第20話越境5
生々しい告白が終わり、しばし静寂が訪れた。
「………………」
『カナカナカナ』と、何処かで蝉のような鳴き声がした。まだ夏ではないのに、ひぐらしのような生き物がいるのだろうか。物寂しい鳴き声に、なぜか不吉なフラグを感じる。
「もういいだろう、通してくれ」
ノアが疲れたように言えば、兵達が我慢できないとばかりに肩を揺らして吹き出した。
「ギャハハ!残念だが上から『奴隷とその主人の男女二人』は絶対に通すなとお達しがあってな!」
兵が一斉に抜剣し、それが私達へと向けられる。
『リランジュールの鷹』は伊達じゃないね、もう先回りして伝令回ってるとか仕事速い!
「一緒に来てもらおうか」
チャキと鞘走る音にノアを見れば、めっちゃ怒っていた。
「てめえら!!」
剣を抜いた彼の怒号が響いた。
うん怒るよね、あんなに恥辱を堪えて朗々と話したのに遊ばれてたとか許せないよね!
「おっと、ご主人様に傷がつかないように抵抗はするなよ」
後ろから羽交い締めにされて喉元に刃を押し当てられた私にノアの動きが止まる。詰所から出てきた兵を合わせると10人。
「見つけたら直ぐに伝えろとのお達しだ、伝達を送れ」
「は!」
上官らしき人の命令に、兵が一人鳩らしき鳥を翔ばした。そうか鳩か、凄い頑張るね。
「マナ!」
鳥に感心してる場合じゃない。ノアの案じる声に我に帰り、視線を下げて羽交い締めにする兵の手を観察する。武器を扱う人は怪我しやすいから。
「早く剣を下ろせ!」
上官がノアに迫った時だった。
「あひゃ!?なんひゃあああああああ」
仕事熱心な兵で良かった。訓練で付いたらしい手の甲や腕に掠り傷と痣、掌に剣ダコ。全部私が治してあげましょう。
「ひゃああん、なにこれえ!」
身をくねらせて喘ぐ部下の痴態に凍り付く上官とその他。今アンアン言ってる人、きっと真面目な人なんだろうな。皆が信じられないって顔して固まっている。
でもすっかり慣れてしまったノアの行動は速かった。まず上官に斬り付けるや反応の遅れた兵を次々に倒していった。
それからよだれを垂らして息を上げている兵の傍にいた私の手を引いた。
「行こう」
私は躊躇して辺りを見回した。数人の通行人がこれ幸いとゲートを突破している傍らで兵達が痛みで呻いている。一人はまだ喘ぎが収まらないようだ。
斬り傷で出血しているが、死人がいないのはノアが手加減したかららしい。
「ノア、少しだけ待ってくれる?」
血を流し痛みで苦しむ人を放っておくのは、私の気持ちが収まらない。
「マナ、急がないと」
「重傷の人だけでもお願い!すぐ済ますから」
溜め息を付いたノアが「わかった」と答えて、自らの耳を両手で塞いだ。
胸から血を流す兵に神聖力を流す。急ぐので最初から強めにいかせてもらった。
「ああああああああ」
「ふゃあああああ!」
「ひいいいいいいい!」
それはまさしく阿鼻叫喚の快楽地獄だった。
聴覚を遮断し、その地獄を見つめるノアは何を思うのだろう。ちらりと目を上げれば、紅潮した顔を慌てるように横に向けていた。
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