第37章 2人の恩人
これは二度目の出陣の後。
7万人という計り知れない数の戦死者を出した白陸軍。
どこの軍団も被害が出ていた。
虎白の白王隊でさえ軽傷者が出た。
しかしその中において全くの無傷で撤退を成功させた部隊がある。
宮衛党。
総帥メルキータと2500の兵士達は虎白の本軍と白王隊に守られていた。
出陣したのに何かするわけでもなく。
後方予備隊と言えば聞こえは良いが実際は飾り物。
虎白の判断で実戦投入は拒否された。
兵士の練度の不足とメルキータの総帥としての技量の不足。
メルキータは不満そうに後宮に戻った。
「何のために訓練したのかな。 味方があんなに大勢死んでしまったのに私達は何もしないで・・・」
「まあ仕方ないよ。 設立して日も浅いし日頃鍛えてくれていたあの私兵達でさえも犠牲者が出ているんだから。 私達が動いても犠牲者が増えただけかもよ・・・」
「お前っ!! 何でそんな事言うんだよ!!」
メルキータは歯茎を剥き出しにしてウランヌを睨む。
ため息をついてウランヌは遠くを見る。
次の出陣も近い。
ウランヌは再出陣の部隊編成のために部屋を出て行った。
「ウランヌはいつも否定的だ・・・そんなに私が不満なのかな。 ただ優奈姫様の役に立ちたい。 それだけなのに・・・」
かつて北側領土のツンドラ帝国という国の皇女だったメルキータ。
皇帝であり実の兄のノバとの内乱に虎白が介入してツンドラ帝国は滅亡。
生き残った民達を連れて白陸に来た。
そして虎白の妻の優奈の宮女として仕えている。
メルキータやニキータの他にも猫の半獣族の美桜やアルビノとして生まれた狐の半獣族の白雪などがメルキータの同期として宮女となった。
しかし彼女らの仲は最悪だった。
第一の人生で敵だった国の皇女達だった。
顔を合わせれば喧嘩の日々。
優奈の役に立つどころか優奈もこの事に頭を抱えていた。
まだ彼女達が宮女となって間もないある日。
「まーた喧嘩してるの。」
「優奈姫様聞いてください。 この猫女と来たら私が用意した優奈姫様の食事を勝手に運んで。」
「うるさいにゃ。 そんな事どうだっていいにゃ。」
「何だと! お前はいつだってそうだ。 盗んでは平然として!」
「もう止めなさい!」
普段は温厚でおっとりした性格の優奈もさすがに怒る。
それでも美桜とメルキータは睨み合っている。
優奈に気に入られて高い地位に就きたい。
かつての敵を蹴落としてやりたい。
全員がそう思っていた。
正直な所優奈に忠誠もない。
虎白の周りは有能な将軍が多かったから優奈の側近の方が出世できる。
ただそれだけだった。
「仲良くしようよお。 私はみんなの事が大好きだから。」
「優奈姫様! この美桜はいい奴じゃありませんよ。」
「虎白から聞いてるよ。 昔は敵だったんだよね? でも今は仲間なんだから。 仲良くしよ。 そうだ! 何処か遊びに行く? みんなは何が好きかな?」
優奈は決して頭も良くないし何か特技があるわけでもなかった。
集団をまとめる能力なんて当然ない。
しかも半獣族の彼女らは文化も違えば考えた方も違う。
後宮設立とメルキータ達を宮女として迎え入れる事は優奈の希望でもあった。
「こんな奴らと遊びになんて。」
「願い下げにゃ。」
優奈は困り果てている。
そんな事お構いなしに喧嘩を続ける宮女達。
遂に優奈は行動に出る。
「わかった。 じゃあ私は白陸から出て行く。」
「出て行って何処へ行くんですか? お供しますよ!」
「私だけで行くの。 みんなと仲良くしたいけど喧嘩ばっかり。 原因は私なんでしょ。 だから出て行くの。」
突然の言葉に何も返せない宮女達。
しかし優奈の表情はいつになく真剣だった。
メルキータはおどおどしながら美桜や白雪を見る。
「優奈姫様に迷惑かけてる。」
白雪がボソッと呟く。
メルキータは白雪を見て考え込む。
かつての敵と仲良く。
そんな事できるのか。
ふと浮かんだとある者の顔。
冥府の12死徒を家族に迎え入れた者。
長年殺しあっていたのに命懸けで守った者。
そしてその12死徒もその者のために命懸けで生きていくと誓った。
虎白と魔呂。
壮絶な一騎打ちを何度も繰り広げた。
殺しかけて殺されかけた。
しかし今ではお互いが本当に仲良くしている。
メルキータは虎白と魔呂に話を聞こうと決めた。
「わかりました優奈姫様。 何とかしてみます。 美桜・・・悪かった。 料理を運んでくれてありがとう。」
「わ、わかればいいにゃ。」
「こら美桜。 ちゃんと言いなさい。 料理作ってくれてありがとうでしょ。」
優奈に言われても美桜は恥ずかしそうにモジモジとしてメルキータと目を合わせない。
ため息をついて優奈は美桜の頭をなでる。
驚いた表情で美桜は優奈を見るとニコリと笑っていた。
「仲良くしないとダメだよー? これからは私達も家族でしょ? 虎白と竹子達みたいに私達も家族になろうよ!」
純粋な半獣族には突き刺さる言葉だった。
少しずつ。
彼女達は変わり始める。
メルキータは虎白の元を訪れた。
「何だよ?」
「美桜達と仲良くやっていきたい・・・」
「そうか。 仲良くしろよ。 じゃあな。」
「ねえ待ってよ!」
「何だよ!」
興味無さそうに虎白はその場を去ろうとするがメルキータが呼び止めると少しニヤけながら耳をシクシクとかいている。
少しため息混じりの声でメルキータの胸元をボンッと叩く。
「んなもん知らねえよ。 と言ってやりたいがな。 かつての敵。 ああ丁度来た。 今から飯行くんだよ。 おお魔呂!」
「遅くなったわー。 あらー子犬ちゃん。」
12歳ほどの小さな少女。
黒髪が良く似合う。
前髪が綺麗に揃っているのが余計に子供っぽい。
しかし確かに放っている。
信じられないほどの威圧感を。
メルキータを見てニコリと笑う。
くりっと可愛らしい黒目。
元12死徒にして白陸の大将軍。
魔呂。
「ど、どうしてそんなに仲良くできるの?」
「あははー。 それは虎白がいい男だからー。」
「ええ。 いい男って。」
「あははー。」
あしらう様に笑う魔呂を見て虎白がニヤける。
虎白が魔呂の頭をなでてメルキータに背を向けて歩きだす。
そして一度振り返るとまたもニヤけている。
「お前も飯食いに行くか?」
「いいの!?」
「どうする魔呂?」
「もちろんいいわよー。 虎白との2人の時間を邪魔されたんだから楽しいお話しを期待しているわー。」
初めて会話をしたメルキータと魔呂。
魔呂からすれば子供の相手をしている様。
生きた時間も歩んできた場数も越えてきた死戦も何もかもが歴然。
メルキータは嬉しそうに尻尾を振ってついていく。
そして店に入り適当に食事を始める。
「魔呂野菜も食え。」
「嫌よー。 お肉の方が美味しいわー。」
「肉と野菜一緒に食え。」
「仕方ないわねー。」
パッと見ると子供の世話をしている様にしか見えなかった。
しかしこの2人の固い絆。
メルキータは本題に入る。
「それで!」
「ああそうだったな。 なあ魔呂。 俺達は本気で殺そうと思ってたよな?」
「もちろんよー。 私は戦いが大好きなのよー。 強い虎白が死ぬのを見てみたかったわー。」
「俺も魔呂は危険すぎるから始末しておきたかった。」
メルキータは真剣に2人の話を聞く。
虎白と魔呂は顔を見合わせてはニヤニヤと笑い虎白が魔呂の口に野菜を近づける。
それを嫌そうにも幸せそうに食べる魔呂。
本当に仲が良い。
「なあメルキータ。 お前よ。 美桜達に本気でぶつかった事があるか? 俺は何度もある。 魔呂に本当でぶつかって色々言い合った。」
「そうねー。 初めてはテッド戦役。 それから何度も何度も殺し合い話し合ったわねー。」
「するとお互い意外なものが見えてくる。」
「実は優しい所とかー天上界に不満を持っている所とかー。」
交互に話す2人はセリフでも用意していたかの様に完璧に話している。
時より同時に口を開きかけては同時に黙り込み顔を見合わせて笑っている。
メルキータは見ているだけで羨ましかった。
美桜や白雪とこんな事ができるのか。
「俺と魔呂は段々と惹かれ合った。 お互いが敵じゃないと気づいたんだよ。」
「そうねー。 気づく事に遅れたせいで大きな代償も払ったわー。」
「ああ。 姉2人を殺すというデカすぎる代償をな。 ああ・・・」
虎白はあの時の事を思い出すと今にも泣き出しそうになる。
それを魔呂は優しく包み込み虎白の手を握る。
虎白と魔呂はお互いの顔を見合わせて優しく微笑む。
辛い事はたくさんあった。
でもお互いがいるから乗り越えられる。
「だからよメルキータ。 殺し合えなんて言わねえけどな。 美桜や白雪の否定ばかりしてねえで自分の気持ちを素直にぶつけて美桜の気持ちを素直に受け止めてみろよ。 納得いくまで話し合え。」
メルキータの心はとても暖かくなっていた。
見ているだけで微笑ましい虎白と魔呂。
美桜や白雪とこうなれる事を切に願った。
「ありがとう。 私頑張ってみるよ! いつか2人に負けないぐらいに仲良くなってみせるよ!」
「そうか。 勝手にしろ。 飯食ったなら失せろ。」
「何でそんな事言うの!!」
「あははー。 虎白は頑張ってって言っているのよー。」
虎白は嬉しそうに笑って魔呂の頭をなでる。
そしてまた口に野菜を近づけると嫌そうにも幸せそうにモグモグと食べている。
メルキータは席を立って一礼して店を出て行った。
「しなくていい経験だってあるけどな。」
「そうねー。 簡単に仲良くなれると良いわねー子犬ちゃん達。」
「ああ。 何も失わずにな。」
「失う事も必要よー。 けどせめて大切な誰かの命でない事を願うわー。 信頼を失うならまた取り戻せるものねー。」
2人は真剣な顔をして食事を食べ終えると店を出て行く。
何処か2人は切なくも見える。
しかし確かな事はそれでも支え合っているという事だ。
後宮に戻ったメルキータは美桜の元を訪れる。
「うわあ来たよ。」という嫌そうな顔をして目を背ける美桜。
それでもメルキータは美桜に近寄っていく。
身構える美桜は少し髪の毛を逆立てる。
「にゃ、にゃに?」
「私はお前の何でも横取りする所が嫌いだった。 でも違うんだよな。 お前は色んな事に気づけている。 優奈姫様のために何をすれば良いかわかっているんだよね。」
「にゃにいきにゃり。 怖いにゃ。」
と言いつつも美桜の尻尾はクネクネと動いている。
何処か嬉しそうにしている。
メルキータは美桜に向かって手を伸ばす。
「かつては大敵だった。 でも今は優奈姫様の元に集まった。 仲良くやろう! 虎白達に負けない家族になろう!」
「にゃ!? ま、まあ。 お前がそこまで言うにゃら家族ににゃってやるにゃ。」
メルキータは嬉しそうに笑う。
そして美桜の頭をなでるとひっくり返る美桜。
「い、いきにゃりにゃにするにゃ!!」
「可愛いな! さすが私の家族だ!」
「う、うるさいにゃ!」
見ているだけで微笑ましい。
優奈はその光景をしっかり見ていた。
嬉しそうに微笑む優奈に気づいたメルキータ。
優奈が手招きをしてメルキータはついていく。
「偉いね! 美桜と仲良くできたんだ!」
「ま、まだわかりません。 でも頑張ってみようと思ってます。 虎白と魔呂の様に。」
「できるよ! みんなで仲良くしていれば絶対に家族になれる。」
決して頭は良くない。
しかし優奈の真っ直ぐな心は同じく頭の良くない半獣族には確かに届いている。
メルキータは優奈に感謝している。
「行き場のない私達を拾ってくれたのは虎白かもしれない。 でも白陸に居場所を与えてくれたのは優奈姫様です。 そして美桜達と仲良くし始められたのは虎白と優奈姫様のおかげです!」
優奈は嬉しそうに笑う。
メルキータの頭をなでると嬉しそうに優奈の手をさする。
まだまだ一枚岩とは言えない。
しかし確実に距離が縮まるかつての敵達。
そんな日々を過ごし続けた今。
アーム戦役という未曾有の危機が訪れた。
今こそ一つになって宮衛党の力を見せる時だ。
しかしメルキータは大きな過ちをおかした。
それはメルキータの元へ訪れた冥府軍からの使い。
使いからの話しは信じられない事だった。
恩人虎白の殺害の手助け。
メルキータは使いに脅された。
下界で暮らす優奈の命が危ないと。
冥府軍に協力しなくては下界で優奈が冥府軍の暗殺者に殺されると。
椅子に座り悲痛の表情でメルキータは黙り込む。
隣で話を聞いていたヘスタとアスタは騒然としている。
「大変大変!」
「メルキータ!」
『どうするの!?』
うつむいて黙り込むメルキータ。
大混乱になるヘスタ、アスタ。
優奈は下界に戻っていてその場にいない。
虎白は再出陣の支度をしている。
「ウランヌに話したら絶対に反対される。 そうしたら優奈姫様が・・・」
「とりあえず!」
「虎白様に!」
『話すべき!!』
「馬鹿言え。 そんな事できるわけない。 やるしかない・・・私は優奈姫様に仕えているんだ。」
悲痛の表情でメルキータは決心する。
虎白の殺害に加担する事を。
その頃もウランヌは部隊編成に奔走していた。
この事実を知るのはメルキータとヘスタ、アスタだけ。
妹のニキータでさえも知らなかった。
席を立ちメルキータは窓から白陸の景色を見る。
「さようなら。」
悲痛の表情のまま呟いた。
そして出陣の時が来た。
「何で私が残るの?」
「誰かが残らないといけない。」
「美桜だっているんだから。」
「そうだが美桜は兵士じゃない! 政治担当だ。」
ウランヌは不満そうにしている。
一大決戦の場から外された。
今日までずっと一緒にやってきたのに何故。
しかしメルキータの表情は鋭かった。
「命令だ。 どうか白陸を守ってくれ。 優奈姫様を。 守ってくれ。」
「何か決心した表情ね。 まさか死ぬつもりだって言うなら許さない。」
「そんなつもりない! 帰ってくるさ必ず。」
ウランヌはそれ以上何も言わなかった。
我らが総帥のメルキータが決めた事。
何かを決心した表情。
死ぬ気で戦うつもりなんだと察したウランヌは白陸に残る事にした。
万が一の時に誰かが優奈を守るために。
静かにメルキータへ敬礼する。
「必ず生きて帰ってきて。 信じているよ! だから優奈姫様は任せて。」
「わかった。 絶対に優奈姫様を守るんだ。」
そしてメルキータと宮衛党2500は出陣した。
大きな過ちの戦場へ。
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