一緒に戻らないか?

”悪いな、すぐ帰ってくるから。ちょっとの間留守番頼む!”

中にそう声をかけ、海斗が家から出てきた。

そのまま真っ直ぐに、物陰に身を潜めていた俺の所へやってくる。

「悪いな。」

「ああ、まったくだ。言っておくが、この貸しはでかいぞ?」

「あいつに言えよ。」

「じゃ、俺はこれで。あとはしっかりやれよ。」

「ああ。」

「さて、と。映画でも観に行くかな。」

のんびりとした歩調で歩きながら海斗が去っていくのを見届け、俺は海斗の家のドアを開けた。

「どうしたの?忘れ物でもした・・・・」

言いながら俺を出迎えたのは、チャミ。

驚いたように、目を丸くして突っ立っているチャミに構わず、俺は部屋の中央にあるテーブルの席に着いた。

「騙して悪かった。俺が海斗にお前を引き留めるように頼んだ。」

「えっ・・・・」

「まぁ、座らないか。」

「・・・・はい。」

驚きを隠そうともせず、チャミは向かい側の席に腰を降ろす。

「暫く時間あるだろう?少し、俺の話に付き合ってもらえないか?」

「それは・・・・構いませんが・・・・」

体を小さくして、居心地悪そうに座っているチャミは、何とも心許ない姿。

俺は、居住まいを正し、チャミの奴を正面から見ながら、考えてきた事を話し始めた。

「ここずっと、俺は夢を見ていた。お前から何度も告白される夢だ。ただ、俺にも好みの女性像というものがあって、残念ながらお前はその女性像からはかけ離れていたし、お前の想いに応えられるとは思えなかったから、最初は断っていたんだ。でも、夢の中のお前は、それはしつこくてな。・・・・しつこい、だけじゃない。いくら断っても、くじけない。打たれ強い。メゲない。そのうちに、さすがの俺も、お前のペースに巻き込まれて、気づけば・・・・いつの間にか俺はお前を想うようになっていた。もっとも、お前には伝えていなかったが。お前との時間は、俺が想像していた以上に、楽しい時間だった。何しろ、呆れるくらいにお前は、俺を口説き続けていたし。俺も、お前とならこのままずっと一緒にいるのも悪くないと、思っていたんだ。だが、突然夢から目が覚めた。夢が、終わってしまったんだ。それも、唐突に。そうだな、ひと月くらい前だったか・・・・俺は最初、夢から覚めた事にさえ、気づかなかった。それでも、夢から覚めて、現実に戻った俺は、それはそれで元に戻れると思っていた。だが、甘かった。・・・・あまりに長い間、同じ夢を見続けたせいか。最近の俺は、あの夢の事ばかり考えている。・・・・今では、もう一度あの夢の中に戻りたいとさえ、思っている。」

チャミは、俺の目の前で、ただ黙ったまま、息を詰めて俺の言葉を聞いていた。

そのチャミに、俺は言った。

「なぁ、チャミ。俺と一緒に・・・・戻らないか?」

とたん。

チャミの瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちた。

「チャミ・・・・」

「あーもう、何これ。今のこの時間の方が夢みたいだよ?本当に夢じゃないのかな?ここ、海斗兄ちゃんの、『夢野』の家だし・・・・ねぇ、火宮さん。今のこれは、本当に、現実なの?」

「あぁ、現実だ。」

「ほんとの、ほんとに?」

「・・・・あぁ。」

「じゃあ・・・・確かめても、いい?」

「もちろんだ。」

おそるおそる、といったように立ち上がり、チャミはゆっくり、確かめるように俺の方へと手を伸ばし・・・・

「・・・・ほんとだ。ほんとに、火宮さんがここにいる。」

「あぁ。」

泣き笑いのチャミを、俺はそっと抱きしめた。

「ありがとう、火宮さん・・・・大好き。」

それから暫くの間、俺は懺悔の念も込め、泣きじゃくるチャミの背中を、撫で続けていた・・・・

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