第301話 人工魔石、相棒を信じて夜を駆ける
“
たん、たん、と揺れて傾く大地を蹴っては進む。
全力疾走。
足場が、水平から垂直へと傾き始める。
ノーフェイスゴーストを抑えるために、
しかしクオリアはバランスを崩す事もしなければ、足を止める事もしない。
一秒後に
何せこの巨人の
ラーニングなら、とうの昔に済んでいる。
エスの“
頭部から、肩の部分へ跳び下りた。
直後だった。
見晴らしがいいとは言えない夜闇と豪雨の中、唯一自由になっていたノーフェイスゴーストの顔面から、再び掌と触手が伸びてきたのが見えた。特に掌からは、またスキルの化学反応が渦巻き始めている。
ノーフェイスゴーストの両腕を封じるために、
もし何も知らない人間が見れば、
このままスキルをまともに受けてしまうように見えるかもしれない。
しかしクオリアは、特に5Dプリントを起動させることもしなかった。
「問題ありません。クオリア、そのまま移動してください」
「承諾した」
クオリアの脚は止まらない。
右肩部分の平坦から、右腕部分の急な勾配の下り坂へ差し掛かる。
最早落下と換言してもいいくらいの急加速を得たクオリアは、一切臆することなく13色の光が毀れるノーフェイスゴーストの何もない顔面を視界に捉えていた。
“美味しい”どころか、仮初の愛想笑いさえない。
ただ何かを求める触手と掌と、破壊の光だけが顔に出ていた――。
「あなた達は、誤っている。あなた達にも、“心”があったと仮定する」
「はい。クオリアと同意見です」
心を一切読み取る事の出来ない、表情を失ったのっぺらぼうを抑えつけた。
「私の中に入ってきたのは、紛れもなく心でした」
そのまま、暴発。
三本目と四本目の掌が、元の岩石へと砕けていく一方で、ノーフェイスゴーストの顔面からも上がっていく。
「魔術人形は痛みを感じません。しかし、お前達から感じたのは、間違いなく“痛み”でした」
五本目、六本目の巨椀が
うち一本は聖剣聖を思わせる様な細くて長い刃へと変貌した。
「“ごめんなさい”。痛くします」
辛うじて残っていた掌も、うようよと蠢く触手も。
山さえ叩き割らん勢いで振り下ろされた巨大な大地の剣に抑えつけられ、そのまま圧し潰され、無理矢理引き千切られた。
『スキル消失!! スキル消失!! 私達ハ、栄光ヲ、コノママデハ掴メマセン!!
「――あなたは、そのタスクを実行する必要は無い」
と、どこか寂しく口にするクオリアが、もう胸部の巨大な人工魔石に触れられる位置にいる事さえ、暴れ狂うノーフェイスゴーストは気付かない。
肉塊の肩を抑えつける
「クオリア。私は早く、この魔術人形達を“痛み”から解放したいです」
「肯定。
少なくとも。
“心が死んで、暴走している状態”は、きっと痛い。
クオリアは、黒い魔力を停止する過程を通して。
エスは、黒い魔力に侵食された異常を通して。
かつては健気な魔術人形だった13の心が、現在どのような状況にあるのかを知った。
「完全にゴーストになっています。もうお前達の肉体を救うことは出来ません。それでも」
「それでも、あなた達の“美味しい”は、取り戻せる可能性がある」
『クワイエット』
「だから私は、お前達を侵食するものを沈黙させます――
エスの左手から、無色の光が霊脈の様に揺らめいた。
生き物の様に震える先端が、ノーフェイスゴーストの中心――黒い魔石へと染み渡っていく。
即ち、今のノーフェイスゴーストはクオリアのハッキングを認識出来ない。
今、この時だけ、クオリアはノーフェイスゴーストにハッキングが出来る。
「これよりハッキングを実施する」
「クオリア。私もノーフェイスゴーストの中にハッキングさせてください」
「要請を受諾した」
ノーフェイスゴーストの魔石部分に触れると同時、反対の手でエスの左手も取った。
エスとノーフェイスゴーストの懸け橋となったクオリアは、その真上で容貌が一切ない顔面を見上げた。
『私ハ、
「ならば、その栄光について、更に詳細に定義する事を要請する」
魔力のパズルが次々に解けていく。ゴーストという混沌が掻き分けられていく。
クオリアとエスの意識が魔力に染みて、13体の心へと滴っていくのだった。
他人事なんて、今更できない。
この二人はそんな人間らしいことが出来る程、器用じゃない。
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