第273話 魔術人形、問う⑧

 魔石共鳴リハウリング

 別の魔石の力を乗算し、自身の“スキル”を強化する魔力連携技術。


 しかし、精々参照にした人工魔石におけるスキル深層出力を、自身のそれと乗算する程度の拡張性しか開発者の想定にはなかった。


 確かに開発者の手にも余る古代魔石ならば、イレギュラーはあってしかるべきだ。大勢の魔術人形の魔石共鳴リハウリングを基に“虹の麓”を産み出す、古代魔石“スペースクラウド”のスキル出力“空の涙ファブロスキッス”。これは、魔石共鳴リハウリング機能の例外としてカウントしていい。


「エス、お前には分からないやろ」

「はい。“トリニティ”という人工魔石は、私の記録に登録されていません」

「個体の人工魔石ちゃう。三重魔力結合を果たした、集合体。オーシャン+マグマ+ライトニング=トリニティだと思えばええ」


 特に誇るでもなく、変則的な魔石共鳴リハウリングの結果をケイは口にする。

 

 ケイの胸も。

 シックスの胸も。

 マリーゴールドの胸も。

 其々が、雨具でも覆い切れない位の、同じ白色の閃光を放っている。


 光の先では、海洋でも稲光でも溶岩でもない、クオリアの荷電粒子ビームと性質がよく似た正四面体が展開され、エスからの攻撃を一切通さない。

 触れれば消滅。

 穿てば融解。

 その光で構成された、ピラミッド。

 2000年前に大咀爵ヴォイドによって文明が破壊されるもっと以前に存在した、文字通り人類最古の建造物。

 今はたった三人しか収容できない絶対不可侵の、角錐結界。


 大地讃頌ドメインツリーすら消滅せしめた結界は、最早エスも語れるものでは無い。三重魔力結合と言われても、何故この結果に帰結するのか分からない。

 記録されている、魔術人形や人工魔石の設計図からでは理解し得ない。


 ただ言える事は。

 クオリアの荷電粒子ビームと、同等の性能を持っている事だろう。


 この三個体から放たれる白色の閃光こそが、魔石“トリニティ”。

 開発者の手によって制御可能な人工魔石で、“別の魔石を生み出すも同然”の状態に至るイレギュラーなど、開発者たちは想定していなかっただろう。


「……正直ワイらも、何でこんな事が出来るようになったのかは分からん。きっかけは……シックスの一言やったな。ワイらがもしクオリアを無力化する必要が出た場合、あのフォトンウェポンって武器を上回る現象を生み出す必要がある、なんてな」

「肯定」


 口ぶりも、佇まいもクオリアそのものだった。

 エスも仮説に過ぎなかったが、やはりシックスの個性アイデンティティはクオリアを参考に練り直されている。


「それで、儂らの人工魔石の力を合算してたら、本当の偶然に“トリニティ”が出来ておったという事じゃ……」


 マリーゴールドが、眉を細めながらエスに尋ねる。


「エス、ここは引いては貰えぬか」

「否定します。私は守衛騎士団“ハローワールド”として、お前達の“虹の麓”を阻止する必要があります」

真赤な噓ステルスがあるのは驚きじゃが、それでどうにかなると思ったら大間違いじゃ」


 緑と金が入り混じった髪を雨具のフードで隠すマリーゴールドは、その陰に覆われた心から心配そうな瞳を、エスに向けた。


「次に儂らがやる深層出力は、あのリーベを想定して創ったスキル深層出力じゃ。そのリーベの力を使うお主に勝ち目はないぞ。ここは退け」

「無駄だ。そいつにその手の説得は通用せんで」


 ぎゅっと、ケイが串を握り締める。

 そしてエスも、思わず串を挟む指をぴく、と動かす。


「ケイ」

「ワイには“美味しい”よりも、要求するものがある」


 ケイが、エスへ掌を伸ばした。


「“ワイらを道具扱いしない、世界”や」


 そして雨で曖昧な世界の中、三つの小さな太陽がより一層輝く。

 “トリニティ”としての、集合体の魔力がこれでもかと言わんばかりに湧き出る。



「魔石“トリニティ”スキル深層出力――“禁字島ニライカナイ”」



 5D。 

 三人の人工魔石から伸びた光に、エスはクオリアの十八番を重ねた。


 真赤な嘘ステルスを発動。

 エス自身が、ケイ達の認識から外れる――が、もう遅い。


「……!?」


 エスの脚にブレーキがかかる。

 視界一杯に、“トリニティ”の魔力で構成された面が広がっていた。

 左右も、後方も、先程大地讃頌ドメインツリーを消滅させた結界が、ピラミッドが覆っている。

 当然天上を見上げれば、結界角錐の頂点に、三つの線と、三つの正三角形が集中している。


 “禁字島ニライカナイ”。

 ピラミッドに、

 豪雨すら一切届かぬ中心で、エスは事態の大きさに気付く。


 雨粒を一つ残らず蒸発せしめる“トリニティ”の魔力。

 大地讃頌ドメインツリーも、大地そのものも、一切通すことなく融解せしめた。


「ちなみにな、その“禁字島ニライカナイ”はんやがな、真赤な嘘ステルス、で何とかできそうか?」

 

 ケイから言われなくても、エスは認識していた。

 このピラミッド、徐々に小さくなっていく。

 上からも左右からも、壁が迫ってくる。

 触れれば最後。

 疑似肉体ゴーレムなど、微塵も残らない。

 

 そして、確かに真赤な嘘ステルスに対する最適解でもあった。

 一切の逃げ場も隙間も無い、完璧な範囲攻撃を敷けば、認識が出来ないというだけで消える訳ではない性質上、いかに真赤な嘘ステルスだろうとどうしようもない。


 ならば、とエスは大地に手を当てる。

 地面の下から脱出しようと試みたが――直前で手を離した。


「大地の下にも、“禁字島ニライカナイ”が展開されていると理解しました」


 地面を掘って離脱しようとすれば、それでも“トリニティ”の一面に当たり、消滅する。

 このピラミッドから、“禁字島ニライカナイ”から逃れる術はない。


「……じゃあ、ここでお別れだ。エス」

「お別れとは、どのような意味ですか」

「……魔術人形風に言えば、完全な破壊や」

「私は、まだ“役割”を定義していません」


 エスは口にする。


「だから、私は生命活動を停止しません」

 

 “生命活動”、と。

 生命、と。

 確かに、エスは口にした。

 “3号機”と違って、自分の意志で――。


「ワイらに、生命は無いんや。今の世界のままじゃ」

 

 今まさにその生命が閉じていくエスに、ケイは空しく舌打ちをしただけだった。

 その舌打ちに、今自分達がやっている事への不本意さを乗せて。



『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』



 機械音声の直後、二つの流星がエスを取り囲む“禁字島ニライカナイ”に突き刺さる。

 荷電粒子ビームと“トリニティ”のピラミッドのエネルギーが絡み合い、空間ごと震え出した。

 

 世界が踏み潰されているのかと言わんばかりの、途方もない衝撃。

 それが、辺りの雨水を弾き飛ばす。

 あまりに圧倒的すぎる熱力は雨水と混ざって水蒸気さえ起こし、魔術人形達の視界を奪う。


「ぐ、うう!?」

「何が、どうなっているのじゃ……!?」


 濃い水蒸気に惑わされ、エスを見失いながらも分かる事が三つある。

 一つ目は、“禁字島ニライカナイ”は消えていない事。

 二つ目は、荷電粒子ビームは結局“禁字島ニライカナイ”を削り切る事無く、光を失った事。

 三つ目の事態を、シックスが最初に発見する。





「最適解、変更」


 三つ目は、、最適解と同様にフォトンウェポンを書き換えているという事。

 その落下軌道には。

 エスが閉じ込められている、“禁字島ニライカナイ”の頂点がある。


『Type GUN METAL MODE』


 今度は明確な発砲音。

 先端たる銃口から、荷電粒子ビームでもなければ発行もしない、何の変哲もない“銀の弾丸”を放つ。

 

 荷電粒子ビームと比べても、破壊力は天と地程の差がある。

 荷電粒子ビームの方が、出来る事も多い。

 しかしその利点を一切捨てて放った弾丸を見て、マリーゴールドはハッとして青ざめた。


「あれは……例外属性“焚”を攻略した妙な金属じゃ!」

「なんやと!?」


 とケイが反応した時には時すでに遅し。

 弾丸は“禁字島ニライカナイ”の壁で消滅することなく、ピラミッドの内部に突き刺さった。


 “禁字島ニライカナイ”でも、融解も消滅も出来ない物質が存在した。

 この情報さえフィードバック出来れば、最早クオリアの演算に障害はない。


「エスを包囲する結界の貫通を認識。この物質は有効と判断。――これよりエスを救出する」


 自由落下の速度が落ちないクオリアの手から、5Dプリントの光が展開された。

 クオリアの周りを光がなぞると、フォトンウェポンを構成す支える――例外属性“焚”も“禁字島ニライカナイ”も貫通した銀色の物質が、クオリアの全身に形成される。

 袋にも似た、膜。

 頭から足先まで、銀色がクオリアを包んでいた。


 クオリアの体が“禁字島ニライカナイ”の面と交差する。

 消滅せず、“禁字島ニライカナイ”の中に問題なく入り込んだのだった。


「予測修正、なし」


 膜から出ると、予め身に着けていた“空飛ぶ鎧ドローンアーマー”を起動させ、雨水に覆われた地面を滑空する。垂直から水平へと、運動ベクトルの向きを90度転回させる。

 その向こうには、エス。


 エスが手を伸ばす。

 その手をクオリアが掴み、“禁字島ニライカナイ”の壁へ突っ込んだ。


「エス、動作の硬直フリーズを要請する」

「承諾しました」


 エスを抱きかかえたまま、再度5Dプリントの出力。

 五本の指から発した、蒼白いかそけき光は、その最先端でクオリアとエスの体を再度フォトンウェポンを構成す支える銀色で包み込むのだった。

 

 そして、一つの銀色が“禁字島ニライカナイ”から飛び出る。

 中から、無傷のクオリアとエスが姿を現した。


 即ち、“禁字島ニライカナイ”の収縮から、エスは難を逃れた形となった。


「クオリア、お前は誤っています」


 先程までエスを喰わんとしていた、聳え立つピラミッドを見上げてエスが淡々と口にする。


「私に予め実施する事を伝えるべきです。お前が“禁字島ニライカナイ”の効果で消滅すると、私は非常に不快な想像をしました」

「それならばエス。あなたは誤っている」


 エスの両頬をクオリアが指でつまむ。

 左右に、モチのようにエスの頬が伸びていく。


「コネクトデバイスの応答要請には、返事をするべきだ」

「はい、しかしこの行動は何ですか」

「“怒って、いる”の合図として登録されている」


 淡々とし過ぎて、いつもと同じ過ぎて、周りからは怒っている様に見えない。


「スピリトからラーニングした。更に上位の“怒、っている”の場合、あなたの襟を掴む行為を実行する」


 所謂、“胸倉を掴む”行為である。先程乙女の心を深く傷つけてしまった結果、スピリトにやられた。


「分かりました。反省します。ケイとの対話に、リソースを割きたかったのです」

「……アイナがあなたを心配していました」

「はい、アイナには謝罪します」

「了解した」


 エスの頬から手を離し、アイナに謝罪する前に完結すべきタスクの方向へ目を向ける。エスも同じ方向を見る。

 唖然として立ち尽くしていた、よっぽど人間らしい魔術人形三体を、見つめる。

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