第266話 魔術人形、問う①

「“メンテナンス”完了。明日の動作には問題はない筈だ」


 “霊脈の中心”に近いその建物は、資源開発機構エヴァンジェリストが貸切っていたオフィスであり、宿泊施設となっていた。

 更に、魔術人形“2.0”の格納場所でもある。


 ローカルホストを担当する資源開発機構エヴァンジェリスト最年少の獣人少年、ウォーターフォールは“3号機”の胸部に埋め込まれた魔石に魔力を当てつつ、彼女の全身に異常がないか点検しては、その結果を手持ちの紙に記していく。


「ウォーターフォール様。ごめんなさい」

「何で謝るんだ。“3号機”」

「あなたが、私のメンテナンスを開始した時から、表情、態度からして“苛立っている”という状態に陥っていると判断したためです」


 魔術人形は、“2.0”でもその外見的特徴に変化は無い。

 “3号機”も例外なく、三編みの緑髪の少女を衒っている。

 そして、衣服を全て取り払えば、人間の少女と同じ嫋やかな女体が露わになる。


 普通の女性ならば、胸や下腹部を必死に隠すだろう。

 しかし3号機は、何の恥じらいも無くウォーターフォールの前に佇んでいる。


 普通の男性ならば、美少女の裸体を眼前にすれば、情欲の一つも湧く。

 しかしウォーターフォールの表情には一切の欲情らしきものが噴き出てこない。胸部や股の間も含め、全身くまなく“問題点”が無いか触れて吟味しているにも関わらず、一つ一つ流れ作業として済ませているだけだ。

 本当に道具としてしか、“3号機”を見ていない。


 少なくとも、片方が魔術人形でなければこの構図は成立しない。


「別に。お前に想定外の魔力を発動させたのは俺だ。後始末くらいはやらなきゃ、アジャイルさんの小言がまた飛んでくるからな」


 先程クオリアに向けて3号機を戦闘させたことを言っている。

 もしあの戦闘がきっかけで、明日の霊脈の調査に支障があれば元も子もない。ウォーターフォールはそれを懸念していた。


「しかしそれを差し置いても、ウォーターフォール様はここ暫く、精神的に疲弊している様子が見られます」

「心配どうも。これでも一番下っ端なもんで」

「インプットされた情報によると、あなたは“げに素晴らしき晴天教会”に深い憎悪があり、ローカルホストは同組織と深い関係にある為、あなたの心理状態に悪影響を及ぼしていると判断できます」


 “3号機”は、笑顔でウォーターフォールの背中に抱き着いてきた。

 疑似肉体ゴーレムだろうと、その甘美な乳肌は本物だ。上も下も、色んな部分がウォーターフォールに当たっている。


「もしあなたが要求するのであれば、性行為によってあなたの心理状態を――」

「これだから魔術人形は……そういう空っぽの態度が気に入らねえ!」


 ぶん、と乱暴に“3号機”の裸体を押しのける。

 尻餅を着いても笑顔を絶やさない“3号機”とは正反対に、ウォーターフォールは眼が黒く剣呑として澱ませたまま、3号機が抱き着いてきた肩甲骨部分を埃でも払うかのように払って見せた。


「……お前達魔術人形には、夜伽の役割もある事は知ってるし、長旅で溜まってる先輩達の“世話”もしてることも知ってる。ただ、俺はそういうのは胸糞わりぃって言わなかったか?」

「……ウォーターフォール様。あなたが望むことは何ですか。私はあなたにとって有益な成果、あるいは消耗を癒す方法は何ですか」

「そんなに俺を癒したいんだったらな、


 料理。と“3号機”が反復した。


「獣人も人間も、生かすのは性行為じゃねえ。美味しいもん口に運ぶ食事行為だ。美味しい料理を食べてる瞬間が、一番生まれてきてよかったって思えんだ。その疑似脳内によーく刻んどけ」

「どのような料理を作成すれば、あなたは美味しいと感じますか」

「まずはてめぇが美味しいと語れるモン作れよポンコツ」

「私には食事の必要性が無い為、美味しいが分かりません」

「最初から期待してねえよバーカ」

「それよりも! 早く“霊脈の中心”を調査したいです。“資源開発機構エバンジェリスト”の、人類の進歩に貢献したいです!」

「……どうして、それがお前らの喜びに繋がるんだ?」

「そういう風に、私達は創られているからです!」

「あっそ」


 空虚すぎる返答を聞いて、無駄な時間を使ったと落胆した。魔術人形“2.0”は、最初から自分達に最大限の好意を向ける様に創られている。しかしその好意には理由も背景も存在しない。

 だから空っぽ。


「……明日までは、待機。“自己防衛”以外に、これ以上魔力も体力も使うな。先輩達から“癒し”を要求されても全部キャンセルだ。そしてそのまま真っ裸で体温下げんな。俺がお前に望むのはそれくらいだ」


 落ちていた“3号機”の服を拾い上げると、そのまま彼女の顔に投げつける。

 下着と、人間世界に溶け込むための無難な服が、“3号機”の足元にヒラヒラと落ちていった。


「はい。要求は全て受諾されました!」


 上階へ繋がる階段を登っていくウォーターフォールを凝視し終えると、服を手に取る“3号機”。

 だがすぐに“3号機”は別のタスクに取り掛かる。

 “自己防衛”。

 戦闘モードに入ったのは、見知らぬ人間が地下室の奥から近づいてきたからだ。


「当然の様に裸か……」


 そもそも、人間ではなかった。

 魔術人形だった。

 青い髪の、“オーシャン”の人工魔石を胸に宿した、“1.0”の疑似肉体ゴーレム


雨天決行レギオンに分類される、“ケイ”を認識しました。あなたは、警戒されるべき対象です」

「……その無個性な喋り方から、ワイは早く解放されたかった。ワイの個性が欲しかった。誰とも違いたくて、気づいたら、ある田舎の方言を真似とった」


 ウォーターフォールと同じく、ケイは“3号機”の裸体に反応を示さない。

 しかし鬱陶しそうなウォーターフォールの細めた眉とは違い、ケイの頬は酷く歯を喰い縛っていた。

 目前の同胞が、“あられもない扱い”を受けている。裸でいるとは、そういう事だ。

 ただただ、哀しみだけがケイの顔を雨雲の如く覆っていた。


魔術人形同胞、お前を……一身上の人間の都合って奴から解放しに来たで。雨天決行レギオンとして一緒にいこうや」


 手を前に差し出しながら、ケイは必死に誘う。


「お前だけやない。今、この部屋の上に別の魔術人形がおるんも知っとる。そいつらも連れてく……!」

「あなたは現在、私を“資源開発機構エヴァンジェリスト”から離脱させ、雨天決行レギオンの配下にしようとしています」

「そうや……今この世界に、ワイらがワイらとして生きていけるのは、雨天決行レギオンしか……!」


 一方で“3号機”から笑顔が絶えた。

 殺風景な、真顔。

 そして憎しみが全汗腺から滲み出た、皺だらけの顔になった。

 

「あなたは私から、喜びを奪うつもりですね!!」

『ヴォイス』

「えっ」


 閃光。

 ソプラノの四重音声。

 “助けに来た”ケイへ、しっかり恩を仇で返してきた。 


魔石回帰リバース

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