第29話 太陽に背を向けて

 不埒鳥は天使であり、太陽の使い八咫の烏だった。ケルベロス五世とタレの両親を殺したのもまたこの烏のしわざであった。


 全てを知ったタレは復讐に燃え、体に炎を纏う。強力な炎である。

 それを冷ややかな目で見る不埒鳥は、タレを遥かに超える炎の力を開放した。そして、子供達に遠くにいるよう指示をした。


 ――戦闘が止んだ。誰もが不埒鳥の方を固唾を飲んで見る。


 タレが火球を使い全身に炎を纏う。その炎は復讐の炎。両親の仇へ憎悪を向ける炎。火球を纏い、タレは不埒鳥へ突進するが……。

「カカカ」と不埒鳥は笑いながら翼ではたき落とす。

 負けじと何度も挑むタレであったが、全て紙一重で避けられる。


 タレと不埒鳥の力量差は明白だった。タレは全力を出していたが不埒鳥は余裕な顔をしている。疲れの色を見せるタレに対して、不埒鳥は息一つ切らせていない。


「カカカ! この不埒鳥を倒す? 笑止!」

 不埒鳥は翼を広げると、ますます力強さを増していく。徐々に周囲が火の海に包まれる。徐々に炎が広がる。


「太陽の化身を舐めるなよ」

 不埒鳥はそう言うと、生糸と火刺に炎を飛ばす。炎は二人を優しく覆う。

「生糸、火刺。その中から出るなよ。それから地面に伏せていろ。少し本気を出すからな」


 柿砲台は不埒鳥を必死に止めるが聞く耳を持たない。花枯爺と墓地は煙のように消えた。


「クエッー!」

「タレ! 退け!」

 タレも武蔵の言葉が耳に入らない。


 不埒鳥は神力を一気に開放した。森が全て火の海に沈む。木々が皆燃え尽きた。


「クエッ……」

 手も足も出ない、そう観念するほどに強力な力。タレに復讐心を超える恐怖心を与えるほどに。


「カカ! この技からは逃れられんよ」

「おじゃあ! 麿も殺す気か! 技を使うなでおじゃ!」

 柿砲台は逃げ遅れ、さらに転けた。


「父ちゃん」

「お父さん」

「カーカッカ、安心しろ生糸、火刺。その炎の守りの中にいれば安心の弱ーい技だ。これから使う技はな!」


(まだ技すら使っていないのか……)と武蔵もタレも、離れた場所にいたニャン吉達も皆、戦慄した。もうすでに辺りは火の海だというのに技すら使っていないのか。


「何をしている! 逃げるぞ!」

 撤退を指示する武蔵の声にニャン吉達はハッとした。そして、逃げ出した。


 不埒鳥は神力を高めると空から獲物を見下ろし嘲笑った。

紅炎プロミネンスでも喰らえ給え」

 不埒鳥の周囲に赤い炎の雲が広がり始めた。それは、太陽の周囲を包む雲によく似ていた。


 紅炎プロミネンスは先程纏っていた白い炎とは火力が桁違いだ。岩も解け、地面も溶岩と化し、どんどん広がっていく。その速度はとてつもなく速く、タレですら逃げられそうにはなかった。もちろん柿砲台も。


 ニャン吉達は死を覚悟した。百戦錬磨の武蔵ですら、もはやこれまでと諦めるほどに。もちろん柿砲台も。


 クラブが振り返り不埒鳥を見て言った。

「く……悔しいが美しい……。それと強い。あの鳥……俺よりかっこいい技使いやがって」


 誰もが諦め死を覚悟した。もちろん柿砲台も。

 そのとき、強力な光線が不埒鳥にぶち当たった。不埒鳥は紅炎プロミネンスが解けて地に落ちてしまった。


「にゃ!」

 皆何が起こったのか分からない。光線の軌道を辿るとそこにいたのは……。


「おいおい、これで終わりじゃないだろ糞烏」

 魔界鬼市が黒い猟銃を抱えて立っていた。

「鬼市!」

 ニャン吉達は一斉に声を上げ鬼市に駆け寄った。


「探したにゃんよ!」

「ああ、白猫か……いや、今は獅子王だったな」


 地面からガバっと不埒鳥が起き上がった。

「カッカッカッ。魔界鬼市か……先程の攻撃はなんだ。弓矢か? 銃か? 爆弾か? 見たところその銃で撃ったといったところか」

 鬼の形相の不埒鳥へ鬼市は「さあな……まさか効いてないよな?」と挑発した。


 あからさまな挑発に返って冷静になった不埒鳥。

「生糸、火刺、カモン!」

 不埒鳥の元へ生糸と火刺が駆け寄る。不埒鳥はガクッと座り込んだ。

 魔界家の武器は地獄で知らぬ者は無いと言われるほど強力だ。その武器で不意を打たれたのに平気なわけがなかった。

「カッ! 覚えていろ!」

 不埒鳥、生糸、火刺の三人は魔界へ縮地した。


「おじゃあ! おいていくなでおじゃ!」

 黒焦げになった柿砲台もあわてて縮地の準備。

「最後にこれだけは言っとくでおじゃ。古池や蛙飛びこむぴょんぴょぴょぴょーん」

 柿砲台も縮地した。


 ――戦いは終わった。皆傷だらけであった。


「おめえ、探したぞ!」

「そうだ、俺もクールになれないほど焦ったぜ」

 骨男とクラブが勢い込んで話し出すがそれを静止して武蔵は鬼市に尋ねる。


「今までどこにいたんだ?」

「え? ああ、実は魔神砲の解体に……」と答える鬼市であったが。

「解体は止めろ!」

 武蔵のその言葉は鬼市も皆もある程度予想していたことだ。


「鬼市、魔神砲のある場所へ俺達を案内してくれないか?」

「……その武器で奴等に対抗するんですね」

 武蔵は頷いた。


「……その猟銃は何だにゃ?」

 ニャン吉が尋ねた。

「ん? ああ、これは小魔神砲しょうまじんほうといってね。魔神砲の小型化に成功したのさ。威力は本家より弱いけどね」

「それであの威力かにゃ! にゃるほど、これにゃら……こっちに向けるにゃ!」

 顔を引きつらせて怒るニャン吉。それを鬼市が笑うと皆つられて笑った。


「猟銃怖いたぁ、ニャン公も獣らしいとこあんじゃねえか」

「骨男……お前は怖くないにゃんか?」


「相棒を撃ったらクールに逮捕するぜ」

「クラブ……。クールにって……お前には心はないのかにゃ」


 落ち着いた所で武蔵が案内するように促すと、鬼市も歩き始めた。


「さて出発だにゃ……にゃ、タレ。どうしたにゃ?」

 タレは先程から黙り込み、ずっとうつむいていた。ニャン吉に声をかけられ顔を上げると、黙ってついてくる。


 ――鬼市と合流できたニャン吉達であったが……。恐るべき強さの不埒鳥。最弱の太陽の力、紅炎プロミネンスですらニャン吉達は為す術もなかった。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「魔神砲」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る