第28章 失う痛み

「部下の死が痛いって感じるほど指揮してないでしょ。」

「で、でも一緒に訓練した同期が死んじゃいました・・・」

「それは部下じゃないよ。」




それの何が違う。



リトはそう言いたかった。



冷たい瞳の奥に何か光りを感じる夜叉子の眼差し。




「部下ってのはね。 あんたが責任を持って守らないといけないの。 だから部下の死はあんたの責任。 それでも部下達はあんたのために死んでいくの。 その痛みがあんたにわかる?」




それはわからなかった。



リトは今までたくさん苦しんだ。



しかしそれは夜叉子が歩んできた道には及ばなかった。



自分のために死にゆく部下。



その顔が永遠に頭から離れない。




「まあ。 あんたの気持ちはわかるよ。 大切な人を失う辛さはね。」

「や、夜叉子様も・・・」




その先を聞こうと思ったが躊躇した。



冷たい夜叉子の瞳が潤んだ。



これ以上聞く事は失礼だ。




「聞いて構わないよ。 私は天上界で最初に殺した相手は元旦那よ。」

「し、失礼致しました・・・」

「ふっ。 いいよ。 あんたも大切な人を失ったんだものね。」




リトの想像を超える経験。



どんな気持ちだったのか。



そんな経験をしてもまだ白陸で大将軍をやっている理由がわからない。



どれだけ強いのだと。



リトの表情は切なくも清々しかった。





「まあ。 失わないに越した事ないけどね。 自分の下に兵士がいるって事は失う覚悟も必要だね。 しっかりやんなよ。」





リトはただ敬礼していた。



夜叉子はそう言い残して去っていく。




「おーなんだ夜叉子も来てたのかよー」

「もう戻るよ。 うちの連中も鍛えないとね。」

「そうかよーたまにはあたいの進覇隊の相手もしてくれよなー!!」

「はいはい。 まずは白神でしょ。」




夜叉子と話して高笑いをする美女。



長い黒髪が美しくなびく。



細い腕で長い槍を持って歩いてくる。



愛想が良くて話しやすい雰囲気。



しかし化け物の様な殺気すらも感じる。



竹子の恋人にして「白陸の剣」と呼ばれる猛将。



甲斐。





「おーい竹子ー来たぞー!!!」

「あー甲斐ー会いたかったよお。 もー遅いよー」

「はっはっはー!! 悪いねえ。 部下の馬の半獣族と相撲していたら遅くなっちまったよー!」

「ふふ。 そんな細い身体の何処にそんな力あるのかな。」

「はっはっはっー!! 気合いだよ気合い!」





かつてリト達も共に戦った。



竹子達中央軍の直ぐ後ろに控えてその時が来ると走り出す軍団。



全兵士が騎兵で走り出すと敵大将が死ぬまで止まらない。



進覇隊。



超攻撃型部隊。



守りの白神隊とは真逆の部隊。



甲斐の背後から馬に乗った厳つい顔の兵士達が入ってくる。



馬の足並みまでピッタリ合っている。



味方にいると頼もしいこの精鋭が次の模擬演習の相手。





「それにしてもあたいの愛おしの竹子の私兵をぶっ飛ばすのかー。 まあ、あたいにぶっ飛ばされる様じゃ竹子は守れねー!!」

「ふふ。 でもね今回は面白い事考えたの。 宮衛党も成長してきた事だしね。 宮衛党と白神隊の共同戦線で進覇隊を止めるの!」




甲斐は目をまん丸にして竹子を見る。



嬉しそうに微笑む竹子。



頭をかいて甲斐は白神隊を見つめる。





「せっかくの精鋭に素人軍団を入れるのかい?」

「こらー私が鍛えているのにそんな事言っちゃダメだよー。」

「おー悪い悪いー! はっはっはー!! 仕方ねえ。 まとめてぶっ飛ばしてやんよー!」




するとゾロゾロと宮衛党も入ってくる。



そして白陸の平地へと向かう。



仮に進覇隊を食い止める事ができれば自信を持っていい。



天上界広しと言えど甲斐と進覇隊ほど破壊力のある部隊は珍しい。



ニキータがトコトコと竹子の隣に来て甲斐を見る。





「おーワンちゃん! しっかり頑張んなよー!! うちの連中は手加減ってのができなくてよー!!」

「ワンちゃんじゃないー!! ニキータ!!」

「はっはっはー!! んな事知らねーよ。 覚えてほしかったらそれなりに存在感示さないとなー!」




弱い相手の名前なんて覚えていられない。



甲斐の大雑把な性格。



しかし強き戦士として正しくもある。



強者のみに興味があり、弱き者は蹴散らして終わり。



周囲を敵に囲まれる事が前提の進覇隊には特に大事な心構えだった。



悔しそうに歯茎を見せるニキータだったが何も言えず戦いの準備を始める。





「甲斐の進覇隊は本当に強いから私の白神も協力するよ。 ただし。 指揮はニキータ達が執るんだよ。」




驚き飛び上がるニキータだったが後ろにいるヘスタ、アスタやウランヌの顔には闘志が溢れていた。



もう馬鹿とも弱いとも言わせないぞと。



白陸の広大な平地。



軍はここで大規模な演習をする。



甲斐の進覇隊と竹子とニキータの白神、宮衛党連合軍。





「相手は6000だけどあたいは構わないよーその代わり。 あたいも出るけどなー!!」

「じゃあニキータ。 頑張ってね! 私は甲斐とは戦いたくないから。」

「う、うん! 頑張るよ!」




6000からなる白神、宮衛党連合軍に対して甲斐の進覇隊は3000。



全兵士が騎馬隊。



圧倒的突破力をどう止めるか。



ニキータ達の訓練の成果を試すには良い相手だった。





「んじゃ行くぜー。 お前らも準備しなよー。」

「じゃあみんないっくよー! 部隊の名前がねー。 白神と宮衛党だから「白衛党」って名付けちゃおー!」




ニキータが名付けた白衛党。



臨時の混成軍だったが部隊の名前をしっかり付けることで一体感が生まれる。



ニキータの副官には又三郎がついた。



そしてヘスタ、アスタ、ウランヌと言った宮衛党の指揮官も加わる。



白衛党指揮官は集まり陣形の確認をする。




「相手は小細工などしては来ぬぞ。 真っ向からぶつかれば総崩れになる。」

「じゃあどうするのー!?」

「ふむ。 以前夜叉子様の獣王隊との戦いで感じた。 接近の前に相手の足を鈍くさせれば乱戦時の爆発力が軽減する。 乱戦ともなれば我らの土俵。」




粘り強い白神隊と経験は不足しているが高い戦闘能力を誇る宮衛党。



進覇隊の危険な所は走り出したら止まらない事だ。



甲斐を先頭にどんな敵でも蹴散らしてきた。



今の白衛党にあの甲斐を受け止める力量はない。



なら甲斐の足を鈍らせればいい。





「鈍らせるって何するのー? ちょっとゆっくり走ってーってお願いする?」

「何を言っておるのだ! 戦を舐めるでない。 今の甲斐様は敵と心得よ。 容赦なく走ってくるぞ!」

「じゃあどうするのよー!」




唇をとんがらせてニキータはあたふたする。



又三郎は頭をかいて陣形の地図を見つめる。



ヘスタ、アスタやウランヌも同じ様に見つめるが戦術の知識はまだまだない。



勉強はしているがまだ百戦錬磨の進覇隊を止める戦術なんて思いつかなかった。



つまり又三郎にかかっている。





「ふむ。 かつて長篠で我ら武田騎馬隊が止められた理由は鉄砲にあらず。 湿地に誘い込まれ馬の足並みが鈍くなり馬坊柵があり更に進む事が叶わなんだ。」





一人でぶつぶつと又三郎は考えるのをヘスタ達はじっと見ていた。




「されど長篠のおりの様な砦を作っておる時間はない。 となれば。 せめて湿地に誘い込めれば。」




考える又三郎はふとヘスタ達の顔を見る。



そしてアスタが飲み物を飲もうと手を出すと誤って地図の上に飲み物を溢してしまう。





「ああああああああ!!!! ごめんなさいっ!!」





飲み物でびしょ濡れの地図を又三郎は見つめる。



そしてまたヘスタの顔を見て少し口角を上げる。




「策を得たり。 よし! よいか! 説明するからしっかり聞くのだ!!」




何か思いついた又三郎は作戦の説明をする。



同じ作戦の説明を何度も何度もヘスタ達に話した。



知能面に劣る半獣族に高度な作戦を実行させる。



又三郎は日頃から訓練の面倒を見ていた。



半獣族の物覚えの悪さをよく知っている。



しかし戦闘能力の高さも同時に知っている。



上手く乱戦にできれば進覇隊に勝てるかもしれない。



問題は半獣族を上手く動かせるかにかかっている。



しかもぶっつけ本番。



又三郎は一度白神隊に戻り部下に作戦の説明をする。





「というわけじゃ。」

「かしこまりました。」

「ふう。 お前達と話すのがこんなに楽とはな。」

「え?」




ハンナが首をかしげる。



そして疲れる又三郎の顔を見てなんとなく察しがついてクスッと笑う。





「何回も言わないと覚えてくれませんからね。 でも肝心な要所は我々がやるわけですが。 一番肝心な所を宮衛党に任せたわけですね!」

「うむ。 全てはあやつらにかかっておるわ。 初手で失敗すれば全てが失敗に終わる。」




ハンナは少しニコリと笑って布陣図を見る。



不安げな表情の又三郎はため息をついて椅子に腰掛ける。





「そんな難しい戦術でもありませんけどね!」

「わしらにはな。 あやつらには難題じゃ。」

「ふふふっ。 あたふたしながら動くのが想像できますね! 可愛い。」

「何を悠長な事を言っておる。 竹子様の顔に泥を塗る様な真似はできぬぞ。」




ハンナはうなずいて大きく息を吸う。



そして深く呼吸をする。



もう既に模擬演習は始まっている。



まだ双方に動きはない。



しかしいつ始まってもおかしくない。



作戦はできあがった。



後は実行するだけだ。





「では白衛党!! 配置につけー!!」

『おおおおおおおお!!』

『ガルルルルルッ!!!』





平地に布陣する6000の白衛党。



甲斐が率いる進覇隊の突撃を待ち構える。



遠くの方から砂煙が上がっている。



美しい声が響いた後に物凄い怒号が響く。



待ち構える白衛党の兵士達にのしかかる威圧感。



次第に近寄ってくる声。



間もなく接敵するであろうその相手は我らが祖国の白陸の剣。



天上界でも最強かもしれない突破力を持つ軍団。



進覇隊。






ゴゴゴゴゴーッ!!!




「てめえら気合い入れなっ!!」

『おおおおおおおおおー!!!』

「あたいの尻について来いよっ!!」

『お、おおおおおおおおおおお!!!』




馬にまたがる甲斐の張りのあるプリっとしたお尻を凝視してニヤけながら奮起する。



これも進覇隊の色。



甲斐は兵士達の前で平気で着替えもする。



彼らはいつだって甲斐のお尻を見て走っている。



しかし兵士達の鼻の下は一瞬伸びても直ぐに引き締まる。



いつも明るい甲斐様が行くなら例え冥府でも何処へでも。



甲斐様を死なす訳にはいかない。



この命に変えても。





「とくと見せてやるよー!! あたいの兵士は簡単には倒せねーぞっ!!」

『おおおおおおおおおおおお!!!!』

「間もなく接敵!! 盾兵構えろー!!!」

『おおおおおおおおおー!!!!』





ゴゴゴゴゴーッ!!




もはや進覇隊の騎兵の顔が見える距離まで迫る。



しかし素顔は見えない。



甲斐のみだけが素顔を見せている。



他の全騎兵は顔に鬼の仮面をしている。



これも甲斐の部下への計らいだった。



死ぬ気で自分を守ってくれる。



時には戦場で武功を挙げた部下が特定されて狙われるかもしれない。



しかし全兵士が仮面をしていればわからない。



その代わり甲斐だけが顔を見せていれば敵は甲斐を狙う。



ただでさえ敵の真正面から敵陣に乗り込む危険な部隊。



少しでも部下の危険を減らしてやりたいという甲斐の想いだった。



しかしその仮面の効果はそれだけに収まらなかった。





「ひっ!! お、鬼の群れだ・・・」

『うわああああああああああ!!!!』




黒と赤の鎧。



そして赤い鬼の仮面。



心臓を握りつぶされるほどの怒号。



待ち構える兵士は正気を保つのが困難になる。




「こ、怖い。 逃げろ。」

「踏ん張れ宮衛党!! 我ら白神が共にいるんだ! 今日まで血反吐を吐く訓練をしてきたんだろっ!!」

「そ、そうだった。 つ、つい。」




迫りくる進覇隊。



又三郎が合図を出す。




「今じゃ!!」




すると宮衛党の半獣族が5匹ほど盾兵の前に出て銃を構える。



発砲を警戒して進覇隊と甲斐は姿勢を低くして走る。





「撃てー!!!」




カスッ!




「あ、あれ!?」

「ダメだ逃げろー!!」




半獣族達は慌てて盾兵の後ろへと逃げていく。



進覇隊は爆走して盾兵の中に入り込もうとする。




しかし。




ズリッ!!!




「ヒヒーンッ!!! 僕から降りてください! 滑るっ!!」

『うわあああああああ!!!!』




進覇隊の馬が一斉に足を滑らせて転ぶ。



騎手達は慌てて馬から降りて受け身を取る。




「今じゃ!! 者共! 撃てー!!!!」




バババババーンッ!!!!




又三郎の策が功を奏した。



半獣族の射撃隊が前に出て発砲すると見せかけて騎馬隊が身構えている間に盾兵達が油を撒いていた。



細い管が盾兵の足元から伸びている。



そして盾兵の背後でドボドボと油を流し込んでいる。



射撃隊に気を取られていた騎馬隊はそれに気づかずに盾兵に突撃した。



馬の蹄が滑り進覇隊の持ち味の突破力を止めた。



白衛党は射撃と投げ槍で進覇隊を次々と倒していく。




しかし。




「おりゃあああああああ!!!!」




進覇隊の前列が転ぶ中一騎だけが転ばずに盾兵の元まで突破してきた。



甲斐だけが。



甲斐と愛馬だけは転ばなかった。



手綱捌きと馬の踏ん張りで何とか切り抜けた。




「ブルブルッ!! 甲斐様! いつも無茶ばっかりですね!! ブルブルッ!!」

「当たり前よ! このまま突っ込むよー!!」

「私だって恋しているんですよ! もう無茶ばっかりしたら彼に怒られてしまうのにっ!」





ガッシャーンッ!!





甲斐が盾兵を蹴散らす。



そしてそのままニキータのいる本陣まで突き進む。



周囲の兵士が必死に甲斐を食い止めようとする。




「邪魔だよっ! あんたらじゃあたいを止められるわけないでしょ!! おりゃあああああああ!!」




半獣族でも人間でもお構いなし。



甲斐の前にはゴミの様に吹き飛んでいく。





「虎白様の前では何もできなかった。 甲斐様とお手合わせできるなんてもうないかも。 勝てなくてもやるべきだよね。」




剣を持って歩いていく。



リトは勇ましい顔で爆走する甲斐を睨みつけて向かっていく。

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