第35章 さよなら白陸
明け方になっても鳴り止まない銃声と怒号。
白陸軍は不眠のまま冥府の大軍勢と交戦している。
その背後で沈黙を保つ南軍。
南軍の後ろに秦国やマケドニアが着陣しているが前の南軍が動かないために白陸の救援に向かえない。
朝日で敵軍の布陣を確認した大将軍達は本格的に反撃を始める。
一番最初に敵軍を押し返し始めたのは夜叉子率いる左翼軍。
夜間のうちに獣王隊が用意しておいた罠に敵軍が多数かかり進軍が遅れた。
その機を逃す事なく猛攻を仕掛けた左翼軍はやや優勢。
それ以外は劣勢。
中でも中央軍は大きな損害を出しながらも何とか持ち堪えていた。
「第1軍及び白神隊! 乱戦準備! 敵が突撃してきますよ!」
竹子の声が響くと射撃隊の後ろで近接用の武器を持ち始める中央軍の将兵。
「突撃いいい!!!!」
『おおおおおおおおおおおおおー!!!!!』
5万の中央軍に対して3倍はいるだろうか。
それ以上かもしれない。
大きな怒号と地響きが中央軍を恐怖に落とし入れる。
「ひっ!! こ、この数・・・む、無理だっ!」
第1軍の士気が下がり始めている。
そんな時。
いやいつだってそうだ。
どんな時だって第1軍の心を支えている。
彼らの前に出てくる。
白陸軍の制服とは少し違う。
肩には狐が桜を咥える腕章をしている。
そしてその部隊の先頭に立つ小柄な美女。
「大丈夫です。 私達がいますから。 どうか存分に。 勇気を振り絞ってください。」
「竹子様と白神隊だ!」
『おおおおおおおおおお!!!!!!』
彼女の声は何とも優しい。
眠る前に耳元で「お疲れ様。 おやすみなさい。」と優しく囁いてくれる愛する者の様な声。
苦難を乗り越えて家に帰ると「良く頑張ったね。 さすが私の子だよ。」と褒めてくれる母の様な声。
聞いている者の心を落ち着かせ勇気づける声だ。
不思議な彼女の魅力。
それまで恐怖していた兵士達の顔から恐怖心が消えている。
愛する者のために戦う夫の様な顔。
最愛の娘を守る父の様な顔。
殺気に満ち溢れ今にも冥府軍に襲いかかりそうだ。
「間もなく接敵! 射撃隊! 最後に全弾連射! その後は長槍隊が前に出て敵前列を止めてください! 軽歩兵は槍隊の横から突撃! さあ行きますよ!」
ガッシャーンッ!!
冥府軍の前列が大勢長槍隊に串刺しにされる。
その隙に軽歩兵達が一気に冥府軍の中へ突入していく。
その軽歩兵の先頭にいるのはやはり竹子と白神隊だ。
「良いか皆の者! 竹子様を先頭に冥府軍共を冥府に送り返してやれ!」
「第1大隊は私を先頭に竹子様を守りなさい!」
又三郎は竹子の隣にいる。
そして竹子と又三郎を守る様にハンナの第1大隊が戦う。
竹子の周りにいる白神は全員ハンナの部下だ。
「夜な夜な良くも私の事撃ったなあ! 冥府に帰れー!」
リトもすっかり回復して大暴れしている。
次々と敵を倒している。
銃撃されても第六感で弾いている。
この白神隊の士気の高さ。
しっかり守っている様で確実に敵を蹴散らしている。
しかしあまりに多すぎる。
まるで数が減っていない様だ。
冥府軍は次々に新手を投入してくる。
乱戦が開始されて30分は経過したか。
既に白神隊と第1軍は何千という敵を倒した。
それでも敵軍の攻撃は止まらない。
次々に新手を投入してくる冥府軍とその場に残り戦い続けている中央軍との力の差は徐々に開いてくる。
「はあ・・・はあ・・・第六感!」
神通力が減り始めて呼吸が荒くなってくる。
リトの第1小隊は誰よりも最前線にいた。
中央軍の中で誰よりも。
長時間中央軍が崩れずに持ち堪えているのはリトの奮戦あっての事だ。
「リトの神通力が限界ね。 第2小隊! 部隊を入れ替えて!」
ハンナの指示でリトと入れ替わる。
しかしその第2小隊もハンナも敵と戦っていた。
この状況で部隊を入れ替える事は叶うか。
「はあ・・・はあ・・・部隊の入れ替え? 無理だよ。 そんな事したら一気に崩れるかも。 大尉に私は平気って言って! それより押し出さないと!」
リトはハンナの命令を拒否した。
ハンナ自身もわかっていた。
それは困難な命令だと。
しかしリトが危ない。
ハンナは竹子の顔を見る。
敵を薙刀で斬り倒してチラリとハンナを見る。
「最前線ですか。 そうですね。 行きましょうか。 又三郎。 ここは任せます。」
「御意! ご武運を!」
竹子はハンナを連れてリトの元へ向かった。
ハンナの顔は険しかった。
ここまで敵が流れ込んで来ている。
リトや小隊は無事なのかと。
一体何人倒したのか。
ハンナも竹子も。
大乱戦の中、遂に最前線まで辿り着く。
「少尉! もう無理ですよ!」
「はあ・・・はあ・・・まだまだ。」
ハンナと竹子が見た光景。
数を減らした第1小隊と傷だらけのリト。
ハンナはたまらずにリトへ駆け寄る。
「無理しすぎよ!」
「そうでもしないと一気に崩されます・・・」
「ハンナ。 彼女を一度下げてください。 私が代わります。」
ハンナはリトの手を引っ張って後方に下げる。
リトの身体の力は弱くハンナは容易に引っ張れた。
しかし何処へ下がろうとも冥府軍がいる。
リトを休ませる事は叶わない。
更に後方の白王隊と本軍がいる所まで下げるか。
険しい表情でハンナは弱るリトを見る。
「いいんですよ大尉。 我ら白神は無敵。 竹子様を守るのが我らの役目。 なのに竹子様を前線に置いて私は逃げろと?」
「こんなボロボロで戦えるわけないでしょ。 せめてシーナ軍医に診てもらってよ!」
しかしシーナは本陣で負傷した中央軍兵士を手当てしている。
そこまで下がる事ができるか。
リトはハンナの手を振り払う。
「大尉勘違いしないでください! 死ぬ気なんてまるでありませんから! 私は絶対に生きて帰らないといけません!」
「絶対に無茶しないって私に約束して。」
「はい大尉。 一緒に生きて白陸に帰りましょう。」
ハンナはリトの手をギュッと握った。
そして2人は竹子がいる最前線へと戻る。
その頃竹子は敵を凌駕していた。
「ば、化け物だこの女・・・12死徒級だぞ・・・」
「私の大切な兵士達をこんなにも大勢。 そちらにも退けない理由はあるのでしょうけれどね。 こちらとて退けません。 1人残らず斬り捨てます。」
物凄い眼力で敵を睨む。
普段の温厚な竹子は何処へ行ったのか。
近寄るだけで斬り殺される。
太刀筋の速さ。
身のこなし。
何もかもが桁違いだった。
「竹子様!」
「あら。 リト少尉大丈夫ですか?」
「問題ありません。 一緒に白陸に帰りましょう!」
「ふふ。 もちろんですよ。」
リトは竹子の周りで倒れる冥府軍の数を見て驚く。
そして竹子の声を聞いたリトの力は増す。
まだ倒れないぞと。
「私は絶対にみんなと帰る!!」
リトは腰の剣を抜いて果敢に挑んでいく。
確かに身体に深い傷はない。
しかしそこら中、軽くだが斬られている。
出血もしている。
それでもリトは動き続けた。
乱戦開始から2時間が経つ。
そこに大きな転機が訪れる。
冥府軍後方に紫煙が立ち込める。
何発も何発も放たれる砲弾。
単独で動いていたエヴァとお初が敵の榴弾を奪い砲撃をしていた。
これで一気に冥府軍は崩れ始める。
「や、やった! リト! 形勢が傾くよ! リト?」
「はあ・・・よかった。 つ、疲れました。」
リトはハンナに寄りかかる様に倒れる。
ハンナはリトを抱きしめるがリトの身体からどんどん力が抜けていく。
やがて2人はその場に抱き合ったまま膝立ちになる。
「しっかりしなさいよ! これで本軍も来るよ! 虎白様の白王隊と本軍が! シーナ軍医がまた直ぐに治してくれるよ!!」
「ど、どうですかね・・・少し目を瞑りたいんですけど。 身体の感覚が無くなってきていて・・・」
リトは神通力を使いすぎた。
彼女の神通力は尽きている。
傷は浅い。
しかし暴れ続けた事により止まらない出血と神通力の消耗。
旅立つ時が迫ってきている。
「ダメだからね! 帰って彼氏に会うんでしょ! 目を開けなさい!」
「ふふ。 大好きな大尉に抱かれて死ぬのはやっぱり幸せですよ。 あの夜の事は彼氏に内緒でお願いします。」
「あなた。 覚えていたの?」
「ええ。 そりゃもう幸せな夜でしたよ。」
目を開けてニコリと微笑むとリトはまた目を閉じる。
ハンナはリトの手をギュッと握ったまま下唇を思い切り噛む。
「ハンナ・・・ それに竹子様。 白神のみんな。 虎白様に大将軍の皆様。 どうか。 どうか・・・私の事を・・・忘れないで・・・ください・・・今日まで本当に楽しかった・・・私は白神に入ってよかった・・・健太・・・大好きだよ・・・・・・・・・」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
最期に彼女は「大尉」ではなく「ハンナ」と呼んだ。
それほどまでに彼女にとって大切な存在だった。
ハンナを誰よりも愛して支え続けた。
白神隊の仲間が大好きで責任感の強い彼女。
愛する彼氏ができても仲間と出陣する事を選んだ。
下がれと言われても仲間のために下がれなかった。
偉大すぎる彼女の最期。
ハンナの号哭は戦場に響く。
逃げる冥府軍を第2軍、第1軍と本軍が追いかける。
この時ばかりは白神隊が動かない。
何人が彼女を見て泣いているのか。
竹子の顔もぐしゃぐしゃだ。
虎白はチラリと白神隊を見るとそのまま前進した。
そこにいろと言わんばかりに。
その後の戦闘で何とか冥府軍を退けたがアーム戦役は終わっていない。
しかし大打撃を与えた事で僅かな時間ができた。
ハンナ達は本国へ戻る。
戦勝に湧く白陸軍だが全員ではない。
特に中央軍は。
その中でも白神隊は。
「あーあ。 また怒られちまったよ。 それにしてもリトは無事かなあ。 あいつ俺の指輪捨ててないだろうなあ。」
健太は家に帰ると家の前に女性が立っている。
綺麗な礼服を着た将校だ。
クリーム色の髪の毛が美しくも切なく風になびいている。
健太を見て敬礼する。
「私はハンナ大尉です。 リト少尉の上官です。 今日はお話があって来ました。」
「嘘だろ・・・ふざけんな! 戦争なんかしやがって! てめえ上官なんだろ? なんでてめえは帰ってきてリトはいないんだよ!」
「も、申し訳ありません・・・」
「戦争を決めたのはこの国の国主だよな? 国主辞めさせてやる!! リトを返せよバカやろおおおおおおおお!!!!!」
崩れ落ちて健太は何度も地面を殴り続けた。
拳から血が出ても何度も何度も。
その後健太は白陸国内で起きた反戦争運動のリーダーとなって虎白の事をボコボコに殴った後に何とか説き伏せられて彼女の敵討ちを約束させた。
それから数日。
健太はリトの墓の前であの日ハンナに渡されたが怖くて見る事ができなかったリトからの手紙を手に取る。
大尉。
あなたがこれを読んでいるという事は私は戦死してしまいました。
優しい大尉の事ですから今どんな顔をしているのか想像がつきます。
でもどうか。
笑ってください。
みんなより先に到達点に行くのは悔しいです。
しかし私は幸せでした。
何もわからないまま白陸軍に入りそして偶然にも竹子様の白神隊に入れた事。
そして入った白神隊で最高に美人で優しい上官の元で戦えた事。
訓練は苦しくて何度も挫折しそうでした。
でもいつも1人じゃなかった。
隣を見れば大好きな白神の仲間達が同じ様に苦しんでいる。
辛いのは私だけじゃないんだって思えました。
ハンナ大尉が励まして一緒に苦しんでくれるから私含め多くの仲間達は頑張れました。
本当に幸せな時間でした。
唯一心残りは大尉と共に竹子様や虎白様が辿り着く場所を見れない事です。
あの方々は本当に素晴らしい方々ですよね。
いつか大きな何かを手に入れそうです。
それが見たかった。
残念ですが私は先に到達点で待ってます。
いつかまた私がいなくなったそれからの事を話してくださいね。
どうかお元気で。
心から感謝しています。
どうかどうか竹子様と白神隊の皆をよろしくお願いします。
大好きよハンナ。
愛と友情を込めて。
リトより。
そして健太。
本当にごめんね。
こんな私を信じてくれて。
今回ばかりは逆だったね。
私が死んでしまった。
でも良かったと思っているよ。
これであなたは生きれる。
どうやら私に取り憑くこのジンクスはどちらかが死なないと終わらない様ね。
これでやっと。
大切な人が死なずにすむ。
あなたを残してしまった事が本当に心残りでならないよ。
共に生きる未来をいつだって考えていた。
一緒に買い物に出かけて一緒にご飯を作って。
そして一緒にお風呂に入って一緒に眠る。
本当に残念よ。
でも忘れないで。
いつでもあなたの中に私はいる。
だからといって私に囚われて自由を失わないで。
新しい彼女作っていいからね。
好きな事をたくさんして。
あなたが正しいと思う事を精一杯やってね。
私は仲間と共に前線に行く事が正しいと思ったの。
結果は残念だけど悔いはないよ。
だから健太。
私の大好きな健太。
どうか幸せになって。
またいつの日か。
私を抱きしめてね。
それまでお元気で。
これはリトがアーム戦役前に書いた実際の遺書だ。
健太はリトの墓の前で泣き崩れる。
「お前。」
「うう・・・うう・・・」
「そうかお前の言っていた彼女ってのはリト少尉か。 竹子の所のハンナの隣にいつもいたやつだな。」
虎白が竹子と共に追悼の花を持って現れる。
健太は虎白を見ると涙を拭って立ち上がる。
「酷い事言ってすまない。 なあ国主様。 いつの日か俺みたいなやつがいなくなるかな?」
「それはない。」
虎白は即答だった。
何も気を使う事となくキッパリと言い切った。
「俺だって多くの兵士を失って涙が枯れるほどに泣いたさ。 でもな。 俺達が殺した冥府軍は今回戦死した白陸軍の倍以上だ。 そいつらにも家族がいる。 きっと今頃冥府で俺達の様に涙を流している国民がいる。」
「そうかよ。 じゃあこの先どうするんだ? 永遠に殺し合うのかよ。」
「直ぐに答えは出せない。 しかしな。 必ず答えは出す。」
虎白の顔は真剣だった。
どんな答えなのか。
それは虎白自身もわからなかった。
しかし必ず何か答えを見つけると。
「じゃあ俺と竹子は行くぜ。 お前も頑張ってくれ。 俺もお前との約束と今の問いの答えのために頑張るさ。」
「ありがとよ国主様よ。 俺の妻の事忘れないでやってくれよ。」
「ヒヒッ・・・ 永遠に忘れないさ。」
虎白と竹子は互いを励まし合う様にその場を去る。
1人リトの墓の前に残った健太は空を見上げる。
美しい天上界の青空が広がる。
健太は少し微笑むと大きく息を吸う。
「綺麗だな。 愛してるよ永遠に。 俺は頑張るからよ。 お前はゆっくりしてろよな。 いつかまた。」
リトの墓にポンポンっと手を置いて振り返る。
「気をつけ! 偉大なる英雄とその家族に敬礼!」
健太が振り返るとそこには大勢の礼服を着た白神隊が立っている。
真剣な眼差しで敬礼をしている。
彼ら彼女らの瞳は潤んでいる。
健太はハンナを見てニコリと微笑み一礼してその場を去る。
アーム戦役は終わっていない。
しかしこの先どんな戦いになろうとも忘れないであろう。
勇敢なる英雄達の事を。
それから数日。
健太は会社を辞めた。
そして健太は新たに「リト建設」という会社を立ち上げた。
健太は生涯誰とも付き合わないと誓った。
白神隊と白陸軍は再度前線に向かった。
それぞれが互いの道を歩む。
誰もが道半ば。
「無理無理ー!」
「なんでだよ! 付き合ってあげるって言ってたじゃんかよ!」
「ごめんねー。 私は健太が来るまで誰とも付き合わないよー! ユーリクも彼女探したらー?」
「そうかよ。 あーあ。 感動の再会だってのによ! まあいいや。 お疲れ様。 酒でも飲めよ。 平蔵様や太吉様が仲間と宴会の準備してるからよ!」
「楽しみー! あー良い人生だった。」
終わらない日はない。
精一杯生きてこそ見える美しい何か。
大空が我らを見下ろす。
物語は続く。
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