第15話 火山

 鬼たちを屈服させると同時に火山が噴火した。噴煙は空に立ち込め、噴石が火口から弾けるように飛んでくる。赤黒く光るマグマが山を伝い徐々に覆い始めた。

「マグマだにゃん! 逃げるにゃん!」


 まさか、死火山と思っていた山が噴火をするとは……戸惑いを隠せない村の鬼たち。

「そ……そんな馬鹿な! 村の皆を避難させねえと」

 鬼たちは懸命に立ち上がろうとした。だが、先程の戦いのダメージでふらつき鬼たちはいつものように動くことができない。


「ニャン吉たちも避難を手伝うにゃん! 集太郎! ペラアホ! 空から村の様子を見てくれにゃん!」

「分かった、ニャ吉! 任せろ!」

「蜻蛉の力を見せてやる! よー」

「でも、無理はするにゃよ!」

 虫たちは任務に着くと空から一足先に村へ飛んでいった。


「レモン! 一緒に村に行くにゃん! 鬼市も来るにゃん!」

 先程自分と一戦交えた鬼たちには避難するように指示すると、ニャン吉たちは村へ急いだ。それはマグマとの競争になるだろう。


 マグマが届く前に村に着いたニャン吉たち。古代鬼村こだいきむらは蜂の巣をつついたような騒ぎだ。年寄りは腰を抜かし地べたにへたり込み、子どもは泣き喚きながら意味もなく走り回る。


 如何に皆を避難させるかニャン吉が判断に迷う中、レモンは見張り台へ登り、見張りの男に話をつける。

「男! この警鐘を鳴らしながら避難先へ皆を先導して走レ!」

「お、おめえは誰だ」

「共に避難する鬼デス。ヨロシク」

 男は、吊り下げていた木から警鐘を取り外すと肩にかけ、見張り台から飛び降りた。そして、村の外まで出ると警鐘を鳴らしながら『おめえら! こっつだぁ!』と大声で呼んだ。


 警鐘を聞きつけた村人たちは音を頼りに避難を開始した。そうやって、村の人を砂漠の方へと避難させた。閻魔帳の化身のレモンは頭の回転が速く、判断力抜群で力も強くて頼りになる。


 村人が村の外に出終わる頃、マグマは村を飲み込み始めた。ニャン吉が1人村を振り返ると、山に隣接する高床式倉庫から火の手が上がっていた。

(ギリギリだったにゃ)


 ――集太郎とペラアホは2手に分かれて空から地上の様子を観て回った。


 集太郎はマグマが今どこまで迫ってきているかを、ペラアホは避難経路をニャン吉に逐一報告。これで、避難経路の確保に困らなくなった。


 鬼市は金棒を出し避難経路で皆を誘導。濁流の如く人波が押し寄せたが、鬼市の巧みな誘導で砂漠の方へと流れを無事に誘導できた。そして、全員無事に避難できた。安堵する村人であったが……。


「家の子は!」という叫び声が上がった。その子の母と思われる婦人は我が子を助けようと村に戻ろうとする。皆が静止するのを振り切っていこうとする婦人へニャン吉が「自分が行くにゃ! 鬼市、後は頼むにゃ!」と言うと村へレモンと共に駆けてゆく。


 集太郎とペラアホの先導で危険な道を避けながらであった。だが、3不如意の鴨川の水の洪水を思わせる予測不能なマグマの流れが行く手を度々阻む。通ろうと前脚を出しかけたと同時にマグマが流れ出し行手を阻むことも1度や2度ではなかった。辛うじてレモンと村のあった所へ辿り着いた。


 村は、マグマの底に沈んでいる……。村は跡形もなく、赤黒く光る粘り気のあるマグマがその代わりに沼を形成していた。


 戦慄したニャン吉は一瞬村に入るのを躊躇った。灼熱の赤黒いドロドロの沼に飛び込むのはさすがに勇気を出さねば。


 ニャン吉はその場から大声で呼んだ。

「鬼の子ども! どこだにゃん! 返事をするにゃん!」

「ここだよー!」


 声のする方へ目をやると、子どもが土の高く盛られた所に佇んでいた。1メートルくらいの高さの盛土の上で辛うじてマグマから身を避けていた。しかし、盛土の足場は子ども1人が何とか立てる程度であまりにも狭い。さらに、マグマは後数センチほどで盛土を沈め子どもを飲み込むだろう。


 ニャン吉は勇気を振り絞り尻尾で地面を叩いて気合を入れた。

「すぐに行くにゃん!」

 マグマの流れが盛土を徐々に削っていく。猫歩きでニャン吉は慎重に残された足場を伝い子どもの近くまで寄った。レモンもその後を慎重についてくる。


 ニャン吉は猫叩きでマグマを吹き飛ばした。粘り気が強いので、吹き飛ばしたマグマはすぐには元に戻らない。それを数度繰り返し1本の道を作った。

「今の内にここを通ってこっちに来るにゃん!」

「分かった!」

 子どもは恐る恐る左右に別れた粘り気の強いマグマの間の道を歩いた。

(後もう少しだにゃん)


 後もう少し、子どもが道を渡り切ろうとしたその時。山から大量のマグマが一気に押し寄せてきた! マグマは子どもの頭上に迫る!

「ああ! にゃんてことだ!」

 マグマが子どもを一飲みにしたとニャン吉は思った。だが、蔦がニャン吉の後ろから伸びて子どもに巻き付き、一気に岸まで引っ張った。その速さは神速。

「レモン! すごいにゃん!」

「さあ、早く帰りマショウ。私、炎は苦手デス」

 レモンはそのまま蔦で子どもを頭の上に縛り、ニャン吉と共に危地を脱した。


 みごと、ニャン吉たちは子どもを救助した。


 鬼たちの避難する砂漠へ引き上げたニャン吉たち。子どもは親の所へ飛んでいくと、親子共々安堵の涙を流す。子どもは怖かったと泣き、母は良かったねと泣いた。虫たちも、もらい泣きした。


 ――火山の噴火が弱まってはいるが、完全に止まるまではジリジリ砂漠に避難所を建て待つことにした。


 村を失った鬼たちであった。だが、失意に沈むどころか『失ったら失ったで新しい物を創る楽しみがある』を合言葉に嬉々として岩石のテーブルを囲み、砂漠の井戸から組み上げた水で乾杯する。

 村の男衆は「形あるもんはみんな崩れっぺよ!」と大笑いする。

 村の女衆はそれを見て「命があれば後はなぁんもいらねぇな」と笑う。


 権力も虚飾も持たない素朴な彼ら彼女らの底力をニャン吉はここに見た気がする。


 調子に乗って2人の男が「服もいらねっぺ!」と服を脱ぎ捨てた。露出鬼たちを村の皆が黙ってにらむので、2人は再び服を着た。


 ――火山の噴火から古代鬼村を救ったニャン吉たち。ジリジリ砂漠に建てられた避難所には物はなにもないが、あふれるような生命力があった。

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