第281話 在る公爵、“怪物”の存在を語る。

 “焚槍ロンギヌス”に欠点があるとすれば、神の所業にも匹敵する破壊効果故に、朱い槍の途方もない巨大化を余儀なくされる事くらいだ。

 巨大の為に、例えば遠地にいる人間も“焚槍ロンギヌス”が天を駆ける様を目撃できてしまう。


(あれは間違いない……報告だ……!)


 そのうちの一人は、使役している鷹の魔物へ餌を与えると、事の顛末を記した手紙を括り付けて放つ。

 普段はサーバー領民として生活するこの目撃者も、1時間足らずの飛行で目的地に着いた鷹の魔物も、元を辿ればとある公爵の指示で緊急度の高い情報を寄越すように指示されていた。


 現在、げに素晴らしき晴天教会“正統派”のもう一つの主戦場にして、アカシア王国の貿易の要たる港町パレンティア。

 パレンティアも含めた自身の直轄領を、数や戦闘力で勝る“進攻騎士団”相手にものの見事に耐え抜いていた公爵がいた。

 その公爵こそ、かつて“神聖アカシア王国”から“アカシア王国”へと歴史的な革命を遂げた立役者の一人であるカーネルである。

 

「あーらやだ。最悪のオトコが娑婆に出てきて、しかも即暴れ狂っちゃってんじゃないの」


 鷹の魔物から受け取った手紙を見て、パレンティアの作戦本部の机の上で、ダルそうな息を吐くカーネル。カーネルから更に手紙を受け取った、カーネル直轄守衛騎士団団長プロキシは、ソファに腰掛けながら記されていた事実に対して淡々と眼を通す。


「とはいえ、予想は的中しましたね。ので、サーバー領側の侵攻の人員がすっからかんでしたし」

「ええ。メール公国と手を組んだと聞いた時は、あーそう来たのねとは思ったけど、案の定デリートを動かしてきたって訳ね」

「これ、ランサムはデリートを制御出来てるんですか?」

「出来てないからこんな突拍子もない報告が来るんでしょ。ま、恐らくランサム的にも最終手段でしょうけどね」


 呆れ果てた声を出しながら、カーネルが新聞を数枚取り出す。

 どの記事にも、キルプロの死が明記されていた。

 キルプロの首が、晒されていた。


「キルプロをのは、やはりクオリア君ですかね?」


 尋ねたプロキシも、『面倒な事になったわね』と唸るカーネルもクオリアがサーバー領にいる事は、元々知っていた。ヴィルジンがクオリアをサーバー領へ誘導していたが故に、『その“支配”、変わり者過ぎない?』と国王に送るにはあまりにも不躾な手紙を送ったくらいだ。


「クオリアちゃんなら、テルステル家の“使徒”でも倒しちゃえるかもしれないわ。でも英雄と処刑人は、基本別人よ。首狩って晒すのは、“最適解”って奴に含まれるとは思えないわね」

「だから“倒した”に留めてんじゃないですか。ちなみに英雄がクオリア君だとしたら、処刑人は誰だと思います?」

「ラックもこんなことはしないわね。彼も敵に容赦はしないけど、必要以上に嬲る事はしない筈。私とヴィルジンが昔、彼に苦しめられたのは、彼の人徳故。熱心な信仰者だけど、過度な狂信者ではない、いいオトコだもの」

「じゃあ……雨男アノニマスあたりですかね」

「多分ね。それと彼に付き従う魔術人形。私が製造責任者として直々に仕留めに行きたいんだけど……」


 ちらりと見下ろす窓の向こうでは、幾つもの騎士団が集結して次の戦いに備えている。カーネルは現在、このパレンティアの防衛線から動くことは出来ない。


「それにしても……デリートねぇ。嫌な名前、出てくるじゃないの」

「約20年前にあった、ヴィルジン国王と、“げに素晴らしき晴天教会”の第一次戦争ですか」


 20年前だった。

 かつて“神聖アカシア王国”を支配していたげに素晴らしき晴天教会と、その晴天教会に反旗を翻した傑物たる君主ヴィルジン国王の間で、その後第一次、第二次と続く長き戦争が引き起こされたのは。


「第一次の結果は知ってるわね」

「ええ」


 その残酷な結果を、プロキシはカーネルの前だからといって忖度せず、正々堂々と答えるのだった。


「確か、序盤はヴィルジン国王側が優勢。しかし

「そう。一時期はこの守衛騎士団“クリアランス”も、事実上壊滅状態にあったわ」


 机に腰掛け、カーネルは部屋に吊り下げていたものを無表情で見上げる。

 プロキシも同じく見上げる。


、その時のですよね」

「臥薪嘗胆って言ってね。まあ、こんな事やらなくても、嫌でも夢の中で夜這いしてくるのよ」


 酷く毀れ、欠損した穂先。

 その根元は、超高熱の何かに晒された証として、ドロドロに溶けて破壊されていた。

 溶けきれた持ち手の方も、同じく天井から吊り下げられている。

 かつての持ち主だったカーネルに、過去から言い逃れようのない敗北の悪夢を刻みつけてくる。


 若き頃の残骸を見上げるカーネルの瞳には。

 巻き上がる焔を背景に歩いてくる、二人の少年の影が揺らいでいた。



131



 溜息を一度吐いて、槍の柄をカーネルが撫でる。


「その一人が、デリートだったと?」

「ええ……流石に目を疑ったわ。子供が一回腕を振るっただけで、一番槍の大隊が一瞬で消滅したんだもの」


 戦いの世界において、年齢程宛てにならない者はない。超新星となる若手はいつだって戦局を大きく変えるし、老兵は固定化された経験によって時に判断を間違える。


 しかしたった13歳の少年が、1万人も屠ったのは天地がひっくり返ってもあり得ない事の筈だった。


「“焚槍ロンギヌス”。あれが1発で千もの騎士を屠った時、流石に神を信じちゃったわよ。後から聞いた話、デリートは、“現人神に最も近い騎士”として讃えられていたしね」

「しかし、カーネル公爵は生きて今ここにいますね」

「アタシもヴィルジンも、回れ右からの全速前進で逃げ出したわよ。ええ、もうあれ程惨めな敗走は無いわってくらいよ。何でクリアランスで私だけ生き延びたのか、私にも分からないくらい。あの時私達は、“使徒”の本当の恐怖を味わった」


 話していて少し高揚したのか、置いてあった珈琲を飲んで一息を入れるカーネル。

 プロキシも配慮して、少しデリートから話題を逸らした。


「そんなデリートと肩を並べて、カーネル公爵を共に追い詰めたもう一人の少年は?」

「あなたもよーく知っている、獣人にとっての死神よ」


 プロキシは胸元に忍ばせていたに手をやった。

 、一層落ち着き払った声で“もう一人の少年を衒った怪物”の名を当てる。


「獣忌卿“ブルート”ですか」

「説明するまでも無いわよね」

「ええ。まあ少なくとも人並みには、奴の業は知ってるんで」


 デリートと肩を並べた、もう一人の怪物。

 その少年の名は、“ブルート”。

 後に獣人の人口を10分の1殺戮したとされる、獣人にとって最も忌むべき大量殺人鬼――“獣忌卿”として悪名を全世界に轟かせた、かつては若干13歳にして進攻騎士団の最強格にいた少年だ。


 “現人神に最も近い騎士”デリート。

 そして“獣忌卿”ブルート。

 かつて進攻騎士団には、二人の最がいた。

 この二人こそが、これからの進攻騎士団を、“げに素晴らしき晴天教会”をより盤石なものにするホープとして君臨していた――少なくとも、20年前までは。


「でもブルートは15年前の第二次戦争の時には、もういなかったわ。情報じゃ、“精神崩壊し壊れちゃったからね”。壊れて、獣人を大量に殺した。。そして扱いきれなくなった晴天教会は、ブルートを異端として認定し、しかも処刑しきれずに野放しにしちゃった」


 “正統派”の晴天教会にとって、獣人は呪われた血とは言え。

 根絶やしにする種族だったとはいえ。

 その建前が霧消するくらいに、殺し過ぎた。


「それで」

「……」

「それで――」


 “それで”、実に10分の1もの獣人の人口が失われた。

 “それで”、プロキシは今も、獣人である娘が最後に作ってくれた人形を、今でも胸に抱えている。

 しかし、プロキシは話を打ち切った。呼吸を整え、胸に人形を仕舞う。


「何でもありません。今はデリートの話でしたね」

「第二次戦争の時、出てこなかったのはブルートだけじゃないわ。


 淹れた珈琲をプロキシの前に置くと、その後の第二次戦争の顛末をカーネルが語り始める。


「そのおかげもあって、アタシとヴィルジンは“げに素晴らしき晴天教会”から支配権を奪う事が出来た。ランサムは最後まで倒しきれなかったけどね」

「デリートは、その頃から?」

「ブルートと同じように、。ブルートが獣人を殺し過ぎたのに対し、。一応はテルステル家の嫡男だから異端扱いはされなかったようだけど。でもその度に拘束され、幽閉されちゃってたみたい」


 この場合、褒めるべきはデリートを拘束出来たランサムの手回しの良さかもしれないけどね、とカーネルは珈琲を啜って語る。


「そういえば、さっき放たれた焚槍ロンギヌス。どこにも被害が出なかったらしいわ。って事は、ローカルホストにいる誰かが止めたみたいね」

「クオリアじゃないですか?」

「クオリアちゃんかどうか――問題はそこじゃない。焚槍ロンギヌス


 疑問符を浮かべるプロキシに、再び机に腰掛けたカーネルは陽の当たる窓を背後にして、問いを投げる。


「なんで第二次戦争の際、デリートが壊れちゃったんだと思う?」

「考えたくもありません。信仰心が暴走したんですかね」

「デリートには一切ないわよ、信仰心なんてつまらないもの」

「ユビキタスの子孫たるテルステル家が聞いて呆れますね。じゃあ何がデリートにはあるんですか」

「“命を懸けた勝負への欲求”」


 かつて大敗北を喫したからこそ。

 カーネルは、デリートという怪物の存在を知り尽くしている。


「そう。即ち、命を懸けて対等に戦える好敵手ライバルが欲しかった。でもデリートは強すぎた。世界で唯一、“獣忌卿”ブルートだけが日夜命を懸けた戦いを親友として行っていた……そのブルートがいなくなって、戦いへの欲が抑えられなくなったデリートは味方であろうとも食い千切る猛獣になったって訳」

「皮肉な話ですね」

「じゃあ次の質問。渾身かどうかは分からないけど、焚槍ロンギヌスを止める存在に気付いたデリートは、どうなると思う?」


 プロキシの頭には、今度は疑問符は着かなかった。






          ■            ■



 焚槍ロンギヌスが消失した。

 何百里あるとも分からない距離で起きた一瞬の攻防を、デリートは見逃さなかった。昔から目はいい。地平線が邪魔をしない限りは、視界に映ったものは何でも見える。


「……妙な結界に防がれた……あと力尽くで焚槍ロンギヌスが押し出された……で、明らかにこの世界の物じゃない光線で焚槍ロンギヌスが壊された」


 落胆は、ない。


「こわ、され、た。防いで、くれ、た。ひひ、ひひ、ひひ、ひひ」


 代わりに湧き上がるのは、無上の喜び。

 にやりと、デリートは笑った。

 心から笑った。

 いったい、何年ぶりに笑っただろう。


 肺に辺り一帯が真空になるくらいに空気を溜めて。

 のけぞって。

 スキンヘッドの後頭部が地に向かうくらいにのけぞって。

 そして、喜びを声にした。



「見つけたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! やっと見つけたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! もう地獄にしかいないと思ってたあああああああああああああああああああ!! 俺の、俺の好敵手いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ああああああああああああああああああああああああ!! やるじゃねえかユビキタスうううううううううううううううううううううううう!! そういうのでいいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! だっはっはっは!! 死ぬほど地獄だった退屈から解放されたああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 残りの拘束具を引きちぎって、生まれたままの全裸を雨雲の隙間から差す陽光に晒した。解放され、満ち溢れた笑顔を太陽に全力で送り届ける。

 一通り笑った後、上空を巡っている鳥を見つけると、そこまでジャンプして首の根元を掴んで着地する。


「やべーぞ!! やべーぞ!! こりゃマジでやべーぞ!! やべー奴が現れた!! あと久しぶりに腹減った!」


 鳥をそのまま食べ千切りながら、ギラギラに宿った闘志の放ち方を考える。


「よーし、ローカルホストを潰すのはやーめた! 止めた奴と、壊した奴。三人! 纏めて俺の相手になってもらおう!! その前に、腹ごしらえと、一応相手が女だった時のこと考えて服!!」


 ひとまずは直ぐに出発せず、近くにいる魔物を全て戦闘前の食料にしようと目論んだあたりで、今はあの世にいるであろう親友へこぶしを突き上げる。


「ブルート、俺、生きてて良かった!!」



 こうして世界最強の騎士にして、世界最強の使徒――デリート。

 ローカルホストに向けて、進軍開始。

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