第25章 獣の絆

白神隊は行軍を終えて休憩している。



既にその場には野営地の設営まで終わっていた。



歩哨が周囲を警戒して交代で休んでいる。



ハンナとリトは歩いてきた方角を見つめる。




「たどり着くと思いますか?」

「何匹かはね。 全員はどうだろう。」




心配そうに見つめるハンナ。



リトはさほど気にしている様子はなく部下達と携帯口糧を食べ始める。




「中隊長。 そんなに心配しても始まりませんよ。 さあ中隊長もこれ食べてください!」

「ねえ見て!」




ハンナが目を見開いて指差す先にはフラフラのニキータの姿。



その背後からゾロゾロと今にも気を失いそうな兵士達が歩いてくる。



既に倒れている仲間を背負って歩いている。



ハンナはその光景を見て思い出した。



自分が新兵だった頃を。









「はあ。 はあ。 もうダメだハンナ休もう。」

「ダメ。 第4軍はもう先に行ってるもの。」





バタッ!




ハンナの同期の新兵が倒れる。




「置いていこう。 これ以上遅れたら第1軍の名誉に関わる。」





ただ必死だった。



竹子の顔に泥を塗りたくない。



そして無事ハンナは目標地点までたどり着いた。




「やったあ!」

「数人足りないね。 あんたさ。 仲間はどうしたの?」




ハンナに問いかける夜叉子の冷たい瞳。



その隣で竹子も切ない表情を浮かべている。




「行軍不能だったので置いてきました。」

「ふっ。 仲間を置いてきたのね。 まだ生きているのに。」

「兵士なので任務を優先しました。」

「そう。 仲間を見捨てていいなんて指示もあった?」




夜叉子はまるでゴミでも見ているかの様な目でハンナを見ている。




「仲間を見捨てる様なやつに任務なんて不可能だよ。 いい気になるんじゃないよ。 あんたさ。 もう一度最初から歩いてきな。 あんたの班も全員ね。」




当時のハンナには不満でならなかった。



一生懸命頑張ったのに。



お疲れ様の一言もなく。



最初からやり直しだなんてあんまりだ。



その後ハンナはメテオ海戦を経験した。



この行軍でハンナが見捨てた同期はメテオ海戦で全員戦死した。



最初から決まっていたのか。



ハンナはあの時の行軍で彼らを見捨てなかったら何か変わったのかと。



後悔の念で気が狂いそうだった。



そんな時でも寄り添っていてくれた平蔵と太吉。



しかし今は平蔵と太吉すらもいない。



気がつけば自分が誰かの側に寄り添う立場。



フラフラで歩いている宮衛党を見たハンナの身体は勝手に動いた。




「中隊長!?」




ハンナは宮衛党の元まで走っていく。



そして触る事なく兵士の横で声をかける。



甘やかしはしない。



でも寄り添ってあげる事は彼らのためになる。



経験と消えない後悔から学んだ。




「兵士頑張りなさい! あと少しよ! 立派な兵士になるんでしょ!」




ハンナの目には涙が溢れそうになっていた。



まるで当時の自分を見ている。



倒れる仲間を必死に背負って歩いている。



自分にはできなかった。



部隊が恥をかく事なんて気にせず仲間を見捨てなかった。



ハンナは溢れる敬意を言葉に乗せて宮衛党に叫ぶ。





「頑張って! 最後まで諦めないで偉かったね!! ほらあと少しよ!」

「全く中隊長も優しいですね。 ほらー! あと少しで休めるよー! ここで倒れたらカッコ悪いよー!」




リトが隣に来て叫ぶ。



すると白神隊が続々と宮衛党の隣に来て声をかける。



ハンナはもう嬉しくて我慢できなかった。



美しいハンナの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。



そして宮衛党は無事全員で行軍を終えた。



その距離は実に150キロ。



白神隊の野営地にたどり着くと全員が気を失った。



速やかに宮衛党の手当てに移る。



ハンナは膝に兵士を寝かせて水を飲ませる。




「うう。」

「お疲れ様よく頑張ったね!」

「し、死ぬうう。」

「ふふっ! 生きてるよっ! 立派に生きてるよ!」

「ありがとう。 あなたの名前は?」

「私はハンナ。 あなたは?」

「う、ウランヌ。」





ウランヌとハンナは互いの手をガシッと掴む。



この行軍を歩き終える事は簡単じゃない。



夜叉子が考案したこの行軍では毎年大勢の脱落者が出る。



全員で歩き切ったのは宮衛党が初めてだ。



しかしこれは行軍。



いよいよ実戦に近い戦闘訓練が始まる。



まだまだこれからだ。



しかしこの深い宮衛党の絆ならどんな戦闘訓練にも耐えられる事だろう。



武器を持って並ぶ。



又三郎がギロッと宮衛党を睨む。




「いいか貴様ら! これより戦闘訓練を始める! 武器の持ち方すらろくに知らない貴様らのために白神隊の将兵が一人一人面倒を見てやるっ!」




宮衛党兵士の前に立つ白神隊。



ハンナの前にはウランヌが立つ。




「まずは近接戦闘だ! 武器構えろ!」




ウランヌはおぼつかない手で剣を握る。



おどおどしながらハンナを見る。




「こ、こう?」

「両手で持って腰を軽く落として。」

「う、うん。」




不安そうにハンナを見る。




「貴様らの目の前にいる白神隊に攻撃してみろ! 始めっ!」




カンカンッ!!




ハンナも他の白神隊も子供と遊ぶかの様にスッと避けている。



当たらなくて苛立つ宮衛党の太刀筋は荒くなっていく。




「白神! 反撃せいっ!」




ゴツンッ!




一刀で全員が倒される。



現時点ではここまで力の差があった。



白神隊にも新兵がいたがメテオ海戦を生き延びた実戦経験のある兵士ばかり。



ただの動物だった者や一般市民だった宮衛党は素人集団。



ドルトの騎士団だけは白神を冷やりとさせたがそれでも相手にならない。




「さあもう一度!!」




こんな日々が3か月近く続いた。



戦闘訓練と地獄の行軍。



少しずつ慣れてきた宮衛党。



メテオ海戦から早くも1年近く経つ。



白陸軍も訓練をしている。



私兵隊達は強さに磨きがかかっていった。



その中において宮衛党は未だに最弱。



確実に力はつけているがとても実戦投入はできない。



そして訓練は更に実戦に近づいてくる。




白神隊との訓練を終えて宮衛党の兵舎に戻ったウランヌやヘスタ、アスタ達。




「疲れたー!!」

「最近本当にキツい訓練だよねー。」

「そう言えば。」

「又三郎様が明日は」

『模擬演習だって!』




模擬演習。



実弾とは違う武器を使うが当たれば電気が走り気絶する。



まだ宮衛党を設立したばかりの頃に白神隊に挑んでこてんぱんにやられた。



それ以来の模擬演習。



自分達がどこまで成長したのか試せる。



ヘスタ達は楽しみにして床につく。



日々の訓練の疲れでぐっすり眠っている。



そんな時。




ババババーンッ!!!




突然の銃声。



驚いたヘスタ達は飛び起きる。




『なんだなんだー??』




ババババーンッ!!!




『おおおおおおおおおー!!!!』




大勢の怒号が聞こえる。



兵舎の窓からそっと様子を見ると白神隊が兵舎を囲んでいた。



時間は0時1分。



日付けが変わっている。



又三郎からは「明日は模擬演習だ」と言われていた。



まさか日付けが変わった途端に攻め込んでくるとは思っていなかった宮衛党は完全に包囲される。




『どうする? どうする?』




驚いて耳をピクピク動かしているヘスタ、アスタ姉妹。




ウランヌも困り果てて指揮官のニキータを見る。




「嘘でしょ! 起きなさいっ!」




ニキータはこの銃撃の騒音でもぐっすり眠っていた。



ウランヌがベットを蹴っ飛ばしてニキータをベットから落とす。




「痛っ!! もー何よー!」

「ニキータ! 白神隊が攻めてきたの!」

「えっ!? 模擬演習は明日って言ってなかった!?」

「それが日付けは変わってるのよー!」




全員が焦り収集がつかない。



ウランヌは息を呑んで周りを見る。



落ち着いて深呼吸をする。



そして窓から白神隊の配置を確認する。



すると北側だけ白神隊がいない事に気づく。



幸い剣は全員持っている。



銃は南側にある武器庫にあるため白神隊に強襲されてしまう。



北側から出て乱戦にする他ない。



ウランヌは北側の出口から脱出を試みる。




「ウランヌどこ行くのー?」

「3000もの宮衛党が一斉に動くと絶対に撃たれるから少しずつ兵舎から北側に出よう。 そこには白神隊がいないの!」




冷静さを取り戻したウランヌはニキータに代わって指示を出す。




「ヘスタ、アスタは隣とその隣の兵舎に行ってみんなに伝えてきて! ニキータとドルトは向こうの兵舎! ここにいるみんなは私について来て!」




ウランヌは大きく呼吸して必死に冷静さを保つ。



そしてウランヌはドアを開けて北側の茂みまで走る。



兵舎からウランヌに続く兵士。



他の兵舎に走る指揮官。



その光景を又三郎がじっと見ている。




「ウランヌか。 やはりやつは冷静じゃな。 されど北側にだけ兵がいないとでも? 発砲していなかっただけじゃ。」




ウランヌは茂みに間もなく辿り着く。



すると茂みから槍を持った白神隊が突撃してくる。




「みんな応戦! いると思ってた! でもここしか逃げ道はなかったの! 乱戦で撃退する! しばらく耐えれば味方が集まってくる! 数ではこっちが有利よ!」




北側に配置されていた白神隊の数はさほど多くなかった。



ウランヌは一点突破を試みる。



とにかく包囲から脱出しない事には応戦のしようがない。



ウランヌ指揮の元で一点突破を試みる。



茂みから襲ってきた白神隊の数は少なく形勢は宮衛党が有利。



続々と兵舎から宮衛党が集まってきて遂に白神隊の包囲を突破する。



暗闇の森へと敗走する宮衛党。



態勢を立て直して反撃の準備をする。





「等間隔で斥候を配置して白神の追撃に警戒して! 森の中なら私達の方が有利よ!」




森に潜む半獣族に攻撃を仕掛けるのは自殺行為。



彼女らにとって森の中はもっとも戦い易い地形。



草木に潜み獲物を狙う。



素早く木に登り上から潜む。



しかし相手は精鋭の白神隊。



当然森の中には入ってこない。



ウランヌはそれも承知していた。



ヘスタとアスタと会議する。




「このまま待っていても白神隊は入ってこないね。」

「白神は平地が一番強いよ!」

「って事はー夜間のうちにー」

『攻め込むっ!!』




ウランヌも「同感」という表情でうなずく。



白神隊は盾兵と長槍を主力とする守りに特化した部隊。



しかし白神隊の武器はそれだけではない。



強力な射撃隊もいる。



的確に放たれる一斉射撃は敵の前列を半数以上撃ち抜く。



乱戦にしても白神隊と宮衛党では練度に差がある。



不意をつく奇襲しかない。



ウランヌはチラッとニキータを見る。



呆然としているニキータ。




「しっかりして。 あなたが全軍を率いて奇襲するの。 メルキータがいない今は貴方が総帥!」




ニキータの背中を叩いて励ます。



はっと我に帰った様にニキータはウランヌの顔を見る。





「あーごめんねービックリしちゃったー!!」

「作戦聞いていた?」

「夜襲をかけるのねーはいはーい! ニキちゃんが率いていくよー!」





3000の宮衛党は広大な森の中に潜む。



部隊を率いてニキータが奇襲できる場所まで移動する。



草木や木の上を静かに進んで白神隊の様子を探る。



ウランヌは最後尾にいる。




「ヘスタ、アスタ。」

『あいっ!!』

「兵500を連れて平地から一気に白神隊を強襲して。 きっと又三郎様の事だから奇襲にも気づいている。 だからあえて平地から攻める。 きっと平地の方が手薄よ。」




ヘスタとアスタは驚いた顔でお互いの顔を見合わせる。



あまりに大胆な作戦。



しかし悪くないかもしれない。



まさか半獣族がそんな事できるなんて。



ウランヌは真剣な眼差しでうなずく。



ヘスタとアスタはニコリと笑って最後尾の兵500を連れて行く。



ウランヌは姉妹を見送ると先頭のニキータの補佐に向かう。










先頭に辿り着くとニキータは白神隊の様子を見ている。



野営地でテントを張り酒を飲んでいる。



ウランヌがうなずく。



ニキータは腰に差す剣を抜いて叫ぶ。




「突撃ー!!!!!」

『ガルルルッ!!!』




獣達が一斉に襲いかかる。



しかし白神隊に動揺はなかった。





「やはり来たか! 射撃隊撃てー!!!」





ババババーンッ!!



テントの中で待機していた射撃隊に宮衛党は多数が撃たれて倒れる。



気絶する仲間を飛び越えて果敢に食らいつく。



しかし周囲から長槍隊が集まってきてあっという間に包囲される。




「怯むな! みんな奮戦だよ!」

「ニキちゃんの事はいいからみんな頑張ってー!!」




しかし壊滅は時間の問題だった。










その頃ヘスタとアスタは平地を爆走していた。



足の速い半獣族だけで編成された500の本当の奇襲部隊。



しばらく走るとかがり火が見えてくる。



そこには気を抜いた白神隊が立っている。



速度を落とす事なく。



むしろ速度を速めて。



一斉に飛びかかる。




『ガルルルッ!!!』

「き、奇襲だ!!! ハンナ様を起こせ! 応戦しろ!」




ウランヌの読みは当たっていた。



まさか宮衛党が。



裏の裏を狙ってくるとは。



完全に気を抜いていた白神隊は混乱する。



しかしそこに配備されていたのは白神隊でも一番の精鋭。



ハンナの中隊だった。



一瞬は崩壊しかけた白神隊だったが直ぐに立て直して応戦してくる。



決死の覚悟のヘスタ、アスタ達は怯む事なく先を目指す。





「全員は倒さなくていいよっ!」

「とにかく今優先する事はー」

『先に進んで白神隊を混乱させるっ!!』




とにかく進んだ。



白神隊一人一人を相手にせず自慢の足の速さを生かして進んだ。





「分隊は横に開いて一斉射撃! ヘスタ、アスタは私が止める。」

「リト分隊長! ハンナ様が間もなく!」

「中隊長の元へは行けないよ。」




ヘスタとアスタの元へ立ちはだかるリト。

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