第268話 魔術人形、問う③
「ほんま、この“3号機”とやらが、戦闘経験が不足していて助かった。単純な馬力なら力負けしとったからな」
“3号機”は、綺麗だった。
損傷部分と呼べる個所は、擦り傷のような軽微なものを除けば、一か所しかない。
それ以外は、綺麗だった。
ただただ、何も無い天井を仰いでいた“3号機”の顔は綺麗だった。
濁った水面を見下ろす、やりきれないケイの笑顔とは違って。
「……さあ、獣人。試しに命乞いってのをしてみいや。人間には心ってもんがあるから、出来るんやろ」
「……」
ウォーターフォールは無事だった椅子に腰かけつつ、先程から力なく相槌を打つだけだった。偶に3号機の残骸を見つめる。
主人である“
ぽっかりと背中まで貫通していた穴には、確かに“ヴォイス”の人工魔石があった筈だ。
ウォーターフォールは直ぐに見つけた。丁度椅子の近くに、人工魔石の破片が沈んでいる。
修復は、無理だ。
そう悟った上で、ウォーターフォールは命乞いではなく――溜息を深くついた。
「理由は聞いても……無駄か。壊れてるもんな、お前」
「……なんやと」
「お前が壊れてんのはどうでもいいんだが、人様の財産を壊してんじゃねえっつってんだよ。そいつ手に入れるのに、どんだけ俺達が
「……ほーら。見たか、“3号機”とやら。あんさん、買える物扱いされて悔しくないんか?」
ケイの皮肉めいた笑いにも、“3号機”は反応しない。
勿論、こんな虚しい問いに“3号機”は回答しない。
寂しい時間が刻々と過ぎていく内に、ケイは更に引き笑いを重ねていった。ありのままの笑みがまるで禁則事項かのように顔を一度掌で覆い隠して、尚も笑い続ける。
だが、水を司る“オーシャン”の魔石を後生大事に胸に抱えているにもかかわらず、一向に瞼から涙は出ない。
「これが魔術人形の宿命だ……当たり前の様に創られ、当たり前の様に買われ、当たり前の様に道具として扱われ、当たり前の様に壊されて、当たり前の様に代替品がまた創られてく。そやろ、ご主人様」
話を振られたウォーターフォールは、駄々っ子の大人を見た様にフッ、と鼻で笑うだけだった。
「宿命なんてモンすら無えよ。お前にあるのは暴走だ。単に魔石と
ケイがウォーターフォールを指差す。
その先端に、超高水圧の
発射。
だが直前でウォーターフォールが椅子ごと後ろにひっくり返る。結果、放たれた水球は壁に激突するまで何も破壊することは無かった。
「あっ、やべ」
だが、かわした際に2本目のチョコバナナを落とした事に気付く。
じんわりと、水に触れた部分のチョコが分解されていく。
すぐ隣に、3号機の顔があった。だがそのチョコバナナに目を向ける事も、もうない。
「……」
「なんや。商人の割には動けるんやな」
「昔はヤンチャだったもんで。てか、事業家な」
適当に返事しながら、3号機とチョコバナナを交互に見ていたウォーターフォールに、再び“オーシャン”の魔力を集約させた指先を向ける。
「が、
「で? お前は何がしたいんだ?
「これは
「は?」
「ま、最悪、人類滅んでもエエかもしれんな……ま、現実的やないけど」
自分が何を言っているのか分かっていない。
そう指摘されてもおかしくないくらいに、今のケイの表情はとかく壊れていた。
「どっちにしろ、
「道具として扱えないお前らに、存在価値はねえよ」
「そうや、魔術人形が不要な世界にするんや! “虹の麓”を創れば!
連れて行きたかった。
ケイの口から、沈黙に等しい声が滴る。
もうスクラップになるしかない、“3号機”に叶わぬ願いを言い残す。
「そしたらワイらも……“哲学的ゾンビ”やないって……命持ってるって、胸張って言える……」
下におろしたままの左手で、強く握りしめる。
前に掲げた右手に、殺意を堆積させた“オーシャン”のスキルたる水球を最大限に集約する。
「だが……“雨天決行”するまでに、“虹の麓”までに、ワイとて“救える”魔術人形は救いたい……魔術人形を道具としてしか見ない“
「魔術人形の製造責任者はカーネル公爵で、開発者は“ニコラ・テスラ”で、その大締めはヴィルジン国王なんだがな」
「知ってる。“ニコラ・テスラ”は特に……そいつらもワイが贖わさせたるわ」
「……やっぱカーネル公爵から聞いた通り、お前らは失敗作という事か」
「その減らず口から、死人に口なししたるわ――!」
ケイの怒号。
しかしウォーターフォールは構わず、左袖を捲る。
スーツに良く似合う、時計盤が備わった腕時計。その盤面に指をトン、トンと当てる。
『“デバッグ”』
その腕時計から、あらかじめ用意されていたような声がした。
「
ウォーターフォールが唱えた辺り、
何かは知らないが、“スキル”が飛んでくる。
しかしそれなら、先にスキルを出しているケイの方が有利だ。
装填は完了した。今度はウォーターカッターにして線で斬り続ければ、如何に獣人として動きが良くとも逃げられる道理は無――。
「あれ?」
と、皮算用を繰り広げていたケイの前から、水球が消失した。
否、スキルを維持できず、ただの水となって零れ落ちた。
「何を、した……!?」
力が抜ける。
ケイの膝が床に着いた。
立ち上がる事すら、困難だ。
体だけじゃなく、魔力もおかしい。
水を司る魔力が、人工魔石“オーシャン”から全く供給されない。
「スキルが……使えへん……!?」
「魔導器“
息を詰まらせたように小刻みに呼吸をしながら、ウォーターフォールの腕時計を見た。
ただの白い平面にしか見えない、時を刻む絡繰にしか見えない。
「魔導器やと……?」
「何を意外そうな顔をしている。ちゃんとアカシア王国お墨付きの正規品だよ。まだ試作品なんだがな」
“
魔導器ならば、間違いなく人工魔石が備わっている筈だ。
だがその文字盤のどこにも、人工魔石なるものを認識出来ない。人工魔石“デバッグ”らしき宝石が、どこにも見当たらないではないか。
「どこに、何の魔石が……!?」
「“魔石”って言葉に引きずられてるな。この腕時計の文字盤は、その人工魔石“デバッグ”を加工して創った物だよ。お前の胸の“オーシャン”みたいに、
何も人工魔石だからと言って、宝石の様に輝いていないといけない訳ではない。魔導器だからと言って、武器の形をしている必要も、これ見よがしに魔石らしきものをくっつけている外装である必要も無い。
「“デバッグ”の
「だからか……さっきから力も入らんのは……」
やはり、人工魔石“オーシャン”が反応しない。
圧殺可能な深海の塊が、目前に発生しない。
魔石を構成する、魔力の無効化。
魔術人形とって、胸の人工魔石は心臓そのものと言ってもいい。その要たる人工魔石が強制的に魔力不全に陥ってしまったら、当然の如くスキルも使えないし、歩く事さえ満足に出来ない。この状態が続けば永遠に機能停止する事だって考えられる。
「お前ら
「ぐっ、ぐううううう……」
「無駄だっての」
ナイフを取り出しながら、ウォーターフォールが近づいてくる。
ケイは何もできない。立ち上がる事さえ出来ない。
壊されると分かっていても、抗う事さえ許されない。
若干苛立った獣人の顔が間近に迫っても、逃げる事さえ叶わない。
「王都では随分と“蒼天党”の
「へ……」
ふと一ヶ月前、ディードスに“扱われていた”時、蒼天党の獣人を追ってロベリア邸に来た時があった。
あの時は、クオリアが自分を無力化する事で事なきを得たが――あの時、万事休すといった状況に追い込まれた獣人の気持ちが分かった気がする。
「魔術人形は
そんなフリだけでも、出来た気がする。
しかしナイフの刃に映ったケイ自身の顔は、そこまで恐怖に満ちていなかった。
人間のフリから解放されるなら、それも一つの安息に感じる。
「……あの世じゃ、魔術人形はどんな扱いを受けるんやろな」
「あるわけねえだろ。魔術人形に天国も地獄も」
ただ人工魔石を剥がして無力化するのが目的だったのか。
あるいは、ただ憂さを晴らしたくて
一切分からない凶刃が、ケイの下へ振り落とされた。
『ガイア』
「
地下室の壁が、変形した。
一点だけが餅のように伸びて、一気にウォーターフォールの右手を穿つ。
弾かれたナイフから、ケイの視線が逸れる。
隣にいつの間にか到着していた、黒髪のあどけない少女へ釘付けになる。
「エス、なんで、お前……!?」
「ケイ、お前を救出します」
同じ工場から創られた二つの“
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