第38話リランジュールの鷹

 私はその日の内にシュランバインを発つことになった。書簡と共にやって来ていた数人のリランジュールの使者がそのまま皇宮に滞まっていて、彼らが私を連れ出す手順になっていた。




「ノアはどうしていますか?」




 見送るロイドとエルサに尋ねる。慌ただしくてあの後から彼を見ていない。




「僕の屋敷に運ばせた。念のため見張りをつけたが、薬で眠らせているし部屋に鍵も掛けてる。君がこの国を出た頃に目覚めるだろう」


「そっか、ノアのことお願いします」


「あいつの言ってた通り…………本当に君は他人のことばかりだな。自分の心配はいいのか?」




 また罪悪感でも感じてるのだろうか?ロイドは苦々しく顔を歪ませて、馬車の扉の前にいる私に寄った。扉に手をつき私の顔の横にロイドが顔を傾け囁く。




「君は聖女認定を受けたから身の安全は保証される。ジベルも他国や神殿の目があるから君に無理強いすることはないはずだ」


「はい、そうですね」




 使者に聞かれないようにする為だろうが、どうして皆さん距離に遠慮が無いのだろう。社会的距離は色んなものを防ぐ為にも案外大切なものなんだけどね。




「これを…………」




 ロイドが私の手に隠すように何かを握らせる。小指程の形と長さの金属の冷たい感触。手は開かずに彼に目で問えば、意味深な微笑で返されてしまった。


 仕方なく踏み台に足を乗せれば、迷いがよぎる。




 ノアに最後に言葉を交わせずに行くことは、やはり心苦しい。私に犠牲になるなと言う口で、ノアは私の犠牲になろうとした。幸せになって欲しいから、それは絶対阻止したいし、私は端から犠牲になるつもりなんてない。




「…………マナ、あいつに伝えることがあるかい?」




 私の態度で察したのだろう、乗るのに手を貸してくれるロイドは優しく聞いてきた。




「ノアに…………」




 想いを伝えるような卑怯な真似はしない。




「……………今度は奴隷としてではなく、お客様で来てねと伝えて下さい」


「……………ああ、え、それだけ?」




 勝手に期待していたのか彼は残念そうだったが、私がお返しのように口をつぐんでしまったので「分かったよ」と頷いた。




 馬車に乗ると、後から乗り込もうとした使者に彼らが話しかけているのが小窓から見えた。その隙に握っていた手を開くと、小さな折り畳み式のナイフだった。




 光沢のあるパール色のドレスの裾に隠しながら、ロイドは私に暗殺でもさせるつもりかと考えたが、カッターナイフよりも小さな刃で訓練もしてない私には無理だわと直ぐに結論は出た。




 使者が向かいと隣に座り馬車が動き出した。


 小窓からロイド達と皇宮が遠くなっていくのを眺めていたら、ふと先程の『意味深な微笑』に妙な色気を感じたことを思い出した。




「あ………」


「どうしましたか?」


「いえ、何でもありません」




 隣に座る女性の使者が怪訝そうに私を見ている。また外へと顔を向けながらドレスの裾越しにナイフを握った。


 引っ掻いてやろうと思っていたのだが、この方が効率が良いかもしれない。見つかったら取り上げられるかどうかは分からないが、『蒼穹の剣』はお見通しというわけだ。




 またとんぼ返りは辛いが、全てを解決する為には必要なことだ。私がただの女の子なら、こんな状況を嘆いたかもしれない。でも私にはギフトがある。


 持てる力全てを発揮すれば、どうなるかは………私にも分からないや。






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