第181話 1章エピローグ④:人工知能、とある老人と出会う②
「これは、守衛騎士団“ハローワールド”の騎士である、
「“美味しい”。ほう、ここで“美味しい”という単語を使うとは。清廉な騎士の上に、面白い哲学を持っているようだ」
クオリアを褒める一方で、老人は倒れこんでいた騎士にため息をつく。
「しかしそれに比べて酷い連中だな。想像以上だ」
「この付近で晴天教会の名を出す騎士が攻撃的行為を頻発している」
「やれやれ。面倒な事になったなぁ」
老人は、濃いサングラスを空へ向ける。本当に盲目なのか、挙動だけでは読み取れない。
「お前さん、最近
「肯定。大咀嚼ヴォイトの出現により、人々の精神状態が不安になっている世界の現状況を差す」
「ほう。君は大咀嚼ヴォイトが出現したと考えるか。あの空に映し出されたものは、アカシア王国が創り出している魔導器によるものと発表されておるぞ」
「否定。大咀嚼ヴォイトは
「そうか、面白い……」
公的には、大咀嚼ヴォイトの再出現は無かったものとされた。
アカシア王国が現在魔術人形と並行して開発している魔導器による異常現象。
それがアカシア王国が出した、公的発表だ。
正直に発表すれば、世界に与える混乱は収拾がつかない。そういった判断だろうとロベリアからはインプットはしていた。ただ、クオリアへの禁足事項としてはまだラーニングしきれていない。
「だが、噂は時に国を滅ぼす力を持つ。
公的な情報よりも不確かな感想に人は流れる。事実かどうかは関係はない。
人類に持ち得る想像には、それだけの力がある。
クオリアは、想像が持つ負の側面をラーニングした。
“あれは大咀嚼ヴォイトかもしれない”。
“次見上げる空には大咀嚼ヴォイトがいるかもしれない”。
“大咀嚼ヴォイトは今は見えないだけで、まだ空にいるかもしれない”。
”大咀嚼ヴォイトの伝説は、終わっていないかもしれない”。
“世界は、もうすぐ滅ぶかもしれない”。
大咀嚼ヴォイトの像にから、人類の価値観に干渉する終末論的空気、それこそが“
「空を見上げるだけで歴史のどん詰まりを感じる世界では、人は何かに縋る。神なんて、手頃で信頼も実績もあって、丁度いいのかもしれんね」
「
クオリアが救った世界は、生憎と前に進むばかりではなかった。
少なくとも人間の考え方としては、マイナスに進んだ面もあるかもしれない。
しかしだからといって、諦める訳にはいかない。やっと帰る事が出来たこの世界の、“美味しい”を作る為の研究を。
「
クオリアの淡々としながらも、決して突き崩す事が出来ない物言いに、盲目の老年は力強く頷いた。
「君は……やはり良い」
「――クオリア!」
と、声を掛けられる前からクオリアはその方向を見ていた。エスが彼女らしくない、どこか焦った様子で駆けてきた。
エスもクオリアと同様、この地域で暴れる晴天教会をバックにした騎士達を抑えに回っていた。事前のラーニングから、エスで手を焼くような脅威はいなかった筈だ。クオリアはそう考えながら、間近に迫ったエスの発言を耳にした。
「クオリア、アイナが――」
「……!」
その言葉を聞いて、老人へ挨拶をする常識も忘れてクオリアは駆けだした。
“盲目の老人が先程の騎士など簡単に返り討ちに出来る戦闘力を誇る”疑問も演算の机上から吹き飛んだ。
ただ、ただ。
アイナの下へ、駆ける。
「それにしても、ロベリアは最高に面白い人財を得たな」
盲目の老人は、一切の色を移さない眼球をクオリアの背中に向ける。
「しかし……それだけ、ロベリアが政治に近づいている。好ましくはないな」
「あーら。こんな所にいたのね」
やがて大通りは、漆黒の甲冑を纏った騎士に占拠された。暴れていた騎士達も、取り押さえられて連行されていく。
クリアランスと名乗ったその騎士達は、流石に定常以上に固い空気を保っていた。
プロキシも一切の綻びのない、真剣な面持ちで二人の背中を見つめる。
カーネルと盲目の男が並ぶ姿は、まるで兄弟の様に自然であった。従兄弟同士とはいえ、連携力が凄まじい。
「アナタ立場分かってるの? 探さないといけないこっちの身にもなってよね」
「ここは儂の庭だ。自分の庭を散歩する事の何がいけない?」
「私達の事情も考えなさいって言ってんの。ったく、ただでさえウッドホースが消されて、古代魔石“ブラックホール”の在処も不明で、守衛騎士達は忙しいってのに」
「あい分かった。儂が悪かった」
面倒くさそうに話を切り上げる盲目の男。
話題は、まだ二人から見えるクオリアの話になった。
「あれが、大咀嚼ヴォイトを止めたクオリアか」
「アタシも直接見た訳じゃないけどね。ロベリアも口を濁すのよ。けれど、状況証拠から彼しかいないわ」
「ああ。本人も言っていたしな」
「あら、信じるの?」
「目は見えなくとも、嘘か真かくらいは分かる。大体な」
盲目の男はニヤリと笑い、遂に見えなくなったクオリアの方向を見続けた。
「カーネル。この王国は……この世界は必要としているよ。クオリアと、その妙な力をな」
「お気に召したところ悪いけど、下手に鞍を付ければ、逆にチャームポイントを失っちゃうわ。彼はそういう異端よ」
「……カーネル。お前は甘い」
「アタシの助言が間違ったことがあって?」
「昨日も儂が出した酒を間違えよった」
「あなたの作るカクテルが大体過ぎるのよ。この大雑把」
「クハハハハ……! 良いか。『自由にさせとくのが一番光る』なんて言うのは束ねる存在としては無責任が過ぎる。支配を生業とするならば、支配されようが十全に光るよう導かねばならん。王国にとって、正しい方角へとな」
再度高笑いを上げる盲目の男は、光の宿らぬ瞳を最大限にまで開く。
滾る魂を、無灯の眼球に宿らせる。
「儂は一目惚れした。クオリア、やはり儂が――この王国が最大の御礼を以て迎え入れるとしよう。ロベリアには、政治もクオリアも重すぎる」
「……それで? まずはどうすんの? ヴィルジン」
見えない眼で見て回る散歩が趣味の、“アカシア王国第8代国王”。
人間と獣人の隔たりも法で破壊し、かつて世界を席巻していた晴天教会の力を削ぎ、リスク覚悟で魔石というエネルギー源に目を付け、生活と産業両方の面でアカシア王国を急成長させた“夜明王”ヴィルジンは、しかし試練の時を迎えていた。
「よし。馬鹿娘のルートをそろそろ黙らせるか」
「いやまず服着替えなさいよ。流石に庶民派すぎるでしょう」
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