第11話 逆らってはいけない
祖父に言われたことがある。
『お前のそれは、格闘技や体術ではない』と。
まあ、正解だ。
僕は熊をワンパンで倒すことが出来る祖父と、渡り合うことが出来るが、熊をワンパンで倒すことなどできないし、祖父に勝つこともできない。
あくまでも相手が出来るだけだ。
それを可能にしているのが僕の『スーパー演算能力』だ。
相手の筋肉の動きから、到達点の座標を割り出し、対策を行う。
僕の格闘術はそう言うものだ。
もちろん、計算通りに動くための鍛錬は必要だが毎日それは欠かしてはいない。
格闘技にスーパー演算能力を使うようになってからの僕は、その筋のチャンピョンにだって手合わせで負けたことがない。
だが、それも——鬼龍院の中でのことだ。
世界は広い。
目の前にいる美少女がそれを僕に伝えようとしている。
格闘技の手合わせで、こんなに心が踊るのはいつ以来だろう。
さあ、
「はじめっ!」
開始の合図とともに、陽万理先輩はかなりの速さで僕に攻撃を加えてきた。
だけど……。
「えっ?」
僕は足払いで、先輩の体勢を崩し、あっさりと倒した。
「足掛け足払い?」
「今の……一本じゃなかった?」
「えっ、先輩負けちゃったの?」
「嘘っ、あの一瞬で?」
どうやら僕の勝ちらしい。
「あれ? ちょっと油断しちゃったかな」
そうだよな。今のが本気だと話にならないレベルだ。
「山田くん、もう一勝負いいよね?」
「別に構いませんが」
そうか……これは公式戦ではない、つまりいくら負けても問題ない。だからこその、僕の実力を見極めつつ油断させる為の作戦かもしれない。
やるな先輩! とりあえず、油断は禁物だ。
「はじめっ!」
だけど、いくらやっても結果は同じだった。
「くっ、もう一回よ!」
「は……はあ」
もしかして、本当に僕の勘違いだったのか?
本気で先輩は弱いのか?
だとしたら、何故何度も向かってくる?
理由が分からない。
仮に、先輩が本気だとしたら、大人と赤児ほどの実力差だ。
それは、当の本人である先輩が一番よく分かっているはずだ。
それでも尚、向かってくるには何か理由があるはずだ。
「…………」
……そうか、今僕は疑心暗鬼に陥っている。
もしかすると先輩は、僕のスーパー演算能力を見切り、心の迷いで計算を遅らせる作戦かもしれない。
やるな先輩。
勝負とは常に勝つ事を求める。
だが、あえて負け続ける事で、最後の勝利をもぎ取る。
状況に合ったいい作戦だ。お爺様でもそんなファンキーな作戦は思いつかないだろう。
そのあとも僕は何度も何度も先輩を倒し、先輩は何度も僕に挑んだ。
「……はぁ、はぁ」
だが、もう先輩の体力の限界も近い。
まさか、このまま終わるなんてことはないよな?
だが、その心配は杞憂だった。
ついに先輩の動きが、僕の計算を超えたのだ。
何度も何度も足ばらいをくらった影響か、先輩は足を絡ませ、僕にタックルする形で突っ込んで来たのだ。
そして、僕は……はだけた道着の中にある先輩の豊満な胸に顔を埋める格好となり——息ができなくなってしまったのだ。
やられたっ! 先輩は……これを狙っていたのか。
空手のルールがどうとかは、僕には分からない。
だけど、もし先輩が僕の命を狙う刺客だったとしたら、僕は見事に作戦にハマったことになる。
なぜなら、息ができないにもかかわらず、僕は自らの意思で先輩を跳ね除けることができないからだ。
なんだこの抗い難い衝動は。
先輩のいい匂いと、汗の匂いが入り混じって、催眠効果でも出たというのか? 僕は何故か、この状態でずっと居たいと思っている。
……危険な思考だ。
自らの命がかかっていると言うのに、抜け出したくない。なんだと言うのだ!?
一連の行動はこの為の布石だったのか。
なんて恐ろしい。
しかしこのまま黙って、窒息するわけにはいかない。なにか考えろ。
考えるんだ。
「…………」
ん、そうだ、先輩をわざわざ跳ね除けなくても、鼻の下を伸ばして、口をハフハフすれば、なんとか息ができるんじゃないのか?
おそらく酷い絵面になるだろうが、幸い先輩の豊満な胸で隠れている。
その心配はあるまい。
僕は、ハフハフを実行した。
すると。
「あぁん……」
先輩が今まで聞いたことのないような、
くっ……これではもう!
もう、なりふり構ってはいられない。
僕はひたすらハフハフを繰り返した、だが、その都度先輩は艶かしい声をあげ、締め付けはきつくなる一方だった。
これではラチがあかない。
だけど、未だに跳ね除ける気にはなれない。
万事休すか!?
——その刹那。
「いい加減にしなさい」
倉科さんが今まで聞いたことのないようなトーンで、そう告げ、僕と
助かった……のか?
「山田くん……今のは一体なんだったのかな?」
笑顔と裏腹にドスのきいた倉科さんの声。
僕は理解した。
助かってなどいない。
「さあ、山田くん帰ろうか」
「あ、うん」
逆らってはいけない。
倉科さんの目を見て僕は一瞬で理解した。
そして僕は、この対戦を受けた事を後悔した。
「倉科ちゃん、ウチはまだ、山田くんと話しが……」
「先輩は黙っていて下さい」
「は……はい」
僕の判断は間違えていなかったようだ。
先輩も倉科さんに気圧されていた。
*
「山田くんって……えっちね」
「え……」
いきなり何を?
「だって……先輩に抱きつかれていたあれ……返せたでしょ? なのに返さないし、なんか変なことしてるし」
あれは催眠術にかかっていた……なんて言っても信じてもらえないだろうな。
「違うんだ、息ができなくてさ……息ができなくて身体に力が入らなかったんだよ」
とりあえず誤魔化してみた。
すると倉科さんはジト目で僕を見つめた。
「ふ〜ん、どうだか」
とりあえず、信用は勝ち取れなかったみたいだ。
「とにかく、気をつけてね! 2年と3年は女子校だから、今日みたいに狙われることもあるから!」
狙われる?
何をだ?
もしかして、命か?
「…………」
流石にそれは考えすぎか。
「あっ、私、こっちだから行くね」
「あ、うん」
「山田くんまた明日」
「ああ、また明日」
また明日か……とてもいい響きだ。
倉科さんを見送った場所は、例の歩道橋だった。
この場所は、思い出深い場所になりそうだ。
色々あったが、なんとか転校初日を無事乗り切ることができた。
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