第29話新天地
木々を抜けて、日光のまばゆさに目を細めていたら手を引かれた。
「もうシュランバインなの?」
「そうだ」
緩やかな丘を下りながら答えるノアの声も幾分明るい。下方には街並みが見えていた。
昨日治療の後、苦痛と快楽でヘトヘトになった彼は座った状態でそのまま眠ってしまい、色々あって疲れた私も彼に凭れたままで朝まで寝てしまった。
それから数時間。思ったよりも早く森を抜け出せたのは神聖力を使ったからだ。覆い繁って通れないほど草木が生えていれば枯らし、ぬかるむ地面を固くするなんてこともやった。
ノアは矢で射られた時に意識朦朧としながらも私の力を見ていたらしく「やはりすごいな」と目を瞠っていた。
治療以外で神聖力を発揮するのは正直なところ気が乗らない。私の力は自然に影響するものが多く、その摂理をねじ曲げる場合があるからだ。
でも早く森を脱出したくて使うことにした。またいつノアが危険な目に遭うかわからないし、余裕そうな顔をしていたジベルのことがあったからだ。
「また会おう」とはどういうことだろう。何を考えているのかと不安がよぎる。
ノアは聞いていたのだろうか。
「マナ、話がある」
立ち止まり、改まったようにこちらへと振り返った彼にドキリとする。私の緊張を感じたのか、ノアは言葉を出しかけて唇を結んだ。
どうしたらいいか分からないのだ。
人の心は移り変わるから彼自身が本気だと思っていても、いざ故郷に帰って普段の生活に戻れば色褪せもするだろう。神聖力の力に惑わされて私に好意を寄せる人を見てきた。彼だって何度もこの力で正気を失った。影響はどうしたって受けている。
だったらこの力が無ければ?私がただの平凡な人間でも、顔立ちが良くて地位もある人が目を止めるだろうか?
疑い出したらキリがない。
「マナ、俺を見てくれ」
「う、うん」
ぎこちなく目を上げれば、ノアが複雑な顔のまま口を開いた。
「これからは、ギフトを使わないでいてもらえるか?」
「え、何?」
思いがけない内容に問い直すと、両肩を掴まれる。
「マナが聖女だとばれると厄介だ。しばらくの間だけでいいから何もするな」
「厄介って?」
確か以前『聖女は大事にされる』と言ってなかったっけ?
「最初は国に聖女として保護された方が、マナに最も安全だと思った。だが正体を明かさない方がいい」
「もしかして自由が全くないとか、神聖力を酷使しないといけないとか?」
「聖女認定は受けなければならないだろう。それに神殿に住まいが用意されるはずだ。それ以外は自由にしていいと思う。仕事だってできるはずだ」
それぐらいなら予想内だったので気にはならない。いや思ったよりも自由だ。
「うーん、別に厄介なほどではないと思うけど」
「ただし相手を選ぶことに国や神殿が介入する」
「相手?何の相手?」
朱を帯びた目元をしたノアをじっと見つめるが、どうしてそこで黙るのか。
「ノア?」
「……………俺が嫌なんだ」
「それって………」
複数の足音がして会話はそこで途切れてしまった。
二人でそちらを見れば、丘の下から早足で向かってくる者達がいる。
「お前達、何者だ?」
黒い軍服を着た兵のようだ。馬を連れているところを見ると、どうやら国境を巡回しているらしい。ノアは彼らを見ると、フッと笑い自分から近付いていった。
「久し振りだな、お前達」
「…………………あ」
しばらくノアの顔と瞳をまじまじと見ていた彼らが一様にまさかという表情に変わった。
「隊長?…………………ローエンハイム隊長!生きておられた!」
上の名前知らなかったな。響きからしてやはり貴族だ。
再会を喜び合いワチャワチャし出す彼らを眺めていたら、今度は青色の軍服を纏った若い男が騒ぎに気付いたのか白馬から下りて駆け寄ってきた。
「お前ノアなのか!?」
「ああ、元気そうだなロイド」
「心配かけやがって、馬鹿が!」
熱く(?)抱き合う男達に、ノアは慕われていたんだなあと、ひっそり見つめていた私は一つ気付いた。
青い軍服の男は、黒い軍服の兵達の上官なのだろう。しかも姓ではなく名を呼んだ。
もしかするとこの人が?
「ところでノア、このお嬢さんは誰だ?」
「ああ、俺の恩人だ」
金髪で青い瞳をした、これまた人懐こそうなイケメンが私をノアの肩越しに見下ろす。
「マナと言います」
ぺこりと挨拶したら、にこりと目尻を下げて微笑まれた。
「マナ、僕はロイド・オベリアス。『蒼穹の剣』とも呼ばれてる。よろしくね」
ビンゴ!
しかも自分で言っちゃうとか!
垂れ目でワンコっぽいなあ、と思いながら強引に握手されていたら、ノアがわざとらしく舌打ちをした。
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