第54章 我慢比べ

白陸軍は初戦でエリュシオンを完膚なきまでに粉砕したが戦士達は簡単に心は折れない。



虎白が放っている偵察隊はエリュシオンの動きを把握していた。



既に再出陣の準備をしていると知らせが入る。



虎白は再度出陣の知らせを国内に出した。



ハンナは知らせを聞いて竹子の元へ行く。



初戦から一週間後の事だった。





「竹子聞いた?」

「うん。 行かないとね。」

「大丈夫なの?」

「平気だよ・・・」





明らかに浮かない表情の竹子を心配そうにハンナは制服のジャケットを羽織る。



出陣の期日は三日後。



それまでに部隊の編成などをしなくてはならない。



ハンナは竹子を部屋の椅子に座らせて紅茶を入れる。





「少し休んでて。 私と又三郎中佐でやるから。」

「ごめんね・・・」

「いつも助けてもらってばかりだった。 謝らないで。 今度は私が助ける番だよ。」





竹子に紅茶を飲ませると部屋を出て白神隊と第1軍の編成に向かった。



途中で又三郎に会うと敬礼をして一緒に基地へ向かう。



白神を支える2本の柱。



どちらも折れるわけにはいかなかった。




「竹子様はどうじゃ?」

「浮かない表情です・・・」

「であろうな。 されど敵は待ってはくれぬ。 3日以内に用意整えるぞ。」

「はい。 ルーナ!」

「はい!」





ハンナとルーナは自分達の大隊へと向かった。



兵力3000の召集。



そして第1軍の師団長と話し合い、進軍経路の確認。



第1軍の補給部隊や衛生部隊の編成。



やる事は山程あった。





「じゃあ先頭は我々。 第2軍が直ぐ後ろにいるから虎白様が決めた布陣図に従って兵を配置しないとね。 師団長。 問題ない?」

「大丈夫だ。 うちの兵達は竹子様と白神がいる限り負けないと信じている。 今回も共に戦おう。 では俺はこれで。 残り2日の間にできる事をしておく。」





第1軍の師団長は部屋を出ていき、残ったのは又三郎とハンナだけ。



何か言うわけでもなく、お茶を飲んでいる。



先に口を開いたのはハンナだった。





「私達がいる限り負けないか・・・」

「当然であろう。 兵は皆信じておるのだ。」

「ですよね。 竹子はそれどころじゃないのに。」





初戦から一週間。



竹子は毎晩うなされていた。



殺した兵士達の人生の細部まで蘇る。



目を覚ましては泣いて、疲れて眠る毎日。



とても戦える状態ではなかった。



ハンナも毎日竹子に会いに行っていたがそれは虎白も同じだった。



今晩もハンナは虎白と竹子の部屋に来ていた。





「それにしても残酷な能力だな。」

「何とかならないんですか?」

「アルデンはそれを乗り越えてこそだってよ。」

「そんな・・・」




優しい竹子に絡みつく名もなき敵兵の人生。



竹子には名もなき敵兵ではなかった。



殺した敵兵1人1人と共に生きたかの様に。



様々な事を知ってしまった。



どう生まれてどう親に育てられて。



そしてどう考えて兵士になったか。



竹子に出会う前に兵士が持っていた覚悟も。



絶対に生きて帰る。



そう誓った兵士を一刀で斬り捨てた。



竹子の刀を通して体に入ってくる兵士の魂。





「虎白・・・」

「竹子!」

「ハンナもいてくれたのね・・・」

「竹子! 何か飲む?」

「お・・・」

「お茶ね! わかった待ってて!」





目を覚ました竹子はムクッと起き上がり布団の上に座る。



ハンナが温かいお茶を入れて持ってくると大切そうに飲んでいる。



心配でたまらないハンナは落ち着きがなく、竹子の背中をさすっている。



虎白は竹子の頭をなでると優しく頬を触る。





「大丈夫か?」

「うん・・・優子は大丈夫?」





こんな時でも自分より可愛い妹の心配をしていた。



この優しが竹子を余計苦しめる。



誰よりも優しいから殺した兵士全員に同情をしてしまい、罪悪感で苦しんでいた。



不安げな表情で竹子は虎白を見ている。



虎白は静かにうなずいた。




「あいつは大丈夫だから早く元気になれよ。」

「そっか。 うなされてないの?」

「会いに行くか?」

「うん。」




竹子は虎白に掴まって立ち上がるとフラフラと優子の元へ向かった。



部屋から出るとハンナはルーナに目で合図をして車を準備させた。



妹がいる白陸第2都市、美楽隊の基地へ。



ハンナは車で優子の第2都市へ向かった。



車内には虎白と竹子とハンナ。



ドライバーと助手席にはルーナ。



4人乗りの車には人数が1人多く、狭くなると感じた虎白は見た目を変えて小さな狐に変化して竹子の膝の上で丸くなっている。



白くてモフモフの毛皮になっている虎白を横目にハンナは落ち着きがない。



竹子がハンナを見てニコリと笑う。





「可愛いでしょ。 触ってみる?」

「おい竹子。 俺をペットみたいな言い方するな。」

「見た目は小さくてモフモフなのに虎白様のままなんですね。」

「触らないの?」




竹子が小さくなった虎白をなでながらハンナを見ている。



ハンナは恐る恐る虎白の背中に手を伸ばす。



ギロっと睨んでいる。





「うわっ! す、すいません。」

「大丈夫だよお。 噛み付いたりしないから。」

「じゃ、じゃあ。」




ハンナが背中から頭にかけてなでると目を細めて気持ちよさそうにしている。



虎白の可愛さに思わず赤面してしまう。



竹子はニコリと笑っている。



ハンナは竹子が笑った事に安堵した。






やっぱり虎白様がいると竹子は幸せそう。


安心した。


こんな可愛い虎白様見れる機会も少ないし。


いや竹子と2人きりの時はこんな感じなのかな?


まあとにかく良かった。


笑っていてよ。


可愛いのは竹子だよ。


私より歳も本当は下なんだろうなあ。


小さくてか弱い女の子。


そんな竹子がこんなに頑張っている。


だから私も力になりたい。


いつか見てみよう。


虎白様の言っている戦争のない天上界を。


隣にいられるだけでいい。


いつか必ず。


そのためにはまず元気を出さないとね。







車は第2都市に入り、第2軍の検問所を何箇所か通り、美楽隊が警備する優子の城へと入った。



赤とピンク、白などのカラフルな作りの城はまるでお菓子の城の様だ。



ピンク色のトンガリ帽子を被った美楽隊が警備している。



白陸でお菓子の生産がダントツで多い第2都市。



「甘い物を求めるなら第2都市へ行け」



これは白陸で有名な言葉だった。



優子は大の甘党で周辺諸国ともお菓子で貿易をするぐらいだった。



秦国の桃饅頭やスタシアのストロベリーケーキなども第2都市なら手に入る。



優子と恋人のお初の好物鯛焼きも第2都市では様々な味がある。



生地もサクサクフワフワ。



優子に会う目的を忘れて竹子はお菓子を食べ始めたのだ。



呆気に取られるハンナだったが虎白が隣で見ている。





「え? いいんですか? 優子様に会わなくて・・・」

「まあ食いてえなら食わせてやれよ。 少しでも気分が良くなればいいよ。 お! 秦国の桃饅頭俺も食おうかな。」

「ええ!? 虎白様!?」




困り顔のハンナの隣にルーナがやってきた。



口にストロベリージャムをつけながらニヤニヤと。



呆れ顔のハンナにルーナがチーズケーキを渡す。





「スタシア産のチーズケーキですよー。 少佐はチーズケーキ好きですよね? このストロベリーケーキ最高!!」

「ちょっとー。 優子様に会わないのー。 でも竹子も幸せそうだしいっか。 んー!! おいひい・・・」





結局1時間以上も甘い物に翻弄されたハンナ達は優子に会う事を忘れ食べ続けた。



見かねた美楽隊が優子を呼びに行ってニヤニヤと優子が出てきた。



側近の健作達を連れている。





「美味しいでしょー!! キャハハハー!!!!!」

「優子!!」

「姉上!?」

「大丈夫なの!?」

「ああその事ですか。」





竹子が想像していた優子とは違った。



いつも通りニコニコとしていた。



側近の健作も何食わぬ顔をしている。



薩摩芋を食べながら。




「うむ。 薩長同盟の証だな!」

「これは健作殿。」

「おう又三郎殿! この薩摩芋食うか? 美味いぞ!」

「かたじけない。 して優子様は大事ないのか?」

「ああ。 初戦の晩だけはな。 されどな。 強いのだお嬢はの。」




側近同士として面識のあった健作と又三郎は薩摩芋を食べながらお互いの主について話した。



健作はかつて虎白達と下界で戦った新政府軍の生き残り。



メテオ海戦、アーム戦役と経験した事で共に天上界に来た新政府軍も大勢到達点に旅立った。





「気がつけば多くが旅立った。」

「左様だな。」

「そっちも平蔵や太吉がな。」

「ああ。」

「だがなうちのお嬢は強いんだ。 失う仲間の分だけ強くなる。 泣くのは1日だけ。 次の日には甘い物食いまくって元通りさ。」





天真爛漫な優子。



甘い物が好きでピンクが大好き。



そんな優子だったが勇猛な部下を多く従えている。



誰もが口にする優子は強い。



その言葉の意味を又三郎は知る。



姉の竹子でさえも知らなかった優子の強さ。





「いいですか姉上。」




優子と竹子は団子や椅子に腰掛けて団子とお茶を飲みながら話す。





「悲しかったですよ。 道源さんや多くの兵士達の人生を知りました。 姉上が討ち取った菜々という将軍。 道源さんは娘の様に可愛がっていました。 泣きました。」

「うん・・・菜々は冬雲という将軍と恋仲なんだって・・・」

「そうなんですか!? それは道源さんは知らなかったです。」

「それで。 どうして元気でいられるの?」






団子を口に頬張って幸せそうにする優子は飲み込むとお茶を飲んでふうーっと息をつく。



そして背中にいつでも背負っているエンフィールド銃を大切そうにさする。



亡き新納の形見だ。





「簡単ですよ。 私は新納を失った。 何も悪い事してないのに新納はへうげものに顔を食べられました。 これが戦いなんです・・・道源さんや兵士達も気の毒ですよ。 でも。 恨まれる筋合いもありませんし謝るつもりもありませんよ。 戦いを終わらせるしかないんですよ。 新納のために。 道源さんや敵兵、味方のために。 だから殺した敵の魂に言うんです。 必ず終わらせるからねって。」





何も考えていなさそうで実は深く考えている。



竹子でさえも優子は物事を考えない妹だと思っていた。



しかし違った。



姉の自分より遥かに強い心を持っていた。



優子の言う通りかもしれない。



かつて新納を葬ったへうげものには知性があった。



悪びれる事もなく新納を殺した。



しかしそれはへうげものが生き残るために行った事だ。



それから天上界に来て優子だって多くの冥府軍を殺した。



全て生き延びて虎白やお初。



大好きな姉と共に生きていたいから。





「姉上。 私達は大勢殺しましたね。 それは生き残って虎白の言う世界の実現のために戦っているんですよね。 もし殺されたら虎白の夢を実現できません。 だから戦うんです。 敵にも夢があり、帰る場所があります。 だから襲いかかって来るんです。 悲しいですよね。 一緒に甘い物食べれば仲良くなれるかもしれないのに・・・でも戦うしかないんです。 いつかへうげものを見つけて殺します。 私は負けません。 多くの亡き第2軍の兵士や美楽隊のためにも。 死ぬわけにいきません。 だから戦います。 殺した敵兵の魂も背負います。 帰還したら想い人に気持ちを伝えようとしていた敵も殺しました。 彼の気持ちも背負います。 代わりにお初とたくさん楽しみます。」






妹の気高さを知った瞬間だった。



天真爛漫で甘い物とお初が大好きな妹。



でもかつて大切な人を失った。



その時竹子は気がついた。



新納の前にも失っていた。



大好きな姉を。



優子は会津戦争で竹子を先に失っていた。



それからも優子は生き抜いた。



自分が思っている以上に強い女性だった。



戦いは終わらないかもしれない。



それでも諦めるつもりは全くない。



だから戦う。



殺した敵の魂は辛いもので気の毒に思う。



だがそれは自分の兵士にも同じ事で守る責任がある。



何故なら神の軍隊の大将軍なのだから。



そしてその神が戦争のない天上界を創ると言っているなら信じる。



だから敵の想いも背負って戦う。



新納も道源もきっと見ている。



魂を背負ったからにはその先を見せてみろと。



これが優子の中にある信念だ。





「知らぬ間に大きくなっていたのね。」

「姉上も失わないしお初とだってずっと生きる。 新納や敵の事も忘れない。 虎白を信じて戦うしかありません。 それができないのなら。 大将軍を辞めて国民として生きるしかありません。」

「それはない。 妹のあなたがそこまで気高く生きているのに姉の私がそんな事できるわけない。 私も背負うよ。 菜々将軍。 後は任せてください。 必ず平和の世界を創ります。」





優子はまたニコリと笑って団子を食べ始めた。



竹子は優子の頭をなでると立ち上がり虎白の元へ向かった。



練りきりを食べながらハンナと話す虎白は竹子に近づく。





「もう大丈夫か?」

「うん! 辛い事に変わりないけれど。 優子は強かった。」

「そうか。 お前も十分強えよ。 進むしかない。 それだけがこの残酷な世界の先を見る術なんだ。」

「もし私が死んでも止まらないで。」

「わかってる。 でも・・・縁起でもねえ事言うな・・・」




涙目になった虎白はトボトボと歩いてハンナに耳打ちしている。



するとハンナは険しい表情になって竹子に詰め寄る。





「馬鹿な事言わないで!!」

「えっ!? もう。 虎白! 余計な事言わないでよ!」

「じゃあ二度と言うなよ?」

「わかったよ。」

「竹子! 私にも約束して!!」

「わかったてばー。」





ハンナは大きくため息をつくとイチゴ鯛焼きを食べ始める。



虎白はカスタード鯛焼きを草むらに投げる。



驚いたハンナは虎白を見る。



白陸にある鉄の掟。



作物を粗末にする事は許さない。



それを決めた虎白が草むらに鯛焼きを捨てた?





「な、何やっているんですか!?」

「捨ててねえよ。 草むら見てみろよ。」





ハンナが草むらを覗き込むとお初が鯛焼きを食べている。



お初はいつでも優子を見守っている。



しかし優子が誰かに会う時は絶対に出てこない。



忍者だからか人見知りだからか?





「ええ!? お、お初様!?」

「み、見たなあ・・・」

「い、いや!! 見てません・・・顔なんて見てないです・・・」





お初は顔を見せる事を嫌う。



しかしハンナは見てしまった。



童顔だが顔立ちの綺麗な美少女を。



誰が見ても可愛いというお初だったが何故顔を隠すのか。



忍者だからか人見知りだからか?



こんな何気ない日々を守りたい。



そのために戦うのだ。






「さーて行くか竹子。」

「うん! みんなありがとうね。」

「さあ竹子帰ろ。 虎白様。 帝都まで送りますよ。」

「悪いな。 じゃあな優子、お初。」

「ばいばーい!! キャハハハー!!!」

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