第127話 人工知能、『PROJECT RETURN TO SHUTDOWN』の全貌を語る①

「とりあえず第零師団はカーネルおじさんに引き渡して来たよー。これでトロイに罪在りは確定だね。トロイが滅びる理由が出来上がった訳だ。これでカーネルおじさんも公的にトロイを潰す方向で動ける」


 その言葉を、親友の眠る標にもロベリアは語っていた。

 夢へのハードルを一つ乗り越えたかのような後姿だった。


 呼び出されたクオリアは、凝ったように肩を揉みながら座り込むロベリアをラーニングする。

 十字架からクオリアへ目を移した彼女は、雰囲気には出さないが相当疲労しているようにクオリアには見えた。 

 

「あなたの両肩の動きの規則性に、微細ながら乱れが生じている。外からの指圧で両肩に刺激を与える事で改善されると認識する」

「あ、じゃあ揉んで揉んでー! 助かるー」


 後ろからクオリアがロベリアの両肩に指圧を与える。ロベリアの肩部の肉体構造はラーニング済みだ。的確な指圧がロベリアの疲労を襲う。


「んあ、んあ……絶妙な、加減です、んなぁ……」

「しかし先程カーネル公爵おじさんからインプットされた情報では、ウッドホースの位置は不明であると登録されている」

「第零師団がやられたと知って、上手い事雲隠れされたね……ウッドホースに向けた監視部隊は全滅していたし」


 カーネルやロベリアも、それを分かっていたからこそ手は打っていた。

 しかし――トロイと同数いる筈の監視部隊は、一瞬で壊滅していたという。

 それも街中で、音も無ければ、壊滅した時間も無く。ほぼ一瞬だった。


「第零師団は魔導器を装着していた。だとしたら、ウッドホースも同じように魔導器の準備はあったのかもしれない。監視部隊の全滅っぷりを鑑みると、力に手を出しているとしか思えないのよね」

「仮説。魔導器の材料として、古代魔石“ブラックホール”を利用している可能性がある」

「……それ、中々最悪だよね」


 ロベリアが体育座りになって体を丸めた。項垂れる声もセットだ。


「現在発見されている中でも、謎が多くて、かつ危険度がトップクラスに高い魔石だからね。あれ。古代魔石“ブラックホール”の研究は終わってなかったけど、使いようによっては、

「……大きなリスクを認識」


 過去に古代魔石“ブラックホール”をハッキングした際に、発動した時の脅威レベルについてはラーニング済みだ。あの小さな状態で、アカシア王国を吹き飛ばすレベルの超重量を発現させたのだろうから。

 しかしあの古代魔石“ブラックホール”が元の大きさのままだった場合の脅威については未知数だ。結論を出すには、クオリアにはまだインプットが足りない。


「でも、第零師団の連中も古代魔石“ブラックホール”の場所までは知らなかった。多分ウッドホースと第零師団は前々から反目し合ってて、ウッドホースもそのクリティカルな情報は共有していなかったんだと思う」

「提言する。蒼天党とトロイの間者ハブの役割をしていたバックドアという個体が、情報を持っている可能性がある」

「うん。ウッドホースを探す以外に、そこから切り込んできた方がよさそうだね」


 ロベリアは一人、それでも思案を続ける。


「……しっかし、こうも見つからないとはね……最悪、“ダンジョン”かもしれないわね」

「説明を要請する。ダンジョンは魔物が多く位置する場所であり、古代魔石“ブラックホール”を隠匿するには不適合と判断する」

「そうなんだけど、ダンジョンにも種類がありまして。取れる資源も少なくて、跋扈する魔物も危険度が比較的低いところもあるのよ」


 それでも基本的には立ち入り禁止区域指定なんだけどね、とロベリアは補足した。

 ダンジョンの種類は様々だ。今は昔伝説の存在が大いなる力で作り出した建造物もあれば、自然によって自然に出来た深き洞窟も存在する。 

 なんにせよ、地下奥深くに隠された場合は探知機レーダーシステムでも発見できない可能性がある。ダンジョンは地層という探知機レーダーシステムには厄介な壁がある上、深さは即ち距離だからだ。


「どっちにしても、そのバックドアかウッドホースをとっとと探さなきゃね。王国外に逃げている可能性もあるけれど」

「肯定する」

「でも、ようやく尻尾は掴んだ……第零師団に狙われた時はどうなったかと思ったけど……」


 クオリアが掴んでいた両肩が、震えていた。

 ロベリアを見ると、丁度頭を垂れていた。


「怖かったなぁ……本当」


 前髪や、横髪に隠れたロベリアの顔は見えない。

 今ラーニング出来るのは、肩を揉んでいたクオリアの手を、ぎゅっと握りしめる感覚だけ。


「スピリト、死ぬと思った」


 自分が狙われた事に対する恐怖もあっただろう。

 しかしロベリアの口から発されたのは、自分の事ではなかった。


「スピリトって本当に無茶するから。私の事なんか放っておいて、逃げてほしかったんだよ。そんな覚悟なら、スピリトを護衛に置くなよって話なんだけど、さ」

「……」

「あの子がどこかに行くのが怖い。ラヴみたいになるのが怖い。クオリア君、お姉さん、ちょっと過保護なんかね」


 金髪のカーテンから現れたロベリアの顔は、困ったように笑っていた。

 クオリアはそれを見て、人間としての不器用な言葉が溢れた。



「“だい、じょ、うぶ”?」



 ぽかんとするロベリアを見て、クオリアは言葉を間違えたとフィードバックする。

 しかし今はそれは重要な事ではない。リーベとエスに看られているアイナを思い返しながら続ける。


「人間は、信頼度の高い個体を失うリスクに、大きく反応する。あなたはラヴという個体をロストしており、このリスクを無視出来ない。だからあなたが、スピリトを失うリスクを重要視する事に矛盾はない」


 かつてアイナに向けた言葉を、今度はロベリアとスピリトにも応用してみる。


「あなたとスピリトは家族だ」

「ぷはっ」


 突如ロベリアが噴き出した。それをクオリアは非常事態と判断し、ロベリアの顔を覗く。


「あなたの呼吸機能に異常を認識。早急な処置を――」

「違う違うって。ごめんごめん、何かやっぱクオリア君面白いなってさ」


 覗いたロベリアの顔は、何かから解き放たれたように本当に笑顔になっていた。

 検出できる“美味しさ”が多くなっていた。


「クオリア君ってさ。本当に人に寄り添うの得意だよね、自分に寄り添うのは苦手なくせに」

「……」


 意味のローディングに時間をかけていると、視界に移ったロベリアの顔がちょっと傾げた。


「ありがと、クオリア君。なんかお姉さん、元気出たぞ」

「……」

「だから私は、クオリア君にも元気になってほしいな。だから私は君にハローワールドの役割を押し付けてばかりじゃなくて、君からも話を押し付けてほしい。お姉さんには知る義務があると思うんだ」


 スピリトが様子を見に、二人がいる十字架に訪れたのは丁度その時だった。


「今君は、体はどうなってるの? 兵器回帰リターン機構って何? シャットダウンって何?」


 ロベリアの質問に、加えてスピリトが改めてクオリアに尋ねた。


「君は、どうなっちゃうの?」


 クオリアは質問に回答する。

 0.1%のみ試験的に発動したフィードバックから、“PROJECT RETURN TO SHUTDOWN"の末、クオリアがどうなるかを。

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