word22 「黒いマウス 機能」②
姉の手にあったのは紛うことなきパソコンのマウス。それ以上でもそれ以下でもない代物だった。色は黒色。
これが何なのかは少し考えれば思い出した。初めに黒いパソコンが現れたときに一緒にあったものだ。使うことが無いから収納のどこかにしまいっぱなしで、黒いパソコン本体の隠し場所をより見つかりづらく取り出しやすい場所へ変えていくうちに黒いマウスの方は存在も忘れていた。
「それ何ってとぼけちゃって。あんたパソコン隠し持ってるんでしょ」
「いや本当に知らないものだよそれ」
「あーあ。私もまだパソコンなんて買ってもらってないのに……。あんただけ内緒でパソコン買ってもらったの?男の子だから?それともあんたが自分で買ったの?ここんとこ景気いいもんねあんた」
姉は昔から基本的におっとりしているがやけに鋭い勘を見せることがある。そんな姉が僕の隠し事を嗅ぎつけて、パソコンの存在に気づいた。自分も持っていないものを弟だけ持っていることに腹が立って証拠を掴みに来た。
今回の件はそんな具合か。
「何で知らないマウスがこんなとこに入ってるの?家のパソコンのマウスはちゃんと別にあるし」
「はあ?意味分かんね。こっちが聞きたいよ。天に誓っていきなり出てきたものだもの」
誰にもバレないように気を付けて、実際今のところ秘密にできている物に唯一気が付くなんて恐ろしい女である。
しかし、状況的には僕に有利なことになっている。
本当に思いがけないものが出て来たから嘘っぽくないリアクションができた。嘘を言わずに嘘をつけている。
「まだとぼけるんだ。嘘つくの下手なくせに」
「嘘じゃないって。どこにあったのそれ」
「ここだよ。この中」
姉がマウスがあった場所を指差しながら僕の顔色を伺ってくる。しかし、僕はしっかりと偽りないとぼけ顔を作れていた。
「心当たりないなあ。マウスだけ入ってたってどういう状況」
「本当に知らないの?」
「うん。逆に姉ちゃんが意味分かんない嘘ついてるんじゃないの?」
「ふーん。じゃあ父さんと母さんに何か心当たりないか聞いてみてもいい?」
「いいよ」
今すぐ黒いマウスを奪い取って調べたい気持ちをぐっと我慢して、ここでも平静を装う。
「もっと奥まで調べてもいい?」
「いいよ。マジで何もないから」
これも強気に白を切る。唇が震えそうになるけれど気合でこらえた。
「じゃあ、このマウス預かってもいいの?」
「……い、いいよ」
ああ……それはちょっと困るなあ。でもここも我慢しなければ。それだけは勘弁なんて言ったら筋が通らなくなる。
「分かった。今日の所はこのくらいにしてあげる。このマウスは没収します」
「何だよ。勝手な言いがかりで偉そうに」
「じゃ」
「おいっ。片付けてけよ」
姉が腕を組んで部屋から出ていく。僕はとりあえず助かったと安心しつつも怪しまれないように怒鳴ってみせた。
ドアが閉まると、すぐに耳を澄ませて姉の足音が遠ざかっていくのを確かめる。1歩2歩確かに1階まで下りていくのを聞いた。
そして部屋を片付けるよりも先に始める検索。バレずに済んだ宝物を取り出して、僕は収納の中に置いたままキーボードを叩いた。
「黒いマウス 機能」
あれは本当にどういう代物だったか。話の途中から気になってしょうがなかった。
もちろん存在を知らないなんて嘘だったけど、あれをどうやって使う物かは本当に知らない。何で今まで忘れてしまっていたんだろう。もしかしたら凄い物を姉に取られてしまったかもしれない。
たぶん大した機能は無いと思う。黒いパソコンはマウスについて教えてくれなかったし、ただのアクセサリーだと信じたい。
けれど、大きな損失をした気も……。
「先程あなたのお姉さんが持っていったマウスには、このパソコンの検索を画像検索や動画検索に切り替える機能があります。マウスを操作してカーソルを画面上に置いたまま右クリックすることで選択肢が表示され、クリックすることで切り替え可能です。これを使えばどんな景色や映像も見ることができます。また、文字を選択してコピーするといった標準的な機能やマウスだけで文字を入力するという機能もあります。」
いや、めっちゃ有用やんけ。何だそれ。
僕は失ったものが大事過ぎて、何だか逆に笑ってしまうような気持ちになった。そんなものがこの収納で使われずに眠っていたのか。昔使っていた財布が出てきて、中に1万円入っていたなんて騒ぎじゃないぞ。
ということはだ。あのマウスを使えば女湯や女湯なんかも覗き放題だということなのか。
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…………。
絶対に取り戻さなければっ。
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