第31話 さあ番犬就任だ

 鬼市と合流し、武器庫から閻魔の間へ縮地する。そこでは閻魔一同が首を長くして待っていた。


「帰ったか! 武蔵、獅子王……鬼市よ。……なにはともあれ、無事帰ってきて何よりだ」

 鬼市は閻魔の前まで出ると「全て分かった上なんでしょう?」と確認した。

 閻魔は一言「そうだ」と返事をすると首を縦に振る。


「良かったにゃんね、鬼市」

「ああ」


 鬼市が閻魔の前まで出る。目を閉じ改心に至るまでの日々を思い起こした。周囲も厳粛な雰囲気に包まれる。


 ニャン吉と出会い、仲間と出会い、師匠と出会い……。他の番犬候補と戦いを見守り、復活した先祖の鬼反の野望を砕いた。それは、鬼市の更生の旅ではなかっただろうか。


 何故か周囲がざわついている。鬼市は不審に思い目を開けた。その目に入ってきたものは……閻魔の机の上に立ち、目を怒らせるレモンの姿だった。


「小鬼、この愚か者メ!」

 レモンは何故か激怒している。

「例え神様仏様ニャン吉様が許してモ、この私は貴様を許サン!」

 鬼市は口を開けたままその場に突っ立っていた。先程の厳粛な雰囲気は風の前の塵に同じ、全て吹き飛んでいった……。


「エエイ! そこに直レ!」

 レモンは閻魔の机から荒々しく飛び降りる。机の上の書類は辺りに飛び散った。


 レモンは鬼市の胸ぐらをつかみ鬼神のごとく睨みつける。

「いいか! 小鬼。貴様を裁くのに必要なものハ法律や戒律などでは無イ……心ダ!」

 とんでもないことを言うレモン。その暴言に犬が「閻魔帳から生まれた鬼が法律で裁かないなんて」と火がついたように笑い出した。


 ニャン吉は「やめるにゃん」とレモンを止めにかかる。レモンは渋々やめたのだが、代わりに周囲に迷惑をかけた罰として一発殴らせろと粘る。結局、レモンは鬼市の顔面を渾身の力を込めて殴った。いや、殴り飛ばした。


「レモンよ。鬼市に植え付けた爆裂草の種も除去せよ」と閻魔が命ずる。

 レモンは渋々ではあったが爆裂草の種を吐き出すための薬を作り始めた。


 一段落すると、閻魔は机から一枚の紙を取り出した。そしてその紙を鬼市へ手渡した。

「魔封じの契約書だ。そこに私の署名をしておいた。後はお前が自らの手でそれを破れば数日で魔力が戻ってくる」

「……これが?」

 鬼市は閻魔に紙を見せた。それはバーゲンのチラシであった。チラシ曰く、魚肉半額セール中、三途の川デパート。


 閻魔は渋い顔してチラシを取り返すと「すまん……こっちだ」と別の紙を手渡した。

「……まだ尻に敷かれて――」

「黙れ鬼市。魔法を返さんぞ」


 魔封じの書は金で円の魔法陣が描かれていた。その中央に魔界鬼市と署名がしてあり、署名の上から金字でバツをつけてあった。紙の裏に閻魔の『魔法を使うことを許可する。閻魔』と赤い字で署名がしてある。

 鬼市はその書を破った。紙は青い光を発して閻魔の間を一時包んだ。光は鬼市へと吸収されていった。


「まるで掃除機じゃ」

「青いねー、青二才だーね」

 虫達は、はしゃいでいる。


 全ての光を吸収しきった。それを見届けた閻魔はいよいよ番犬就任だと立ち上がる。

「さて、獅子王、鬼市、その仲間達。今から獅子王を地獄の番犬に任命する。獅子王、お前が番犬に就任すると馴染み技を全て忘れるがよいな」

「もちろんだにゃ」

「よし、ならば以前仮契約の時に発行した免状を獅子王に渡す。この免許の裏に獅子王が肉球判を押せば番犬契約の完了だ」

 集太郎は「肉球ポンかっ! しょれがニャ吉の化け猫判子か!」と一人騒ぐ。


 ニャン吉は免許証の裏に肉球判を押していった。自分の免許証の写真を見てニャン吉は声を上げた。

「にゃ! 俺だけ写真がピンボケだにゃ!」

 ニャン吉は写真を取り直した。


 番犬契約が完了した。

「番犬・獅子王。関白・魔界鬼市。そして、番犬の契約者達よ。これで完了だ。契約者はいつでも本地覚醒ができるぞ」

 閻魔はそう言うと、ぶつ代に指示を出す。


 ぶつ代は鬼市に型通りの挨拶を交わす。

「鬼市、摂政関白就任おめでとう」

「ああ、ぶつ代さんどうも」

「とにかくおめでとう、ひよっこ関白」

「……で、何だ?」

「魔力が戻るまでの間、お前は戦力にならないからね。この宮殿にある瞑想室で待機しているといい」

「瞑想室?」

「ああ、閻魔様の命で新設されたお前専用の待機部屋だ。もっとも、お前が職務で以前使用していた部屋をレモンがアレンジしただけの部屋だが……一度見ておくか?」

「ええ」

 鬼市が瞑想室へ行こうとするとぶつ代と犬もついてくる。ニヤニヤ笑いながらついてくる二人を怪訝に思いながらも鬼市は瞑想室まで歩いていく。


 人がいなくなったのを確認した武蔵は、閻魔に耳打ちをする。

「不埒鳥によると、魔界鬼反がまた復活したらしいです」

 閻魔は一瞬顔色が変わったが「あいわかった」と平静を装い返事をした。

 更に武蔵が「もう一つ、不埒鳥は八咫の烏です」と耳打ちすると、鬼反の時とはうってかわり閻魔は「何!」と声を上げた。明らかに動揺の色が見られた。


 ――階段を上がる鬼市。閻魔の宮殿二階にある瞑想室まで行くと鬼市はあ然とした。


 以前はなんてことない事務室だったのだが、今は扉がペンキでピンク色に塗られていた。標札もかかっていた。

魔赤まかちゃんハウス』

 中にはおしゃぶりやガラガラなど赤ちゃんグッズがぎっしり。壁には『図解・ハイハイのやり方』などポスターが貼ってあった。そのポスターには、『魔界鬼市専用の関白かんぴゃきゅノウハウ(笑)』と大きく書いてあった。


 犬が鬼市の肩をポンと叩き「俺にもハイハイのしかたを教えてくれよ」と笑いながら顔を覗き込む。

 ぶつ代も半笑いで「お酒は哺乳瓶でお飲み」とアドバイスをする。

 鬼市は壁に貼られたポスターを鷲掴みにして剥がし、ゴミ箱へ投げ捨てた。

「レモンめ! 覚えていろよ!」


「よだれかけは、ちゅけましたか?」

「ぶつ代、黙れ」

「まあ冗談はここまでとして、閻魔の間へと戻るぞ」


 閻魔の間では、レモンが爆裂草の種を吐き出すための薬を作っていた。

「小鬼、この薬を飲メ」

 レモンは何故かニャン吉に茶色の丸い錠剤を渡した。

「直接渡せにゃ」

 レモンは渋々、鬼市に薬を渡した。


「これを飲めばいいんだな」

「アア、飲めば良いんダヨ、飲めバ。その薬は飲んだら丸一日は吐き続けるハズダ。閻魔様の注文通りの即効性のある一番確実な薬を処方シタ。確実に除去する代わりに、生きていられる保証もないがナ! ハッハッハッ」

 閻魔の指示で作ったため、レモンは何一つ罪悪感を感じていなかった。鬼市は、閻魔暗殺計画の代償がこの程度で済んで良かったと思った。


 鬼市は薬を飲んだ。効き目は一時間後に現れる。


 閻魔は武蔵に「例の話をせよ」と命じた。

「五行と冥界の姿ですね。承知しました」


 武蔵はニャン吉達を集めると、番犬就任まで隠すように言われていたことを話し始めた。


 ――無事閻魔の間へと戻ってきたチーム邪王猫。鬼市は魔法を返してもらい、爆裂草の種を除去する。武蔵はいよいよ五行と冥界について説明する。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「森羅万象の技法」』

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