第27章 白神の力

「だからあれは俺じゃないって!」

「てめえ以外に誰がいるんだよっ!!」




大声で怒鳴る職場の同僚。



健太はチラッと男の隣に立っている別の男を見た。



するとその男も声をあげる。





「何見てんだよ? 俺のせいにしようとしてんのか!?」

「だ、たってよ。 お前がつまずいた時に資材が落ちたんだろ。」

「ふざけた事言ってんじゃねーよ! ぶっ飛ばしてやる!」





5人の男達が拳をパキパキ鳴らして近寄ってくる。



リトはじっと見ている。



すると健太がリトの前に立つ。





「せっかくパスタ美味しかったのにな。 後味悪い事になってごめんね。 怖いだろうけどちょっと下がってて。」

「う、うん。」




リトは下がって見守る。



「手を貸そうか?」と本当はそう聞きたかった。



普通の女の子を演じてるリトは大人しく健太に任せた。






「おりゃあっ!!」





1人が殴りかかってくる。



健太はすっと腰を低くして避ける。



すぐさまにアッパーを相手に食らわす。



崩れ落ちる様に1人倒れると2人、3人とまとめてかかっていく。



羽交い締めにされて腹部や顔をボコボコに殴られる。



健太は倒れ込み腹部を押さえているが男達は容赦なく踏みつける。



すると1人がリトを見る。




「健太の野郎。 こんなに可愛い彼女いたのかよ。」

「彼女じゃありません。 さっきナンパされました。」

「へっ! 生意気にナンパかよっ! お姉ちゃん悪かったね。 こんな嘘つきほっといて俺達と遊びに行こうぜ!」




リトは目を逸らして遠くを見る。



男は近寄ってきてリトの細い腕を掴む。




「さあ行こうぜ。 美味いパスタ屋があんのよ。」

「さっき健太さんに連れて行ってもらいました。 美味しかったです。 それじゃあ。」




男の手を振り払いリトは立ち去ろうとする。



しかし男はリトの肩をガシッと掴み自分の方へ寄せる。





「何だよ可愛い顔して結構気が強いな。 気に入ったぜ。 こいつ犯しちまうか?」




男が仲間達に問いかけると健太を蹴るのを止めてニヤけながら近寄って来る。



リトは今にも反撃しようか考えた。



すると。





「うわあああああ!!! リトちゃん逃げろっ! パスタ一緒に食べてくれてありがとうなっ!!」




血だらけの健太が男の1人に飛びかかる。



そしてまた健太はボコボコに殴られる。



その間にリトは逃げる時間ができた。



しかし動かなかった。



じっと立って殴られる健太を見る。





「はあ。 まあ。 ベタなシーンよねこれ。 まさか私がこんな場面に居合わせるなんて。 それよりちょっとカッコいいじゃん私。」




独り言を言ってニヤけるリトはゆっくりと男達の元へ寄っていく。



そしてガシッと殴る腕を掴む。



驚いた男はリトを強引に押し倒そうとする。



すっと足を引っ掛けて男を転ばせると2人目を掴んで転ぶ男の背中に叩きつける。



健太を殴る残り3人がリトを見て驚いている。



慌てて3人同時にリトに殴りかかっていく。





「てめええええ!!」

「健太さん。 嘘ついてごめんね。」

「り、リトちゃん・・・?」




瞬きほどの速さでリトは3人の身体の大きな男を蹴散らす。



何食わぬ顔をして健太に手を差し出す。





「あなたの顔を立ててあげたかった。 でも見てられなかったよ。」




リトの後ろで気絶する5人もの男達。



健太は言葉が出ない。



何も言わずにリトの手を握って立ち上がる。





「はあ。 一般市民に手を出してしまった。 軍法会議かな・・・」

「軍法!? え、リトちゃん・・・」

「そうよ。 私は兵士。 しかも大将軍直轄の精鋭部隊なの。」




健太は腰を抜かすほどに驚き唖然としている。



少しニヤけた顔をしてリトは健太を見る。




「この天上界では見た目だけで気軽にナンパすると痛い目に合うかもね!」

「ほ、惚れた・・・」

「えっ!?」




リトは目を開いて健太を見る。



健太はリトの手を握ったまま真剣な眼差しになる。





「惚れたよっ!! 情けないのはわかってんだけどよ。 強くて可愛いリトちゃんに惚れちゃったんだ! 頼む! 俺の彼女になってくれっ!!!」





真剣な健太の眼差しとは逆にリトは浮かない顔をしている。



リトにはあるジンクスがあった。



惚れた相手が死ぬという呪いのジンクスが。



もはやリトに呪縛となって取り憑いている。




「止めた方がいい。 私と一緒になっても危ないよ。」




作業中の事故で死ぬかもしれない。



そこで倒れる5人が腹いせに殺しに来るかもしれない。



リトの頭の中で様々な最悪の事態が浮かんだ。



真剣な眼差しでリトを見つめる健太だがリトは一向に目を合わせない。




「こんな事言いにくいんだけどね。 私がさ。 惚れた人ってみんな死んじゃうの。」




切ない顔をしてリトは下を向く。



健太は一瞬驚いて口が開いたがまた真剣な眼差しに戻り、リトの肩をガシッと掴む。




「そ、そうなんだ。 でもよ。 初めて会ってこんな事言うのはあれだけどな。 リトちゃんのためなら命をかけたい。 君に愛してもらって死ぬならいい!」




健太の言葉に嘘はなかった。



それはリトの第六感が証明している。



しかしリトはギロッと健太を睨み突き放す。




「馬鹿じゃないの。 一回パスタ食べただけの相手にそんな事言うなんて意味わかんない! 私なんか止めて他の可愛い女の子探して。」




そう言ってリトは立ち去った。



健太はその場から動かない。



リトの表情は暗かった。




「外出なんてしなければよかった。」




ガシッ!!




リトの背後から健太が抱きしめる。



驚いたリトは目を見開いて動かない。



力強く抱きしめる健太。



しかし暖かく優しかった。




「辛かったね。 でもねそれはリトちゃんのせいじゃないんだ。 背負わないでくれ。 もしその呪縛から逃れられないなら俺も背負うよ。 1人ぼっちなんかじゃない。」

「何も知らないくせに。」




リトの瞳には涙が溜まっていた。



どうしてか。



好意を持つとみんな死んでしまう。



そして何故か自分だけ生き残ってきた。



必死に前線で剣を振るった。



仲間達と違う事なんて何もしていない。



なのに何故。



リトは張り裂けそうな想いで下を向く。



健太はそれでも力強くも優しく抱きしめている。



リトの身体を覆う様に。





「必死で戦ったんだよ。 でもみんな死んじゃった。」

「それもリトちゃんのせいじゃない。 敵が悪いんだ。 君は生きていてくれてよかった。」

「戦場も知らないくせに。」

「ああ。 知らない。 でも俺がリトちゃんと戦場に出て死んでもきっとそう思う。」




この言葉も綺麗事じゃなかった。



第六感が健太の心を見抜く。



背後から抱きつく健太の下半身はリトのお尻に当たっている。



ゴツい腕はリトの胸元にある。



しかし一切の下心を感じない。



真剣に自分の気持ちをリトにぶつけている。



その気配にたまらずリトは健太の腕を触る。




「泣いてもいいし。 好きだった仲間の事を忘れられなくてもいい。 だから前を向いてくれ。 俺と一緒になってくれ。」

「うう・・・健太さんも死んじゃうよ。」

「それでもいいよ。 本望だよ。」

「どうしてよ・・・」




ユーリク達もそうだった。



圧倒的武力を持つ不死隊に果敢に挑んだ。



リトが危ない時に迷う事なく守ってくれた。



自分の存在がみんなを死なせてしまう。



竹子やハンナの様には自分はなれない。



ずっとそう思っていた。



しかし健太との出会いで何か気づき始める。





「どうしてって。 それはみんなリトちゃんの事を大切に思っていたからだよ。 俺だってそうだよ。」

「みんな大切・・・」




1人はみんなのために。



みんなは1人のために。



リトはみんなを死なせたくない一心だった。



しかしそれはユーリク含め帰らぬ英雄達の全員がリトや生き残った仲間達に思っていた感情だ。



竹子達はそれを良く理解している。



だから乗り越えてきた。



仲間の死は自分が死ぬ事よりも怖い。



しかし生き残った仲間がいて、戦死した仲間は想いを託す。



その気持ちを共有し続けている。



だから竹子は強い。



虎白はもっと強い。



ハンナもそれに気づいた。



そして今。



リトは「愛」という感情からそれに気づいた。



ユーリク達の死は自分のせいじゃない。



でも忘れない。



忘れられない。



それでも生きていく。




「健太さん。 ありがとう・・・」




女の子座りをして泣き崩れる。



まさかこんな形で前を向けるとは思っていなかった。



健太は隣に座って優しくリトの頭をなでる。




「俺の気持ちは変わらないよ。 でも返事は急がなくていいよ。 連絡先教えてよ。 また非番の時に飯行こうな!」




リトも携帯を取り出して健太と連絡先を交換する。



優しく微笑む健太。





「あー! 分隊長そこにいたんですかー!! ん? おいお前!!」

「手を出すな。 彼は恩人よ。 丁重に。」




リトの部下が近寄ってきてリトに敬礼している。



健太はその光景に感動している。



そして改めてリトが軍人という事に気づかされた。




「分隊長。 ハンナ中尉が大尉に昇格して大隊長になりました。 そしてリト分隊長も軍曹から少尉に昇格だそうですよ! これからは小隊長ですね!」




健太は開いた口が塞がらない。



まさか将校だったなんて。



リトは立ち上がり涙を拭くと部下を見る。





「わざわざありがとう。 じゃあ基地に帰ろう。」

「はい! 将校になられたので車を用意してあります! これからは外出の際は最低1人は護衛をつけてくださいね!」





数人の兵士に囲まれてリトは車に乗り込む。



健太は唖然としている。



すると車の窓が開く。





「答えはこちらこそよろしくかな! また連絡するよ健太。」




そい言って窓は閉まる。



車は走り去って行った。



車の中でリトは健太の事を考える。



優しかった。



リトの心を動かしてくれた。



仲間の死。



それは避けられない悲劇。



しかし自分のせいじゃない。



自分が仲間を失いたくないという気持ちがあるのと同じ様に仲間達もリトに死んでほしくない。



必死に生きていたから気づかなかった。



リトの心は満たされていた。




「抱かれてもいいかなあ。」

「何か言いましたか?」




運転をしている部下が尋ねる。





「いや。 この先の戦いでまた大勢仲間が死ぬのかな。」

「さ、さあ。 でも我々は竹子様をお守りしなくてはですね。」

「そうだね。 私兵だからね。」




車の窓から遠くを見る。



白神隊の基地に戻ると車の前に整列する兵士達。



80人からなる小隊。




「小隊長に敬礼!!」




リトの小隊だ。



健太の事で頭が一杯だったが基地に戻ると改めて自分が少尉という階級になった責任感を強く感じる。



自分を見つめて敬礼する兵士1人1人に命があって今の自分が健太に対して抱いている想いを誰かに持っている。



部下を1人死なせる度に悲しむ誰かが増えてしまう。



リトの顔は浮かなかった。



それでも言葉には出さなかった。





「小隊長のリト。 みんなよろしく。 我ら白神例え何があろうと竹子様をお守りする!」

『おおおおおー!!!!』




すると背後からハンナがやってきた。



リトはハンナに気づき敬礼をする。



優しく微笑むハンナはリトの肩に手を当てる。





「おめでとうございます。 大尉殿。」

「ありがとう。 それより街へ情報収集に出たんじゃなかったの? 何だか幸せそうな表情ね。」




リトの表情は暗い。



しかしハンナの第六感は見抜いていた。



色んな気持ちがリトの中で渦巻いている事を。



小隊長という重圧とは別に何か高揚している感情がある。



慌てたリトはそっぽを向く。





「上官の前でよそ見とは何事?」

「あ、す、すいません。」

「ふふふ。 冗談よ。 責任感とは違う高揚している感情は何?」

「じ、実は・・・彼氏ができました・・・」




ハンナの表情は硬くなった。



不思議に思ったリトはハンナを見る。



祝ってくれると思っていた。



この表情は何か。





「簡単には死ねないね。」




リトの表情も硬くなる。



健太の言葉で前を向きかけたリトだったがまた奈落に落ちる。



今までは死にゆく仲間を見ていられなかった。



自分が死ぬ事より大切な仲間の死が怖かった。



リトの身体を覆う様に取り憑く新たな呪縛。



死にたくない。



かつて太吉も苦しんだ。



人として当然の感情。



リトの細い足が震える。



全身の血が冷たくなるのを感じる。





「大尉。 こ、怖いです・・・」

「死なせないわ。 私の部下を簡単には死なせない! ごめんなさい。 あなたを不安にさせるために言ったわけじゃないの。 諦めないで生きてほしいって意味よ。」




しかしリトにはどうしようもない重圧になった。



ユーリクを失った時にどんな気持ちになったか。



大切な人を失う辛さは良く知っている。



それを健太に味合わせるのか。



死ねない。



死にたくない。





「ふふ。 それはみんなが思っていますよ。 無論。 この私も。 ね? 夜叉子?」

「ふっ。」




リトとハンナが振り向くと基地の建物から竹子と夜叉子が出てくる。



慌てて敬礼するハンナ達。





「はあ。 せっかく昇進した竹子の兵を祝いに来てやったのに辛気臭い顔だね。 怖いなら私兵なんて辞めな。」

「い、いえ・・・私はその・・・」





リトを噛み殺す様に睨む夜叉子。



その威圧感。



言葉が出なくなり黙り込むリトを夜叉子はじっと見ている。





「いい気になるんじゃないよ。 死ぬとか生きるとか考える余裕あるならもっと訓練しな。」

「あ、あのっ!!」

「は?」




リトは夜叉子に尋ねようと声をあげる。



昔からずっと聞きたかった。



メテオ海戦で西へ救援に行った時に初めてその目で見た夜叉子という存在。



怖くも優しさすらも感じる。



でもやっぱり怖い。



身分も違いすぎる。



ずっと聞けなかった事をこの場でリトは勇気を振り絞り尋ねる。





「夜叉子様にとって私兵とは何ですか? というか。 部下とは何ですか?」




ため息をついて夜叉子は煙管を咥える。



竹子は隣で微笑んでいる。





「すーっ。 はあー。 部下ねー。 あんたさ。 自分の身体が傷つくと痛いでしょ?」

「は、はい。」

「部下が死ぬとさ。 私はとても痛いよ。 でもね。 痛いのが嫌いな私はさ。 次こそ痛い思いをしないって決めているよ。」

「え、えっと・・・」




深かった。



夜叉子の言葉とは。



初めて会話をしたがリトには深すぎてわからなかった。



部下は自分の身体の一部。



部下の死は自分の身体が傷つく様に痛いから自分が賢くなって部下を死なせない戦いをする。



それは自分のためでもある。



軍の被害を少なくして敵を圧倒する。



夜叉子の部下への愛は軍の強さにもなる。



ただ自分が傷つかない防衛本能なのかもしれない。



しかし夜叉子はそれほどに部下を大切に思っている。



それはかつて部下に支えられたからなのか。



そして夜叉子は口を開く。




「あんたさ。」


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