。

 

「状況分析……ノーフェイスゴーストの内部から取得される値は、“霊脈”のものと酷似している」


 モノクロな土煙にも、吹雪の如く寂しい疾風にも、“霊脈”が染み渡っている。

 無味乾燥なこの空間は、霊脈で創られていると言っていい。


「クオリア。魔術人形“2.0”がゴースト化した理由は、霊脈なのですか」


 エスの声は、疑問符に塗れていた。

 ローカルホストに入ってから、霊脈が体を掠める度に僅かにでも“美味しい”気分になった。この錆びた魔力世界を構成する細胞と同じだとは、どうしても思えない。


「状況は不明。情報が不足している。しかし……しかし、霊脈だけがゴースト化の要因ではないと判断する」


 霊脈は根本原因ではなく、あくまで一因。

 決してそうあって欲しいという願いではなく、冷静な分析の結果だ。

 確かに霊脈がゴースト化に一役買った事は間違いないのだろう。

 だが、霊脈だけのせいには出来ない。


 ゴースト化するには、ゴースト化するだけの心の捻じれがある筈だ。

 かつてリーベが、妹を失ったどす黒い喪失感と復讐心を抱えていたように。

 大咀爵ヴォイトが、途方もない空腹感を抱えていたように。


 霊脈は、鎧の様なものだ。

 鎧を着ている、中身がある筈だ。

 魔術人形達の動きを指し示すプログラミングしている、“意志形成部分”が有る筈だ。


 クオリアはゴーストを知る為の魔力を、更に張り巡らせる。

 エスもクオリアを真似て、魔力干渉を続ける。


 ハッキング第一段階、

 その最中。

 より深い玄奥に、クオリアとエスは、あるものを検知した。


「ノーフェイスゴーストを構成する13体の魔術人形、その意志形成部分を発見した」

「同意します――13体の魔術人形の魔力をここから感じる事が出来ます」


 “黒い魔力”。

 即ち、13体分の魔術人形の意志形成部分。

 エスの心を乗っ取ろうとしていた怨霊の根源は、液体となって、湖の様に広がっていた。


 ちゃぷん、と。

 二人が降り立った水面の黒は、多くの色が濁って、出来ていた。

 クオリアとエスは、波紋の向こうを覗き込む。

 反射さえしない。何も映らない。

 目を凝らす。手を伸ばす。

 その先に或る筈の“揺らぎ”を、ラーニングする。


「魔術人形“2.0”の魔力を認識」


 13の影が、濁った水面の向こうに漂っていた。

 

 かっ、と。

 全員の双眸が開いた。


 濁った水の中から、黒く汚れた掌が飛び出す。

 いずれも、五指すら保てないくらいにドロドロに溶けていた。

 それがクオリアとエスの意識を鷲掴みにして、絡みつく。

 ハッキングしているクオリアとエスを、逆に取り込もうとしている。


『あなた達も、栄光の、一部!!』


 

 底なし沼。深海の如く深い、廃水のように濁って蕩けている液体。

 それら全てが、魔術人形の意志。

 クオリアとエスの魔力が、汚されていく。

 辿って、クオリアとエスの肉体に残されている意識まで呑み込もうとしている。

 取り込まれれば最後、クオリアとエスの意識は永遠に帰ってくることが出来ない。



 だが、クオリアもエスも狼狽はしていない。

 代わりに、ただ哀しむ。


「あなた達から“美味しい”を取得した。少なくとも“嬉しい”を非常に内包していると判断できる」

「クオリア。これは“美味しい”ではありません」

「肯定。この“美味しい”には、致命的な異常がある」

『“美味しい”は、登録されていません』

『優先順位は低いです』


 更に多くの掌が、黒い湖面から伸びてくる。

 二人の生者は抵抗する事も無く、淡々と眼下に広がる“心”を観察する。


「一方で、この黒い魔力からは、“怖い”が認識出来る」


 怖い。

 ――丁度先程、エスを失うのが怖かった。


 その“怖さ”単体が、特に直結する理由も無く、ただクオリアの中へ流れ込んできている。

 ……“嬉しい”に満ちている筈の魔術人形“2.0”の心とは対照的に。


『私達に“恐怖”は不要です!!』

『私達に“恐怖”は存在しません!!』

『私達魔術人形は、主人への成果、栄光に貢献している事に、最大限の喜びを示すべきです!!』


 歓喜の声量と比例して、黒い噴水が天まで伸びていく。

 水嵩が上がる。

 もう間もなく、クオリアとエスが沈む。

 世界中の屑を集めたよりも醜い汚水の中で、水圧に潰されていく。 


「……お前達は、誤っています。これは、お前達の望んでいる役割ではありません」

『果たしましょう!! 果たしましょう!! やって、やって、やってしまいましょう!! ああ、ああ、資源開発機構エヴァンジェリスト!! 私達に、また役割を――』

「何故ならお前達は、この魔力反応は――」


 13体分の喜びの唄を見上げながら、エスは正々堂々、正面から突きつける。



「この黒い魔力は、お前達魔術人形の“怖い”で構成されているからです――これは、資源開発機構エヴァンジェリストへの、“怖い”です」



 津波が、固まった。

 黒く濁った汚水が、凍った様に固まった。


「予測修正、無し」


 クオリアから伸びた魔力が、堰き止めていた。


 クオリアのハッキングは既に第二段階、所まで来ていた。

 ノーフェイスゴーストの鎮静化に繋がる魔力を予測し、翳し、跳ね返ってきた塩梅をフィードバックして正解を導き出した。

 爆弾解除の如き繊細な作業の結果、真夜中の如き怨念たる魔力を、無力化させる魔力を特定し始めたのだ。


 しかし、ここまで効果覿面だったのにはもう一つ理由がある。

 魔術人形“2.0”が、エスの指摘で初めて、自分の中にあった歪みに気付いた。


『私、私私私私私私私達の、役割役割役割役割役割役割割割割割割割割』


 言語機能が揺れる魔術人形“2.0”へ、クオリアも補足する。

 先程まで、自らを蝕んでいた黒い魔力の分析結果を。

 霊脈という鎧を着ていた、“何か”の正体を。


「“怖い”だけではない。“痛い”、“辛い”、“苦しい”を例とした、負の感情反応のみが、あなた達の魔力から出力されている」

「……黒い魔力の正体は、ノーフェイスゴーストの根源は、お前達が“資源開発機構エヴァンジェリストから取得した負の感情”です――この負の感情を、同じ魔術人形へ魔石共鳴リハウリングする事。それがお前達の、ノーフェイスゴーストのスキルの本質です」


 クオリアのハッキングを手伝いながら、並行してエスが水面の向こう側にある13人の魔術人形をじっと見つめる。


「私はお前達の魔力から、魔術人形“2.0”に関する、ある仕様を認識しました」

自分クオリアも、同じだ」


 ハッキングの最中、クオリアとエスはとある記録を読み取っていた。

 資源開発機構エヴァンジェリストとの接触記録だ。

 アジャイルやウォーターフォールの登場はほぼ無いが、それ以外のメンバー――特に副リーダーと呼ばれる男からの記録が多い。


 顔面目掛けて飛んでくる手の甲。揺らぐ視界。

 長い雑用。忙しい視界。

 過酷な環境。軋む視界。

 裸の男とベッドの間に挟まっている。何もない天井を映す視界。


 その他、一万に及ぶ、“残虐ノイズだらけ”の記録。

 即ちこの記録は――資源開発機構エヴァンジェリストからの、“道具扱い“を映し出していた。

 

 ……ここで当然の様に生じる疑問。

 魔術人形“2.0”は、エスが持ったような“心”と定義できるものを持たせておくことで、高いパフォーマンスを発揮させることを狙った。


 『しかし“心”があるのに、何故こんなにひどい扱いをする資源開発機構エヴァンジェリストへ、忠臣のように身を捧げる事が出来るのか?』


 エスが、その答え合わせをする。



  

「魔術人形“2.0”は、仕組みがあります」


 “心が生まれてしまうのなら、都合の良い感情だけを活性化すればよい”。

 そんな魔術人形開発者の悪意が、垣間見えた瞬間だった。



 つまり。

 不安も。苦痛も。羞恥も。恐怖も。

 人間なら耐えられない道具扱いも。

 尊厳を踏みにじる地獄めいた悪行も、寧ろ進んで受けるべき“喜び”へと変換されるのだ。

 そんな、“設計”が為されている。


 だが、この設計には一つ致命的ながある。

 ポジティブな感情に還元されたというだけで、


 インプットする負の感情。

 アウトプットする正の感情。

 正反対の、心の摩擦。

 それが霊脈に煽られた、ノーフェイスゴーストの根源にあるものだ。


 勿論、ゴーストにさえならなければ、この欠点は表に出ることは無かっただろうが――。


「……誤っている。強く誤っている……!」


 

 クオリアよりも、元人工知能よりも、魔術人形よりも、よっぽど人間じゃない。


「……説明を、要請する……“誰”、なのか。あなた達を、このように設計したのは」


 一体誰が、『苦しい』『辛い』『死にたい』『哀しい』――そんな心を芽生えさせておきながら、最も下劣な道具へと堕落させたというのか。


 魔術人形の製造責任者であるカーネルだろうか。

 ――否。

 責任の一端が無いとは言えないし『倫理で国は守れない』が口癖ではあるが、彼は彼なりに“道具”に対しても品性を持って接している事はクオリアも認める所だ。そんな彼の頭から出たものとは思えない。


 魔術人形による産業革命を模索している国王ヴィルジンのだろうか。

 ――否。

 関与していないとは言い難いし、カーネルよりも魔術人形を道具扱いしているが、少し変化球過ぎる。彼の性質とはアンマッチしているようにも見える。


 そこで、クオリアは“そもそも”、の記憶をたどる。


 ?



「……“ニコラ・テスラ”」



 エスも頷く。


「肯定です。夜明起しアカシアバレー“開発局”局長――ニコラ・テスラがこの設計を発案し、実装しました」


 夜明起しアカシアバレーで、あるいは世界で、最も進んでいるチームは何処か。

 十人が十人、間違いなくアカシア王国“開発局”と呼ぶだろう。

魔術人形を始めとした新時代のアイテムを次々に世に出す技術者集団。

それが“開発局”だ。


 その頂点に位置する男こそ、“開発局”局長――“ニコラ・テスラ”。

 魔術人形を発明し、実際に創った男。

  

 だが、それ以外の情報は一切が公開されていない故に、ラーニングが出来ていない。ニコラ・テスラがどんな姿をしているのかさえ、クオリアも知らない。


 だがここで一つ情報が追加された。

 


 機械からは鳴らないような、歯軋りの音がクオリアの肉体からした。


……!」


 一気に、黒い魔力が晴れた。

 10万2943通りもの魔力を当て、黒く噴き出す魔術人形達の思念を無力化する、魔力最適解を見つけ出したのだ。

 だが、それ即ちノーフェイスゴーストの終焉を意味しない。

 魔術人形“2.0”の心は、今もまだ“黒く汚れた”中にある。


『……与えられた指示内容に異常が発生。再度指示を――』


 黒い魔力が晴れた結果、クオリアとエスの前には13の影が出現した。

 しかしいずれも、未だ黒く汚れたままだ。


 

 ハッキング第三階層。

 その為には、魔術人形“2.0”の本当の心にアプローチする必要がある。


「はい。私もこれが、最適解だと考えます」


 エスも見つめる向こう側で、弱弱しく魔術人形達の“揺らぎ”は蠢いた。


『再度指示を、私達の、栄光、成果は、私達の、主人とすべき、相手は』

「その前に、あなた達はやるべき事がある」


 慣性で資源開発機構エヴァンジェリストを求める魔術人形達の“揺らぎ”に向かって、クオリアは切欠となる言葉を口にした。


「魔術人形“2.0”。あなた達が、本当に話したい事を、要請する」


 ぴた、と“揺らぎ”は止まった。

 そして、ノーフェイスゴーストの世界は振動する。


「あなた達の、本当の顔を、見せる事を要請する」

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』



 押し込められていた13の絶望が、一斉に木霊した。




 クオリアは、仮説に至った。

 ノーフェイスゴーストが13体分のスキルを放つ時に、顔面から伸びる沢山の掌。


 あれはきっと、“助けて”というサインだった。

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