word43 「折原さん なぜ」④
「え、何でそんな驚いてるの?」
折原が逆に驚き返してくるのは当然の反応だった。僕だって自分がやってしまったことに驚いているのだから。
どうしようか――。目を逸らす間もなく、折原を見つめたまま――。言い訳を探した――。
「えっと……その…………」
「おもしろ。すごいオーバーリアクションだね」
しかし、折原はそれを冗談として受け取ってくれたようだった。
「え……ああ、あはははは」
「別に変じゃないでしょ。ギター専門なんて」
「うん。バンドってそういうもんだもんね。歌う人がいて……ドラムの人がいて……ギターの人がいる。全然変じゃないよね。ははは」
「じゃあ、帰ろうか」
当然その場で、本当に歌うのが好きじゃないと言った理由など聞けなかった。好きじゃないだけで歌うのは上手いかなんて質問も、焦っていて思いつきもしなかった。
「カギは私が職員室行って閉めとくから、またギター見せてね」
「うん、また教えてほしい。じゃあね――」
音楽室の前で折原と別れた僕はその場でしばらく、呆けた。今度は夕日と2人、目を合わせて……。
自室に帰ると、僕はまずギターを撫でた。ベッドの上に寝ころばせて、ペットを撫でるように。
他の荷物は全て床に投げ捨てたけれど、ギターだけは別だ。今日のMVPにはこれだけでは足りないくらい。もしこいつが人間なら、好物をご馳走してやりたい。
もちろん、お互いのグラスを合わせて、祝杯をあげるのだ。
「乾杯」
僕はそれと同じ要領でガッツポーズをした――。
帰り道ではずっと呆けていた。けれどそこでようやく僕の口が緩む。
別れ際にちょっとした問題があって、考え事ができたけれど、今日の戦は概ね勝ちと言っていいと思う。いや、勝ちどころが大勝利だ。あんなに折原と話ができるなんて想像していなかった。しかも2人きりで。
目も合わせられたたし、近くで声を聞けたし、匂いも嗅いだ。こんな日があるだろうか。なんて日だ。
僕は我慢できなくなって、今度は自分もベッドに寝ころんでギターを抱きしめる。
はあ、何て良い子なんだ――すごくスタイルが良い――ずっと大事にするからな――。
ただ、やはり気になるのは僕が変に驚いてしまった時の折原の反応だ。あれは本当にギャグだと思っての発言だったのだろうか、もしかすると変な奴だから踏み込むのはやめただけだったのではないだろうか。
だとすると、無駄に下がってしまった好感度を取り戻すために今後も頑張らなければならない。
……それともちろんもう1つ。あの折原の発言は何だったのだろうか。
「歌うのが好きじゃない」なんて、彼女の口から発せられる言葉であるはずがない。だって僕は知っている、彼女が学校で1番歌が上手いことを。当然軽音楽部では歌が上手い人と認知されていると思っていたのだ。
それが一体どうして……。
僕は冷静さを取り戻して、収納から黒いパソコンを取り出した。
黒いギターよりも前から愛用している黒いギター以上の相棒、黒いパソコン。まさかこいつが嘘をついているはずもないし、嘘をついているのは折原ということになる。
そこは疑いようがない。黒いパソコン以上の真実はないのだから……だから、僕は嘘の理由を検索することにした。
帰り道で既に決めていたことだ。折原との恋愛においてずるや不純な内容の検索はしないつもりだけれど、これは僕の中ではセーフだったから。もしどんな結果が出ても、僕は利用しないし気持ちは変わらない。ただ、疑問を解消したいだけ。
「折原さん なぜ」
予想をするならば、単純に恥ずかしいからという理由くらいしか思いつかない。あの衝撃を受けたカラオケ動画の時も雰囲気的には1人っぽかった。そんな感じもしないが、歌う時はしゃいな可能性もある。
しかし、表示されたのはたった一言で終わる話ではなかった。
「折原 裕実さんには歌手になるという夢があります。ただ、親からの反対や以前友人に夢を語ったところ、遠回しに無理だと言われた経験からその夢を他人に言わないと決めています。夢を他人に語るのはある程度の結果を出してから、そしてそれまでは誰の力も借りず、自分の力でと決めているので、周囲へ歌唱力に自信があるとは言わず、あなたにも歌手を目指していると感づかれるようなことは言いませんでした。」
一通り読み終わると目を細めて、顎に手を当てた――。
僕には本気で目指している夢などない……だから、この文だけでそこにきっとある複雑な気持ちは理解できなかった。
けれど、確かにかっこいいと思った。そしてそんな彼女にまたもや惚れた。
折原のことが好きだ。その言葉だけが素直に頭へ浮かんだ。
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