第10話 イイコト

 放課後、またまた僕は、クラスの女子たちに囲まれた。


「山田くん一緒に帰らない?」

「山田って、家どこなの?」

「山田くん、カフェ行こうよ!」

「山田、カラオケは?」

「山田くんの行きたいところならどこでもイイよ」


 こ、これは……現実なのか?

 ……皆んな僕を誘ってくれてるんだよな?


 帰り際に、誰かに声を掛けられる。

 僕の人生において、そんなことは皆無だった。

 しかも、こんにも多くの女子たちが。


 こんな時、僕はどうすればいいんだ?


『別に僕はどこてもいいよ』なんて答えたら、優柔不断で、キモい男だと思われるのだろうか。


『おいおい、俺の身体は一つしかないんだぜ? 皆んなでどうするか決めてくれよ』なんて答えたら、人任せで、キモい男だと思われるのだろうか。


『寄り道は校則で禁止だろ。一回家に帰ってから集合だ』なんて答えたら、つまらなくて、キモい男だと思われるのだろうか。


 そもそも、僕たちはまだ友達にすらなっていないというのに……何故彼女たちは僕を誘ってくれるのだろうか。


 もしかして、これは——社交辞令じゃないのか?


 転校初日の僕が、学校に馴染めるように、皆んな全力で気を使ってくれているんじゃないのか?


 つまり——この誘いにのれば恥をかく。


『え〜山田っても分かんないの?』

『山田って、英語はスラスラ読めても空気は読めないよね』

『こっちも気使ってんだから、そっちも気つかって察しろよ』

『鬼龍院のお坊ちゃんには世間の常識が通じないのかな?』


 きっとこうなるに違いない。


 だから倉科さんは、さっきから僕を厳しい目で見つめているんだ。


 ……はっ!


 やっと分かったぞ!


 今日、クラスの女子たちに話しかけられている時、倉科さんが僕を厳しい目で見るのは、そういうことだったのか!


 お隣のよしみで、皆んなの真意を僕だけに分かるように伝えてくれていたのか。


 なるほど……やっと、スッキリした。


 鈍くてごめんね倉科さん。


『把握したよ』ってことを伝えるために倉科さんを見つめ、笑顔を送ると、倉科さんの表情から険しさが取れ、一旦目をそらし、少し照れながらも微笑み返してくれた。


 よっしゃぁ——————————っ!


 やっと正解にたどり着けた。

 じゃぁ、皆んなの誘いは断ろう。

 そう、思っていたタイミングで——


「来たよ、山田くん〜」


 宣言通り、陽万理ひまり先輩が僕を迎えにきた。超絶笑顔で手を振ってくれている。ナチュラルにそんなことが出来るって、凄いな。

 僕は普通に感心してしまった。


「ど、どうも」

「あれ? なんか、素っ気なくない? 嬉しくないの?」


 素っ気ないというか。


「いえ……事情がよく飲み込めていないので」


 率直な答えを返した。


「あれ? 放課後にイイコトしよって約束したじゃん?」


 これには倉科さんだけじゃなく、クラスの女子も反応した。


「山田くん、イイコトって何!?」

「豊田先輩とそういう関係なの!?」

「山田くん不潔っ!」


 不潔ってなんでだよ、僕は毎朝晩の入浴はかかしたことがないというのに。


「ていうか山田くん、モテモテだね〜1年は共学なの凄いね」


 モテモテ……こんなのはモテモテとは言わない。皆んな社交辞令なのだからな。


 まあ、そんなことよりもだ。


「先輩、イイコトってなんですか?」

「あれっ、それをこんなところで聞いちゃう?」


 えっ! 聞いちゃ不味いことなの?


「まあ、そう焦らないでよ、ついてくれば分かるからさ」


 クラスの連中の誘いは、社交辞令だとして、陽万理ひまり先輩の誘いはそんなんでもなさそうだな。


 イイコトが何かも気になるし、とりあえずついていくか。


「分かりました、じゃぁ行きましょう」

『『え〜〜〜〜〜〜〜〜っ』』


 断ったら一応残念なフリまでしてくれるのか。社交辞令のレベルが高いな。


「ごめんね、先輩とは先に約束してたから」

「そういうことだよ、1年の諸君、山田くん借りていくね」

『『は〜〜〜〜い』』


 皆んな渋々納得してくれたフリをしてくれた。


「山田くん……」


 だけど、倉科さんだけは僕を心配そうに見つめていた。


 なんで?


 そして。


「気をつけてね!」


 とても気になる言葉を送ってくれた。


「倉科ちゃん、山田くんなら大丈夫だよ」


 倉科ちゃん?


「私、先輩のそういうところ信用してませんから!」


 ん? ん? ん?

 2人は知り合いなのか?


「本当に大丈夫だって、そんなに心配なら、倉科ちゃんもついてくる?」

「行きます! ついていきます!」


 そんなわけで、イイコトには倉科さんもついてくることになった。


 よくよく考えたら、今日は男子たちに誘われた時以外、ずっと倉科さんと一緒だ。

 これは初日の成果をしては上々なのではないのか?


 さすが僕だな。

 そんな自己採点をおこなっている間に着いたのは。


 ——道場だった。


「先輩、イイコトって」

「ここでするんだよ、さあ、入って入って」


 道場の中では多くの女子部員が汗を流していた。

 そして隅っこの方に申し訳程度だが、男子部員もいた。見るからに肩身が狭そうだ。


 この動きは空手か。


 空手は僕も得意だ。

 子どもの頃から、素手では人類最強と謳われる、お爺様に鍛えられたからだ。


「山田くん、それに着替えてきて」


 陽万理先輩は僕の足元に、軽く道着をほうり投げた。


 これに着替えろってだって?


「先輩、それは無理です」

「え? なんで」

「臭過ぎます。それは拷問です」

「あはは……たしかに」

「ていうか、なんで道着に着替えなくてはならないのですか?」

「それはもちろん、イイコトをするためよ」


 そうかイイコトとは空手だったのか。

 ずいぶん遠回しな言い方をする。

 それならそうと、はっきり言ってくれたらよかったのに。


「先輩、僕と空手の勝負がしたいのですか?」

「うん、そうだよ!」

「そういうことですか」

「うん、そういうこと!」


 やっぱりな……なら答えは決まっている。


「そういうことなら、お断りします」

「えっ……なんで? 私の誘いだよ? 分かってる?」


 何をおかしな事をいっているんだ。

 先輩以外には誰も誘っていないだろ。


「あ〜っ、そっか山田くん転校生だから、まだウチの事、よく知らないんだね」


 当たり前だ。


「そうですね」

「じゃぁ、まず、考えやすいように、ウチの実力を見せてあげるよ」

「いいですよそんなの、実力が違い過ぎることは分かっていますから」

「あれ? そこは分かってるんだ? じゃぁ、なのに何故?」


 何が言いたいんだ?

 陽万理ひまり先輩、僕との実力差がわかっていないのか?


 もし、そうだとしたら大変だ。

 一応警告しておくか。


「実力が違い過ぎて勝負にならないからです」

「え————っ、そんな事ないよ、山田くんなら、そこそこいい勝負になると思うよ?」


 なに?


 もしかして陽万理ひまり先輩は、真の実力を隠しているというのか?


 体つきや筋肉の動き。総合的に判断して、素手では人類最強と謳われる祖父と唯一渡り合える、僕と勝負になるとは思えないのだが。


「…………」


 もしかして、祖父の強さも鬼龍院の中だけの、話だったと言うことか?

 素手で、しかも、ワンパンで熊をほふってしまう祖父よりも、陽万理ひまり先輩は強いと言うのか?


 ……『脳ある鷹は爪隠す』という。

 陽万理ひまり先輩は、そこまでの実力を秘めていると言うことか。


 ならば、僕も引く事は出来ない。

 鬼龍院の名にかけて、陽万理先輩の実力を、見極める必要がある。

 

「分かりました……勝負しましょう」

「やった! そうこなくっちゃ」

「ただし、ひとつ条件が有ります」

「条件?」

「最初から全力で掛かってきて下さい。手加減は抜きです」

「えっ……そんなことして良いの?」


 やっぱりか。

 やっぱり実力を隠しているのか。

 僕はそんな事で油断したりしない。

 全てお見通しだ。


「勿論です」

「後悔してもしらないから」

「それはこっちのセリフです」


 だけど、この数分後——後悔したのは僕だった。


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