第31話蒼穹の剣

 朝、ノアは何とも心配そうに私を振り返りつつ出掛けて行った。彼を見送ると庭の手入れをすることにした。使用人達は屋敷内のことで忙しそうで、その目を掻い潜るのは難しいことではなかった。




 まず伸び放題の草を神聖力で一気に枯らして足場を確保する。人目につかなければ使ってもいいだろう。花の株の不揃いの枝を鋏で整え土を足し、水と肥料を与える。枯れてしまった薔薇に神聖力を流すと、大振りの赤い蕾が膨らみ花開いた。




 ノアの話では、この屋敷は戦功を挙げて賜ったもので、元々彼はシュランバイン南部の平民だったそうだ。幼い時に両親が事故で亡くなり、彼らが懇意にしていた近衛騎士の男に引き取られて首都で暮らしていたという。養い親は腕は立つが独身で、優秀な後継者が欲しくて彼に剣を教えて、騎士の試験を受けさせた。養い親の期待通りに難なく合格したノアは、メキメキと頭角を現し魔物討伐や紛争地域の制圧、戦争での功績を称えられ一代限りの『伯爵』位まで授かっているという。そして2つある遊撃隊の内の一つを取り仕切る隊長。




 まさか半額で買った奴隷が、そんな人だと誰が思うだろう。知れば知るほど私いちゃいけない感がする。




「うーん、明日にでも商局に行って出店許可証もらって物件探して」




 芝生に座り、厨房で頼んだサンドウィッチを昼食にかぶりつきながら考える。ついでに庭いじりはメイド達にばれてしまったが後の祭りなので、驚愕はしていたが咎められることはなかったし、土や肥料、花の種や株を出してきてくれた。




 今後のことを考えていると、昨夜のノアを思い出してしまう。強く抱き締められた感覚がまだ肩や背中に残っているようで、思わず我が身を両腕で抱いた。胸の奥がキュウウと締め付けられるような切なさを覚えた。


 あの時不安そうな顔をしていた。ノアは私をどうしたいんだろう。




 食後のお茶を飲むと、また庭の手入れに取りかかる。薔薇の株はたくさんあって、これはノアの趣味じゃなくて以前いた庭師の人のお陰だろうなと思う。




 神聖力を連発し、春らしい緑と花が咲く庭になってきた。ノアが帰ってきたら驚くだろうな。




「こんなものかな。今日はここまでにしよう」




 花壇の種植えは明日にして立ち上がり、腰を叩いてから踵を返したら人がいた。


『蒼穹の剣』ロイドが私と目が合うと、にこっと笑う。




「い、いつからそこに!?」




 しまった、おばあちゃんっぽく腰叩く仕草見られた…………いやそれより、神聖力を使うのを見られただろうか?




「さっきかな。それよりマナ、その様子だとだいぶ疲れは取れたようだね」


「あ、はい。えっと、ノアは?一緒じゃないんですか?」


「ああ、僕は先に帰って来た。庭仕事は終わりかな?部屋で休もう」




 彼の友達を外で立ち話させるのも失礼かと思い、客室らしき部屋に通した。




「ノアはもう帰ってきますか?」


「遅くなると思うよ」


「そうですか」




 茶菓子を取ってこようとしたら、メイドが用意して持ってきてくれたので向かいの椅子に座る。




「ところで、こちらに何か用事でも?」


「君が心配だったから様子を見に来ただけだよ。あいつは女の子の扱いに馴れていないからね。それに少し話があったから」




 金の前髪を手で撫で付けてロイドはにこやかに話すが、彼と二人きりになったことはないので変に緊張する。




「ノアにはよくしてもらっています」


「そうかい?あいつの恩人だと聞いてるが、本当にそれだけかな?」


「………………」




 含みがある言い方。笑顔なのに青い瞳は私を観察するように離れない。


 メイドがカップに茶を入れると、ポットを傍に置いて退出した。それを見計らい、ロイドが再び口を開いた。




「君が奴隷になっていたノアを買って助けてくれたことは聞いた。あいつのことは正直死んだと諦めかけていたんだ。まあそれでももしかしたらと希望も捨てきれなかったから国境の巡回警備を引き受けたりしてたんだけど選択は間違ってなかったな。君には感謝するよ」


「いえ」




 カップのお茶を早々に飲み干したロイドが、手ずからポットから二杯目を注ごうとする。




「あ、注ぎますよ」


「いや、あっ」




 私が手を出したのがいけなかったのか、ポットがひっくり返りロイドの腕に熱いお茶が掛かってしまった。




「大丈夫ですか?!」


「つう、熱っ」




 慌てて腕を取り袖を捲ると、肌が赤くなっている。冷やさないとと、濡れタオルを取りに行きかけてハタと立ち止まる。神聖力使う方が速い!




「どうしよ」


「あつ…………マナ、僕は平気だ、あちち」




 ノアに使うなって言われている。でも痛がる人が目の前にいるのに使わないでいるなんて。




「ろ、ロイドさん」


「あー、痕が残るかな、火傷は治すのに時間かかるからなー」


「ちょ、うー」




 彼が腕を押さえて呟く。




「仕方ない、君を庇ってできたんだ。僕の綺麗な体に一つぐらい傷が残ろうが構わないさ」


「ええー」




 煽ってる?ねえ、わざとなの?




「ロイドさん」




 彼の火傷の部分に触れると、目を細めただけで腕を引きはしなかった。


 あー、ノアごめんなさい。




「マナ、あ?な……………くっ、くう、んあああああ」




 立ったままだったもんだから、膝から力が抜けて崩れ落ちる蒼穹の剣。後ろはソファーだが座る余裕はなく背中の支えになるだけだった。床に座り込み天井に真っ赤な顔を仰向かせ、恥ずかしいけど耐えられないとばかりに目を瞑っている。




「こ、これは、あは、はん、はっ、あっあっ、あん、あー!!」




 ごめん、ノア。


 また一人男の人を啼かせてしまいました。



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