第57話 人工知能、オカマの貴族と話し合う③
時間が止まったかのように、皿が割れようともアイナはその場に固まったきりだった。
蒼天党、リーベ。その二つのワードが、さながら大容量のファイルの如く少女の華奢な体をフリーズさせていた。
「説明を要請する。アイナ、あなたの挙動に乱れが生じている」
「えっ、あ、も、申し訳ございません!!」
クオリアが声をかけるとようやく自分の置かれている状況に気付いたらしい。
ロベリアもすぐにタオルを持ってきて、アイナがそれを手に床を拭いては割れた破片を拾い集める。
だがアイナよりも先に破片に手をやったのはカーネルだった。
「おっと。下手に拾うと怪我するわよ」
「あ、あの、申し訳ございません!」
「いいのいいの。なんだか驚かせちゃったようだし」
そう口にしながら、ひょいひょいと拾い上げていくカーネルは一方で、佇むクリアランスに怒号を挙げる。
「ってちょっと! あんたらは何で手伝ってないのよ! 家事は女が全部やればいいとでも思ってんの!? 女には優しくしなさいといつも言ってるでしょうに!」
「あっ、すんません!」
怒鳴られたクリアランスも掃除に参加する。
ようやく破片やタオルを焦るクリアランス達にもっていかせた所で、未だに顔を青ざめさせていたアイナをカーネルが一瞥する。
勿論鋭利な鷹の如き目線は、その気配を逃さない。
「……で? 蒼天党に何かあるのかしら。リーベはお知り合い?」
表情が再び固まったアイナの前に、クオリアが割って入る。
一回り以上背丈に違いのあるカーネルを、澄んだ瞳で気兼ねなく見上げる。
「あなたがアイナの脅威になる可能性を確認」
「別に取って食いはしないわよ、話聞くだけ」
クオリアの言葉もかわして、青ざめた顔に尋問を始める。
「例えばアイナちゃん。あなたは元蒼天党の獣人で、兄の名前がリーベだった……とかじゃない?」
アイナが図星を突かれたようにカーネルを見上げる。
図星だ。その場にいた誰もが、そう確信した。
「アタシ昔から当てるのが得意なの。恋の気配と、敵の裏側って奴」
「どうなの? アイナちゃん」
ロベリアの後押しもあって、ようやくアイナは決壊するダムの様に、過去を話し始めた。
「……確かに私は、子供のころ蒼天党という所にいました。そして、リーベという兄がいました」
「へぇ」
「でも、私の知る蒼天党はこんな暴動を起こせるような規模では無いですし、何より……兄は死んでいます……だって……だって」
色が褪せ、瞳が揺れるアイナの手をクオリアが掴む。
「アイナ。それ以上の発言は、あなたに有益でない可能性がある」
「……私の……前で……頭を……落とされて……」
「それは、ご愁傷様」
感情が濁流に呑まれたかのように、アイナの膝が床に着く。
涙の筋から伝わる、惨憺たる兄の死を思い返している。しかしかつて自分がいたコミュニティの名前も、落涙する程に非業の死を目の当たりにした兄の名前も今こうして登場している。結果、揺れる瞳に混乱が渦巻く。
「それで? そもそも貴方達は、どうして、どこの誰にそんな目に遭わされちゃったのかしら? 大体どうして貴方は生き残ってるのかしら?」
その機微を察しながらも、カーネルは問いを止めない。
アイナがまともに答えられないのは誰の目にも明らかだ。ロベリアが溜まらず横槍を入れる。
「そこまでよカーネルおじさん、今日はもう止めて!」
「いいえ。重要な事よ。もっと蒼天党と、お兄さんの事について聞かせ――」
『Type SWORD』
模造剣が、クオリアの右手に生成された。
だがカーネルは刃引きされた剣に眼光を向けるだけで、一切の身動ぎをしない。
「その行動は、誤っている。これ以上の質問は敵対的行為と定義し、あなたを脅威と分類し無力化する」
「な、なにを……!」
部屋に戻ったクリアランスが主人の緊急事態を発見する。
武器を抜く音。想定外の事態に、ロベリアも声を挙げそうになる。
「剣を納めなさいクリアランス!!」
カーネルが一喝したのは、自身に刃を向けているクオリアではなく、助けようとしたクリアランスだった。
「今いい所でしょうが。萎える事すんじゃないわよ」
「ですが……」
「……真実が分かり、ブラックホールを起動させないヒントに繋がるっていうんなら、喜んで無力化されて隠居でもしようじゃない……頭のいいアナタなら感じるでしょ? この一件、そんな生易しいものじゃない。国が最悪滅びるの」
カーネルは剣を恐れるどころか、逆に近づく。
そしてクオリアに密着する。
「ヒントはこのアイナちゃんが握ってる可能性があるの。考えてもみなさい。同じ蒼天党のリーベという獣人。名前が本当に同じなだけかしら? 偶然で片づけるには少し無理がない? しかもアイナちゃんはそのリーベが死んでいると言っている。この矛盾、あなたは気にならないの?」
しかしクオリアも引き下がらない。カーネルの背後に聳え立つ権力という絶望に抱く恐怖は登録されていない。
「否決。あなたの疑問解決と、ブラックホールを起動させないという目的については、別の手法を取る事を強く要求する」
「残念ながら今は手段を選んでいる時じゃないの。言ったはずよ。倫理じゃ人も国も守れない」
「
暫く互いににらみ合って、引いたのはカーネルだった。
「とはいえ、無理に答えさせるのもスマートじゃないわね。ここはあなたに勝ちを譲りましょう」
「エラー。“勝ち”は今の場面には適用されない。ここは“勝負”ではない」
「そうね。国単位で生きるか死ぬかの
カーネルが分かったと言ったのは、矛盾があるという事だ。
アイナはリーベという兄が、間違いなく彼女の前で殺されている。
しかし蒼天党を今率いているのは、リーベという青年である。
こればかりはクオリアもロベリアも認めざるを得ない程の、明らかな矛盾だった。
「……質問を変えましょう。アイナちゃん、アナタ、
「……いえ」
「そう。こっちは本当に知らなさそうね」
一昨日、蒼天党が古代魔石“ブラックホール”を手にしたことをリークした存在である。と、ロベリアが伝えようとした直前だった。
「人間認識。昨日、人間を襲っていた獣人を認識」
窓の外に、獣人を認識する。
「えっ?」
昨日、銃で腕を撃ち抜いた獣人の一人と、顔が一致している。しかし両手を縛っていたはずの手錠は、片側は取れて自由になっていた。
左腕を庇うようにしてこちらに小走りで駆けてきている。
「あれ、獣人じゃない? しかも囚人の」
「脱走?」
その場にいた誰もが、ロベリアが口にした単語を連想する。
その間にクオリアが屋敷の外に出る。続いて他のメンバーも外に出る。
獣人は馬車の隣にまで、息を荒げながら辿り着いていた。しかも明らかに騎士の甲冑を身にまとっていたクリアランスもいる筈の集団に向かってきている。
戦意は無い。何かから必死に逃れる表情。しかしその足先は騎士団。あまりに矛盾な状況に一同が訝し気に見ていると、その獣人は崩れそうな顔で叫ぶ。
「頼む、もう脱走はしない! だからどうか命は助けてくれ!」
クオリアは認識する。
「
その後ろで、一体の魔術人形が“スキル”を発動しようと右手を掲げているのを。
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