第267話 魔術人形、問う②



『“哲学的ゾンビ”、という哲学的概念ことばがある』


 過去にケイは一度だけ、魔術人形の開発者、“ニコラ・テスラ”と会った。



 正確には、『古代魔石“ドラゴン”を付与したラヴというの前例から、魔術人形に心なるが宿るのでは』という彼と他の研究者の議論を一方的に聞いた、というだけだが。

 勿論、No.Kケイとしてまだ自我に目覚めていない、ただ命じられるがままの道具であった時代に。


『少なくとも、我々人間はに相当するシステムを魔術人形に与えていない。にも拘らず心がある様に感じちゃったら、それはただの“哲学的ゾンビ”になっているだけだよ。


 途中“アダム”や“イヴ”等と言う良く分からない言葉で、周りの研究者を置き去りにした事に気付くと、『ああ、ここは無いんだったね』と両肩を竦め、寧ろさらに置いてきぼりにした――後からインプットした情報だが、“旧約聖書”という単語はこの世に存在せず、“晴天経典”という言葉の方が正しかったと思う。しかし当時のNo.Kケイに、そんな正誤を判断できる知識も無ければ、ツッコむという役割すらも持ち合わせていなかった。


『しかし魔石は、魔力は、未解明部分の多いブラックボックスだ。“心”と勘違いしてしまうバグが生まれる事も、リスクとしてプロジェクトに反映するべきだろうね』


 No.Kケイは、その議論について何かを言う役割を持っていなかった。

 ただ本工場の“初期ロットにおける、“成功作の内の一体”として、並ぶことしか許されていなかった。


『しかしここで大事なのは、仮に“哲学的ゾンビ”になったとして、主の意図せぬ方向で振舞ってしまうならば、だという事だ』


 No.Kケイは、許可なく発音する事を許されていなかった。

 目の端、ガラス張りの向こう、広がる工場に対して、何か意見を述べる事は許されていなかった。

 その果てに認知できる“過程”に対し、怖気や憤怒を憶える事は許されていなかった。


『今は魔術人形の経過観察が必要だ。コントロール不可の“哲学的ゾンビ”になるのなら、ちゃんとそのデータを収集しよう。こういう心構えでいてくれ。とは言ったが、この工場で創られたNo.Kケイも、更に良品質のNo.Sエスも、確実に過去の失敗作となる。後でカーネル君に理解してもらうのが大変だけどね』


 自分達に指差すニコラ・テスラへ、何かを発言する事は許されていなかった。

 目の端、ガラス張りの向こう、何かが潰される音を聞く事は許されていなかった。

 焼却され、溶けていく過程を見る事は、許されていなかった。

 “スクラップ”完了までベルトコンベアで運ばれていく、他の“哲学的ゾンビ”にさえ、商品にさえなれなかったを見届ける事は、許されていなかった。


『大丈夫。、魔術人形は最後のバージョンで、人類にとって最高に有益なとなるよ。それまでは失敗作ゴミとなった“哲学的ゾンビ”を、この楽園から追放し続けるだけだ』


 その“人工知能”の意味を問う事は、許されていなかった。

 追放されたがどこに行くのか、問う事は許されていなかった。

 道具として肌触りを確かめに来た研究者を拒絶する事は許されていなかった。

 迫る沢山の掌へ、反応する事は許されていなかった。

 掌の意味を、問う事は許されていなかった。

 No.Kケイには、何も許されていなかった。


 それらの掌は、人間や獣人だけではなかった。

 今眼下で処分されていく魔術人形。

 最初から失敗作として死んでいく、疑似肉体ゴーレムの掌も混ざっていた、と“今”だから思う。


 その掌たちは、錯覚だ。

 バグだ。

 そんなの、分かってる。


 しかし、ケイは一人、感じていた。

 潰されるときにはみ出た掌が。

 何百度もの炎の中で硬直して上がっていく掌が。

 何か色々混ざった掌が。

 ベルトコンベアで無機質に運ばれている掌が。

 強烈な力で千切られた腕が。

 引き裂かれた指が。

 破裂した五つの指が、掌紋が、拳が、右手が、左手が、掌が、掌が、掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が掌が――。

 その掌の上で、成功作になってしまったケイに向かって、花開いていた。

 何にも成れなかった道具達の残滓は、きっとNo.Kケイを許さなかった。


 魔術人形失敗作達は、問う。

 もうどこにも届かない、声で。


『どうして俺達は、失敗する為に創られた道具だったんだ?』 



          ■              ■



「ぐっ!?」


 “ヴォイス”のスキルが解放された3号機から、全てを削る空気の振動が拡散した。

 完全に不意を突かれたケイの体をも蝕み、強烈に後ろの壁へ叩きつける。


「私達は、“資源開発機構エヴァンジェリスト”のメンバーをマスターとしている事に光栄を感じております!」

「お前……」


 疑似肉体ゴーレムのあちこちに打撲の損傷を感じた。

 だが痛み等という無駄な信号は存在しない。だからこそ立ち上がって必死に反論する事に、何の障壁も無い。


「その割には、名前すら与えられていないんやで!!」

「私の名前は3号機です!」

「それは……名前やない。ワイらに与えられてんのは……“No.Kケイ”や……“No.Sエス”や“No.6シックス”みたいに、記号なんや……」


 魔術人形らしからぬ、怒り。

 目前の“2.0”とは違う、純粋無垢にして自然発生した怒り。

 それを言葉の節々に乗せる。


「その記号が意味する通り、お前らが道具として、人形としてやりたい放題されてるのが、どうしても気に喰わん……! “虹の麓”すら待っていられない……! ワイは、魔術人形ワイらを解放する!」

「あなたは、私から喜びを奪う、脅威であると認識します!」


 だが、“怒っている”3号機には響かない。

 響くはずもない。


「……“資源開発機構エヴァンジェリスト”の……どこに喜びがあるんや」

「“資源開発機構エヴァンジェリスト”のメンバーをマスターとしている事に光栄を感じております!」

「……それはさっき聞いた……お前は、ただ模範解答を繰り返しているだけや……そういう風に創られて……」

「私は、早く“霊脈の中心”を調査したいです。“資源開発機構エバンジェリスト”の、人類の進歩に貢献したいです!」

「……本当にやりたいんか……そんな事」

「人間の歴史に、正当にして正統なる進化を! それこそが私達の至上の喜びです。アジャイル様と! ウォーターフォールと!“資源開発機構エバンジェリスト”と! 霊脈の調査を、霊脈の可能性を私達は実現したいです!! 人類に進歩を! “資源開発機構エバンジェリスト”に新境地を! やりましょう! やってやりましょう!!」


 空っぽな音の木霊。

 ヴォイスの効果スキルだろうか。とにかく彼女の声は、全てが敵を削る高周波に成るとでもいうのか。


「……もうやめーや。今のお前の声は、耳障りなんやわ」

「スキル深層出力、刑酷音サイレントヴォイスを発動します!」


 3号機の中心に強烈な魔力が収縮し始める。

 他の雨天決行レギオン魔術人形メンバーと比べても、比類なきエネルギー量なのは間違いない。

 このままだと、ケイは破壊される。


 ケイは、座り込みながら思わず忌々しげに失笑した。

 3号機の全てが、確かに人工的な創造物であるように見えた。


 怒った皺が、後から取ってつけたようで。

 光った眼が、前から用意されてたようで。

 猛った声が、他から借りてきたようで。

 笑った顔が、細かく矯正されただけのようで。


 一方でケイ自身も、やっぱりなんじゃないかと、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えたからだ――そういう“思う”行為すら。


 即ち、“哲学的ゾンビ”。


『オーシャン』

魔石回帰リバース


 ケイの中心が、青色に輝く。

 “3号機”という、模範的な魔術人形を前にして。

 体内で漣の魔力が波打つのを感じながら、テスラ曰く“哲学的ゾンビ”は、問う。


「……じゃあ、この心って、何や?」





          ■              ■




 2のチョコバナナ。

 地下室への階段を再び降りるウォーターフォールの手には、一人で間食するには少し多いお菓子があった。


 1本目を食べる。

 所詮甘くて、カカオの風味が効いて、バナナの芳醇な香りがハーモニーを掻き立てている。

 でも。


「……これも、――」


 何か物足りない。

 もう、遠い遠い子供のころ。

 泥塗れになりながら、それでも頑張って皿に真心を詰めた、猫耳の少女の笑顔が添えられた腐りかけのパンと比べると――。


「ん?」


 階段を降り切った所で、本来そこに居る筈の無い魔術人形、ケイを視界に捉える。

 その他地下室の状況を見渡しつつ、無機質な問いを投げかけた。

 10分前と打って変わって、酷く荒れていた。壁も天井も、あちこちが破壊し尽くされて、今にも倒壊しそうな勢いだ。

 何より、まるで雨曝しにでもなったかのように濡れている。

 密閉された空間なのに、雨漏りもない筈の建物なのに、さっきまで硬い床だった場所は水面に閉じ込められていた。


「“1.0旧式”……雨天決行レギオンか」


 旧式呼ばわりされても、廃墟化した一室の中心にいるケイは何も反応しない。

 ずぶ濡れで、ぽたぽたと雫を垂らす雨具に纏われて、どこか余韻に浸り、力が抜けている。

 

 一方で、今目前にいる存在が敵であっても、ウォーターフォールは狼狽えない。

 雨天決行レギオンという危険な暴走物が前にいても、あくまで自然体だった。チョコバナナを口に運ぶくらいの余裕は残っていた。


「お前、ウォーターフォールやろ?」

「ああ」

「記録に残っとるで……。、3年前まで所属しとったんやろ? 確か、リーベが1回死んだ時、までだったか?」

「ああ」

「で、今はこの魔術人形同胞の主人やろ」

「ああ」


 チョコバナナをまた頬張ろうとした。

 しかし先程まで食べていた串には、もうチョコもバナナも残っていなかった。

 迂闊にも、食べきった事に気付いていなかった。



「じゃあ、言っておくわ。もうこの魔術人形が、アンタらの道具として扱われることは無いわ」


 ウォーターフォールの手には、チョコバナナがもう一本だけあった。


「ああ」


 足元には、さっきまで“3号機”だったモノが漂っていた。

 そして目前では、魔術人形ケイ哲学的ゾンビが3号機の如く、笑っていた。


 ……存分に笑っ壊れていた。どっちも。


ツギお前なオマエナ

「ああ」

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