第36章 隣にいない

白陸軍が中間地点に進む。



次々に隊列に加わる南軍の仲間達。



前回の戦闘でリト少尉を含む白陸軍が7万人もの戦死者を出して負傷者はその倍近かった。



そして今回は回復した負傷者を含む8万の兵力を持って出陣した。



何よりも今回は南軍中衛の仲間達が共に戦える。



可愛い部下のリトを失ったハンナはアーム地点に向かう行軍の中で右隣を見ている。



薄紫の髪の毛をヘルメットの下からなびかせて歩いていた可愛い部下がいない。



自分の顔を見て色んな表情を見せてくれた。



下を向いてハンナは悲しげな表情になる。





「何を情けない顔をしておるのだ。 リトに笑われてしまうぞ。」





ドスの効いた声でハンナを励ます。



厳つい顔をした白神隊の隊長。



又三郎少佐。






「そうですね。 でもやっぱりずっと隣にいてくれたから・・・」

「気持ちはわかる。 されど周りを見よ。 その方を頼りにしておる者が何人おるのじゃ?」





ハンナは周囲を見る。



又三郎の顔も見る。



周囲には920人のハンナの大隊。



そして総勢2800人からなる白神隊の仲間。



前回の戦闘で失った仲間達の穴は簡単に埋まらない。



そんなに安くない。



私兵というものは。





「大尉!」

「大尉頼りにしてます!」

「勝ちましょうね大尉!」





ハンナに声をかけてくる大勢の部下達。



白神は心は一つ。



リト達を失った痛みは全員にある。



先頭を歩く竹子が振り向いて微笑む。



その天使の様な可愛い笑顔を見ると白神は腹の底から勇気が出てくる。



いつだってそうだ。



リトだってそうだった。



だから最期まで戦った。



ハンナは大きく息を吸って大空を見上げる。



空には空軍の大将軍春花の戦闘機隊と鳥人部隊の大将軍鵜乱の鳥人族が空を舞う。



ハンナはその遥か上に向かって叫んだ。





「我ら白神!! 想いは一つ!! リト!! 白神のみんな!! 見ていてね!! 我ら白神は無敵!!」

『おおおおおおおー!!!!!!!』





突然士気が爆発する白神隊に周囲の部隊はどよめく。



何が起きたのかと周囲の南軍中衛もどよめく。



しかし変わらず鬨の声を上げて前線に向かう白神隊。



竹子は優しく微笑みながら歩いている。





その時。





「我ら美楽隊! いつでも明るく元気よく! お嬢の守護神は我ら美楽隊! 先に逝った仲間よ! 天上界の者ども! 我ら美楽隊の力を見よ!」

『おおおおおおおおー!!!!!!』





「冥府のカスども! お頭の顔が見てえか!? じゃあ登って来い! 我らの山に! 我ら獣王隊! 山の神々の加護あり! お頭の采配に狂いなし! 先に逝った兄弟のために!! 冥府のカスどもの頭蓋骨を噛み砕いてやる!」

『ガルルルルルルッ!!』





「死にたくねえ奴ら道開けな! 我らの大将のお通りだ! 美人で面白れえそして強くて優しい最強の大将! 我らが甲斐様のお通りだ! 我ら進覇隊! 眼前に広がる何もかもを蹴散らす! 我らの騎馬の蹄は天上界に轟く! 冥府にまでも!!」

『おおおおおおおー!!!!』





各地で私兵の士気が爆発する。



ハンナの声に応える様に各私兵の隊長が声を上げる。



空で鵜乱と鳥人族が甲高い声でそれに応える。



戦闘機隊も旋回しては機体を左右に振っている。



そして爆発した士気の中。



我らが主の声が響く。




「我ら皇国より解き放たれた狐の群れ! 天上界最強の武士達! 我ら白王がある限り天上界は負けん! そして我ら白陸軍は絶対に諦めない! 共に戦う仲間もだ! 冥府軍よ! 我らが天上界に攻めた込んだ事を後悔するがいい! さあ行くぞ勝利へ!!!」

『おおおおおおおおおおおー!!!!!!』





100万を超える天上軍の全軍が鬨の声を出した。



アーム地点付近にいる冥府軍にも聞こえている。



きっと震え上がっている。



榴弾は飛んでこない。



エヴァとお初の活躍で榴弾は無力化した。



そしてまたしてもエヴァとお初は天上軍よりも先にアーム地点に入っていた。



待ち構える冥府軍の装備を破壊して回っていた。



黒煙が立ち込めるアーム地点。



鞍馬虎白と100万超からなる天上軍が到着する。



後に伝説となるアーム戦役の最終局面。



アーム地点。



100万を超える天上軍が少なく見えるほどの大軍勢を従えてきた冥府軍総大将ウィッチ。



しかし天上軍兵士達に恐れはなかった。



今回は白陸軍ではなく天上軍だ。



中でも白陸軍の士気の高さは常軌を逸している。



7万も味方を失った後とは思えない。



いや失ったからか。



大切な兄弟姉妹達が大勢冥府軍の手によって殺された。



その敵討ち。



我らが天上界を守るんだ。



士気の高さから伝わってくる。



両軍の睨み合い。



その沈黙を破るのはいつだって決まっている。



透き通る綺麗な声が最初に響く。



竹子の号令で中央軍が一斉射撃をする。



遂に最終決戦が始まった。



白陸含む天上軍の今日までの被害を考えると今回の遠征が最後。



同じく冥府軍も今日まで大勢戦死した。



財政難という天上界にはない足枷がある冥府軍も今回の出陣で勝利できなければ大打撃を受ける。



双方絶対に退けなかった。



両軍とも懸命に戦っている。



自慢の最新兵器もエヴァとお初の前に無力化された。



ここからは肉弾戦。



倒れる両軍の兵士。



その中で異彩を放つ者がいた。





「うわあああああ!! まだまだ! 何人でも来いっ! 私の大切な部下達が見ている! さすがですね大尉と喜ぶ声が聞こえてくるよ! 我ら白神は無敵だ!!」





戦闘が始まってまだ数分。



開戦と同時にハンナは最前線で暴れている。



第六感を存分に使っている。



冥府軍の兵士はハンナの剣を盾で受け止めようとするが盾ごと斬り捨てられている。



まるで竹子が2人いるかの様だ。



冥府軍はハンナに恐れをなして後退りする。



距離を取って銃撃しても弾いてくる。



大尉を置いていくものかと大隊の兵士も死に物狂いでついてくる。



中央軍の爆発力は凄まじかった。



圧倒的に天上軍が優勢。



冥府軍はなすすべがなかった。





「こんなんで終わるものか! 私は許さない! 絶対に逃さないぞお前ら!!」




ハンナは我を失いかけている。



しかしハンナを置いていかない。



竹子がいる。



ハンナの気持ちは痛いほどにわかる。



もし妹の優子がと考えると竹子はハンナの様になってしまうと思っていた。





「第1大隊の両翼を支えます。 第2第3大隊は左右に展開。 私は第1大隊に入ってハンナを支援します。 このまま押し切りますよ!」





ハンナの勢いを竹子は利用して確実に全軍を前に進ませる。



尚も後退せざるを得ない冥府軍は巨大な砦が見える場所まで下がった。



中央軍の背後から迫る虎白の本軍。




「いいぞ中央軍。 お前らは残って敵を蹂躙しろ。 竹子。 ハンナには気を配れ。 まだ第六感を使えるだけ冷静だがどうなるかわからない。 お前の大事な側近なんだろ。 俺はウィッチをぶち殺してくる。」

「わかった。 気をつけてね虎白。」





虎白は竹子と少し話すと本軍と共に敵総大将が隠れる砦へ向けて前進した。



竹子はハンナを見る。



動きがまるで止まらない。



どころか速くなっている。



攻撃の速度が1人倒すごとにどんどん。




「次は誰だ! かかってこい! わかってるよリト! 私は冷静よ! むしろ研ぎ澄まされているの。 まるであなたが私の中にいて力を貸してくれているかの様にね!」




大空を時より見ては微笑み、そして前を見て冥府軍を斬り倒していく。



大隊の兵士はハンナの周囲をしっかりと守った。



近くで竹子も見守っている。



白神の想いは一つ。



ハンナどうか存分に。





「1人も逃さないからなああああ!!」





しかしハンナに異変が起こり始めた。



何やらおかしい。



ハンナの周囲の兵士が気づき始めた。





「た、大尉・・・それはもしかして・・・」





愛する人の耳元で囁く様に。



眠る子供に「おやすみ」と耳打ちする様に。



ハンナは囁いた。





「第七感・・・」




ハンナの周囲の兵士達は目を疑った。



我らが主と同じ様に動いている。



目にも留まらぬ速さになってきているのは気のせいじゃない。



確かに言った。




「第七感」と。




ハンナ自身はまだ気づいていない。



無我夢中で敵を追いかけ回している。



終始圧巻。



途中で一般兵の小隊長が次々に狙撃された。



何個もの小隊が機能を停止しかけた。



白陸の小隊は他軍との連携を取るパイプだった。



人間の身体で言う血管だった。



それを切られ始めていたが虎白の判断は迅速で冷静だった。



小隊長の戦死を聞くと直ぐにパイプを切断して他軍の管轄へ一時的に入れた。



そして新たな小隊が後方から来てパイプを修復した。



少尉達の戦死は痛手だがそれ以上の犠牲者を出す事なく崩壊を免れた。



冥府軍の狙撃部隊は大将軍お初とその私兵の暗王隊に抹殺された。



いよいよ砦へと攻めかかる。



ハンナ達中央軍は生き残った冥府軍を他国軍と共に撃滅していた。



白陸の左翼、右翼軍も同様に。



本軍だけが前進して砦へと攻め込む。



その道中も甲斐の進覇隊に蹴散らされた。



疾走する進覇隊を見てハンナは嬉しそうに笑う。





「お前ら思い知れ。 甲斐様と進覇隊は絶対に止められない。 ゴミの様に吹き飛んで死ね! リト見ている? 甲斐様と進覇隊が行くよ! もうすぐ終わるからね。」





時より空を見る。



ハンナは空で起きている異変に気がついた。





「あれ・・・味方の戦闘機隊がいない・・・」




それは遥か上空。



肉眼では微かにしか見えないが戦闘機が戦っていたはずだった。



空は青く何もない。



目を細めて良く見ると一機だけ飛んでいる。



黒煙を出しているのが何となく見える。





「まさか戦闘機隊がやられたの・・・」





ハンナの表情は一気に青ざめる。



チラリと竹子を見ると竹子も空を見ている。



不安げなハンナを見て竹子はニコリと微笑む。




「大丈夫ですよ。 あれは大空に舞う小さな戦士。 あなたと同じ様に気高く戦っているの。 味方はきっと撤退したのね。 恐らく敵は全て撃墜したの。 本当に普段はニコニコしてビスケット食べているのに。 勇敢なんだから。」




竹子に動揺はなかった。



これが絆か。



肉眼では良く見えないのに空に一機だけ飛んでいたら春花と断言できるのか。



虎白の元で命がけで戦っているのはハンナだけじゃない。



美しい大空でも必死に戦っている。



ハンナは再び腹の底から勇気が湧き出てきた。




「春花様ー!! 頑張ってくださいねー!!! 必ず勝てますから!」




そして更に前進を始める。



ハンナは前に足を出した。




その時。




「あれ・・・」




一歩前へ出たつもりが何メートルも前にいた。



振り返り仲間を見ると離れた場所にいる。



これが第七感の異変。



第六感を習得してしばらくは多くの声が聞こえて苦しんだ。



そして第七感を習得した今。



身体が上手く使えない。



興奮状態が覚めてやっと気づいた。



自分の動きが速くなっている事に。



竹子は自在に操っている。





「ハンナ。 落ち着きなさい。 気持ちを整えて自分の身体を動かしてみなさい。 さあ。 私の元へ。」





ハンナは竹子の目を見て落ち着いて足を前に出す。



すると一歩だけ前に出れた。



安心して竹子の元へ歩いて行こうとしたその時。





カーンッ!!





「ああ! すいませんっ! お怪我は!?」

「ふふ。 そんな事だろうと思ってましたから防げましたよ。 波長を乱して動くと思いもよらない動きをしてしまいます。 慣れるまではきっと部屋の物を壊したりもしますよ。」




安心した瞬間に乱れた波長。



暴走した第七感。



剣を持ったまま物凄い速で竹子に向かって行ってしまった。



もしこれが竹子でなければ殺していたかもしれない。



青ざめるハンナは気持ちを落ち着かせて前を見る。




「これは・・・気をつけないと・・・」




第六感、第七感と神通力が強くなればなるほど強力な力を解き放てるが使用は難しくなっていく。



虎白に関しては第八感を習得したが虎白でさえも上手く出せずにいた。



その神話の話とも言われた第八感は想像を超える力。



虎白の第八感は「時間を操る力」だった。



その力を録画したカメラのタイマーが異様な動きをした。



神族のみが出せる力と言われている。



ハンナは第七感を使いこなすために必死に気持ちを落ち着かせた。




しかし。




ドッカーンッ!!!




大きな爆音と共に砦からの銃撃。



敵の反撃だ。



竹子が本軍のいる方を見ている。



そして竹子が前進の指示を出そうとした時。




「竹子様ー!! 拙者は進覇隊の伝令でござる!! い、一大事にござる!! め、メルキータと宮衛党がむ、謀反!!」

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