第46話 人工知能、もう誰も殺したくない獣人を説得する。

 人質がいようとも、荷電粒子ビームには問題が無い。

 ぐにゃりと曲げ、確実少女を避けてマインドに当てる事が出来るからだ。


 ただし、密着した体勢のせいで、手足を撃ち抜こうにも少女に当たるルートしかない。

 少女を救うには、マインドの頭を撃ち抜くしかない。

 

「その様子だと、アンタみたいだな。全部無力化してくれたのは」

 

 焦燥しきった表情で、クオリアに気付いたマインドが声を漏らす。

 

「肯定。古代魔石“ブラックホール”は全て無力化した」

「……そうかい。妙な光が魔石のある方向に行ったと思ったら」


 マインドの顔に、安堵が垣間見えた。

 ブラックホールを起動させるという狙いを阻止されたにもかかわらず、マインドが見せる表情としては矛盾していた。

 

「じゃあよ……せめて道開けてくんねえか……見逃してくれねえか、この子を傷つけたくないだろう」

「否決する。あなたは誤っている」

『Type GUN』


 脳に当たれば即死の、荷電粒子ビームを放つ兵器を掲げる。

 

「その少女に不利益な行為を与えない事を要請する。これ以上は脅威と認識し……あなたを排除する事になる」

「だったら道を開けろ!」


 銃口をマインドに向けるクオリアの表情は、僅かに曇っていた。

 凶刃を少女に突き付けるマインドの形相は、地獄の苦悶に満ちていた。

 救いをクオリアに求める少女の顔色は、青ざめて涙に塗れていた。


「状況……分析……」

 

 だが痺れを切らした騎士達や獣人が介入するのも時間の問題だ。そうなればますます少女の命が危険に晒される。

 マインドを殺さない選択肢が出てこない。いくら演算しても出てこない。

 先程の古代魔石へのハッキングで、演算能力が落ちているせいだ。クオリアはそう無理矢理理由付けをした。

  

「やめて!! うちの子を離して!!」


 母親らしき人物が、騎士達に制されながらもマインドに叫んでいる。


「ママぁ!! ママぁぁぁぁぁ!!」


 泣きじゃくりながら母親を求めるあどけない少女。

 逃げようとしても、マインドがしっかり押さえてしまう。

 

 一方、すぐそこで複数人の騎士を返り討ちにし、マインドの隣に駆けつけた獣人の巨大な影があった。相当の実力者とクオリアは判断した。

 

「マインドの旦那ぁ。やり方がなっちゃねえな。こういうのは足の一本を斬り落として、こっちが本気ってのを思い知らせてやるんだよ」


 巨体の獣人の躊躇い無き大剣を見上げて、恐怖で声も出なくなった少女。


「やめろ! その必要は無い!」


 だがその少女を逆に庇うようにして、マインドが一喝し返す。


「状況認識」


 クオリアはやはり、マインドを脅威と断定できない。

 こんなことは、やめてほしい。

 

「あなたは、このような行動をする事に“美味しい”と感じることは無い。その少女の生命活動を停止させることは、あなたの“心”も死ぬ事を意味する。だから私は、あなたに投降を要請する」


 何言ってんだ? と響かない巨体の獣人を尻目に、マインドは申し訳なさそうに顔を歪めながらも、ギリギリの断崖に立たされている心境を吐露する。

 

「心の前に……このままだと俺の命が無くなる。俺は生きたくて、生きる事が最優先で、“蒼天党”の活動に参加したはずだ。俺はもう……無駄に戦えない人を殺したくなくて……これで終わりにしたくて……」


 言い聞かせるように、自己暗示のように何度も同じ言葉を繰り返すマインド。

 その果てに、ナイフを首元に突き付けている少女の体を見る。


「それにしてもお嬢ちゃん……いい物食べてないね、貧しいのかい? ここは上層なのに……まさか召使いや、奴隷じゃないだろうね?」


 必死に手を伸ばす母親。

 泣きじゃくる女の子。


「畜生……畜生……畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!」


 交互に見て、脳の血管がはち切れそうな声を上げる。


「よりによってこんな子供かよ!! 貴族のジジイとかじゃないのかよ!! なんだってこんな子を選んじまったんだ俺は!!

「人間に情を掛けるな旦那ァ! ガキだろうと、どっちにしろあの古代魔石ばくだんで殺す予定だったろ!?」

「分かってる! 分かってるけどよ!!」


 肺の空気を全て吐き出すように、独白を重ねる。


「……俺は、俺は傭兵の時に、こうやって無抵抗な子ばかりを殺す仕事ばかりさせられた! 毎日毎日、今でも夢で出てくんだよ……首元を押さえて、飛び出した目玉でこっちを見て、泡吹いた口で何か言ってて……俺は……もう食ってくなんて理由で、俺の毒を使いたくなくて……そんな事しなくても生きていけるようになりたくて……もう、子供を殺したくなくて……それが……なんで俺は今、またこんな小さい子を殺しそうになってんだ!? 俺は何でまた子供を殺してんだ!? おい、何でもいいから早く誰か教えてくれよ!!」


 ガタガタと、ナイフが金属音立てて軋む。

 マインドも今更言うべき事ではないと分かっている。それでも止まらない。悲痛な咆哮が、届かぬ空へ伸びていくだけだった。


「頼む……もう俺に子供を殺させるな! 道を開けろおおおお!!」

「あなたがそのようにしなくてもいい最適解を、自分クオリアも探す」


 呼吸が詰まったかのように雄叫びが、静止した。


「……気休めは嬉しいが……悪いがその誘いには乗れない」

「あなたが危惧している、騎士達の過剰対応は自分クオリアが無力化する。投降するあなたに不利益な行動を取る騎士がいた場合、自分クオリアが無力化する」

「貴様、勝手な事を言うな! こいつらは皆殺……」


 騎士がクオリアに詰め寄るが、銃口を騎士に向けて諫める。

 更にその間に、ロベリアが割って入る。


「ロベリア王女……」

「ここは王女っぽくコホンコホン……ここにいる全員、剣を捨てなさい。獣人も、騎士も」


 鶴の一声は、騎士にも獣人にも衝撃を与えていた。

 剣を落とす音があちこちから聞こえた。

 

「今なら軽い罪で済ませるよ。怪我してるなら人間、獣人問わず治す。それに、不当には扱わない。これ以上は自分達を傷つけるだけだって分かってるでしょ……騎士達もお疲れ様。ただ、投降した獣人を傷つけたらそれは罪だからね。私は一つも見逃さない」

「ですが……」

「ん? まだ戦い足りない? じゃあ兎並みの実力しかない私が相手になるけど」


 袖を捲っては柔らかさしかない力こぶを見せつけるロベリアに、いえ、と顔面蒼白で騎士が後退る。仮に戦いを始めたら隣のスピリトが黙っていなかっただろう。

 それを見届けると、腕組みをしながらクオリアへ親指を立てるロベリアであった。


「……王女が自らとは光栄の至りだが……」

「話は聞いたよ。例えば毒を作れるって事は、薬にも精通しているって事でしょ? それで人を救うってのはどうよ」


 真っすぐなロベリアの眼。

 嘘はついていない。ロベリアは本気でこの場にいる獣人全員を救うつもりだと、クオリアは確信した。

 

「あなたは人を攻撃する事に、強く否定の意志を取る。あなたは結果、その少女を傷つけていない。自分クオリアに生命活動停止をさせない毒を与えた。それは、あなたが生命活動をする上での最大の役割と結びついている」


 マインドは目を瞑って、天を仰いだ。

 クオリアは、同じ人としての願いを伝えた。

 

「あなたがその役割を果たすためにどうするべきか、最適解を共に演算したい。だから、あなたが敵対的行為を停止する事を、強く希望する」


 ナイフが落ちる音がした。

 マインドはがっくりと項垂れて、少女から手も放してしまっていた。

 

「こんなに真っすぐ、俺の事を見てくれる奴は初めてだ……もしかしたら、あんたとあの猫の娘は、仕える仕えないの関係ではなかったのかもしれないな」

「肯定。アイナは、自分クオリアの家族だ」

「そうか……俺の負けだ。投降する」


 日差しが、マインドの疲れ切った顔を照らす。

 

「良かったよ……ブラックホールを阻止してくれて、本当に――」


 一つ、影がゆらめく。

 最初に気付いたのはマインドだった。

 

 

 マインドの隣にいた獣人が激怒して、大剣を振り上げていた。



「こんの、腰抜けがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 何の茶番だボケえええええええええええええええええええええええええ!!」


 一閃があった。

 その前に、マインドが少女を咄嗟に突き放す。

 お陰で、強烈な一閃はマインドの首を両断するだけで済んだ。

 

 つまり。

 芽生えかけた“”が、消えた。


「[N/A]」


 クオリアの回路で、僅かなショートが発生した。

 かつてアロウズにアイナが蹴られたとき以上の、絶望的なを認識した。



 それは、一瞬だけ感覚が“シャットダウン”に接近したトリガーだった。

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