word21 「競馬 勝つ馬」②

「俺この馬にする。6番のマーマレードアップル」


 黒いパソコンでの検索を終えて再びリビングに戻った僕は自信満々に指を差した。


「6番のマーマレードアップル?なんだ。また、適当に選んだだけか」


「いや、適当じゃないよ」


「珍しく選ばせてくれなんて言ってくるもんだから、何か競馬勉強して策でもあるんかと思ったけど違うみたいやな」


「弱いの?」


「うん。まあ、絶対に勝つ可能性が無いって程でもないけど今回のレースでは9頭中6番人気。そこの地方競馬でも20回近く出てまだ1回しか勝ったことがないって馬やな」


 父が見ている雑誌の出馬表でマーマレードアップルという名前の横にはバツ印の書き込みがあった。人気も低くてどうやら父も賭ける気はないらしい。


 けれど、それを見た僕は嬉しく思った。だってオッズが高いほうが返ってくるお金が高いのだから。


「へー。でもそいつがいい」


「あのなぁ。競馬はただ好きな馬に賭ける運のゲームじゃないんやぞ。ちゃんと各データを読み取って勝つべき人間が勝つゲームなんよ。こうして色んな馬のデータを見るのも大切で面白い時間。どうや、お前もちゃんと見てみんか?」


「いいよ。そんなもん見なくても絶対こいつが勝つから」


 父はわざとらしくデータブックみたいなものをボールペンで叩いて見せる。


 勘で賭けて一喜一憂するものでなく、データで勝つ可能性が高い馬を予想するのが通の競馬だというのは本当の事なのだろう。誰がその馬に乗るだとか、過去にどんなレースで勝ってるかとか判断材料もたくさんある。


 競馬に人生の熱を注いでいる予想屋なる人物がいることも知っている。父もメルマガに登録していて、賭けずともテレビでレースを見ては何やらメモしては1人でにやついたりしている。自分もやれば楽しめる部分があるかもしれない。


 けど、そんなことはどうでもいいのだ。僕には絶対の予想屋が出した答えがあるのだから。


「で、何円賭けるの?自分の小遣いから出すんやろ」


「全財産」


「え?」


「もちろん俺の全財産だよ」


「いやお前それはやめとけ。はっきり言って勝たんぞこの馬は。別にお前の小遣いが無くなっても父さんに被害はないけども、あとになって小遣い要求されたり不機嫌になられても嫌だし」


「大丈夫。負けても後悔しないから」


 僕は財布から5000円札を叩きつけた。


 それからしばらく父は「本当に後悔しないんやな?」「知らんからな」みたいなことを言い続け……言い続けながらも渋々僕が予想した馬の馬券も購入した。


「父さん今日は競馬場には行くの?」


「お前はどうすんだ。父さんが行くならついてくるか?」


「俺はいいや。あそこに良い思い出ないし」


「じゃあ父さんも行こうかと思ってたけど家で見よか――」


 ――そんなやり取りがあった後の昼。僕と父はテレビの前で正座して件のレース中継を見守っていた。


 別に僕には正座するほどの気合いは無いけれど、願いを込める父に合わせて僕も気合を入れているふりをした。


 もう馬と騎手はゲートインしていて、間もなくレースが始まる。


「始まるね」


「……おう」


 父はまた集中モードで、内心僕は笑ってしまいそうだった。


「さあ、各馬一斉にスタートしました!」


 おきまりの実況の声と共にテレビの中の馬たちが走り出す。


 序盤、中盤は僕が選んだマーマレードアップルは後ろのほうに位置していた。反対に父が賭けた2番人気の馬はずっと前の方で良い位置に。


 父から見たレース展開は良好らしくて父は頷き笑う。


「先頭が最終コーナーに入ってきました――2位との差はあまりない――マーマレードアップルが5番手」


 父の様子を見ていた僕は最終コーナーと聞いてテレビのほうへ視線を戻す。そしてマーマレードアップルが現在5位だと。


 実況の通りもう姿を覚えたその馬はまだ後ろのほうにいた。大丈夫なのか、不安になる。そこからは僕も画面から一切目が離せなかった。


 マーマレードアップルと1位との差はかなりあるように見える。けれどそこからマーマレードアップルは最後の直線だけでものすごい加速を見せた。


 まるで別の生物かのように、余裕にも見える足さばきで外側から一気に先頭までごぼう抜きしていったのだ。


 結果が分かっていたはずの僕も熱くなるほど美しくかっこいい走りであった。


 競馬ってちゃんと見ればすげえな……と、喜ばなければ――。


「よっしゃあ!勝ったあ!」


「嘘やん……ええ……」


 父は肩を落とし、僕は思いっきりガッツポーズをした。マーマレードアップルのオッズは11倍、5万円ゲットだぜ。


「んじゃ。お金受け取ったら勝った分ちょうだいね。本当に半分父さんにあげてもいいから」


「ちょっと待て」


「え」


「何でこんな予想ができた?」


「……勘だけど」


 一瞬黒いパソコンの姿がちらつきながらも答える。


「今日のお前はなんかついとる。今まで一回も勝てなかったのにこんな大穴当てるなんて」


「うん。そうだね」


「もう1レース賭けてみんか」


「え、俺はいいよもう。じゃ」


「うんうん。十分勝ったのは分かる。父さんも次は賭ける気なかった。でもお前の予想だけでも聞かせてくれんか。父さんがそれに賭けるから。今日のお前なら絶対当てれるから」


 足早に自室に戻ろうとした僕を父がしつこく引き止める。


「いやあ……やめといたほうがいいんじゃないかな。なんというか運使い切っちゃった感じするし」


「大丈夫だ。頼む」


 困ったことになった。けれどそれから何度も父が僕に選んでくれと頼むものだから、僕は適当に名前がかわいいやつを選んであげたのだった……。


 さらに数時間後、次に僕が選んだ馬は3位にも入れずに惨敗した……。

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